第三十八話・きっかけ

「な、なるほど。東雲さん、やるわね」


「このくらいしないと、進展が望めそうになかったので」


「西園寺さん……私たちも見習うべきかしらね」


 

 高崎と東雲のカップル誕生の経緯を聞いた榊原先生。


 龍仁と自分をこの二人に置き換えて想像してみたが、上手くいくとは思えなかった。


 それでも、何かしら手を打たねば状況を変えられない。そう確信した。



「先生、わたしは、仁に伝えていく。とにかく、気持ちを伝え続けようと思う」


「それが西園寺さんの進む道なのね。先生負けないわよ」



 静かな闘志を燃やし握手をする二人。



「今日のところはレースに集中しましょうか。また佐々川くんに怒られちゃうわ」


「そうしましょう。そろそろ、まゆと交代する時間だ。準備しなければ」



 チェアで休む榊原先生を高崎と東雲に任せ、出走準備に向かう西園寺。



「恋愛感情がない相手に、どうやって伝えていくのですか?」


「東雲さん。先生には分からないのよ。先生だけじゃないわね。誰もその答えを持っていない」


「茨の道ですね。傷つき辿り着いたその先に、先生の望んだ場所があるといいですね」


「辿り着いた場所が、崖っぷちじゃないことを願うわ」


「あっ、ぼく飲み物取ってくるね〜」



 二人の会話を遮るように割り込み、足早にその場を離れる高崎。



「先生と西園寺さんが気合いれてるよ〜……麗奈ちゃんの応援しなくちゃ〜」



 そう言いながら龍仁のもとへ向かう高崎。


 高崎が龍仁のもとへ着いたとき、ちょうど真由美がピットインして来たところだった。



「七海ちゃん! あとよろしく!」


「よし! では行ってくる!」



 交代が終わった真由美に高崎が近寄る。



「真由美ちゃ〜ん。先生あっちに居るよ〜」


「先生どうしたの?」


「緊張で体力消耗しちまったみてえだな。ちょっと様子見てやってくれるか」


「わかった。ちょっと行ってくるね」



 小走りに榊原先生を見に行く真由美。


 それを見て龍仁に話しかける高崎。



「ねえ、ささっち〜」


「なんだ?」


「四人の中で誰が好きなの〜?」


「はぁ? お前なに言ってんだ?」


「だって〜、みんな真剣にささっちの事好きみたいだよ〜? ささっちは何とも思わないの?」


「う〜ん……俺にはよく分かんねえんだよな」


「誰かと付き合ってみたら〜?」


「な、なんでそうなるんだよ!」



 突然の提案に驚く龍仁。


 高崎はニコニコしながら話を続ける。

 


「だって〜今のままじゃ〜永遠に分からないんじゃないかな〜」


「そう言うお前はどうなんだよ。東雲のこと好きなのか?」


「今はまだ好きかどうか分からないかな〜。でも〜ささっちと違って〜ぼくは前に進むんだよ〜」


「前に進む?」


「うん。東雲さんとお付き合いすることで〜好きが分かる気がするんだ〜」


「なるほどねぇ。確かに、俺より進んでるわな」


「だから〜ささっちも〜誰かと付き合ってみたらどうかな〜」


「言いてえことは分かったけどよ、四人の中から選べねえだろ。雰囲気悪くなったりしたらどうすんだよ」



 困った顔で高崎を見る龍仁。


 そんな龍仁に、キラキラした笑顔で答える高崎。

 


「良い手があるよ〜」


「そんなもんあるのか」


「麗奈ちゃんがいいと思うな〜」


「な、なんでだよ!」


「いつも一緒だし〜より早く好きが分かるんじゃないかな〜」


「健児の言いてえことは分かった。でも、今は保留だ」


「そっか〜。でも〜その時が来たら〜ぼくの言ったこと思い出してね〜」


「そうだな。覚えとく」


「じゃあ〜ぼくも先生のところ行ってくるね〜」


「ああ、頼んだ」



 麗奈の応援ができた事に満足した高崎は、榊原先生のもとへ向かった。


 これが、どれだけ龍仁の心に響いたのか、それは高崎には分からない。


 龍仁に、麗奈をアピールできた事に満足したのである。



「先生〜どうですか〜?」


「もう大丈夫よ。ありがとね」


「そんなことより、東雲さんと付き合うことになったって本当なの?」



 東雲のお付き合い発言の場に居なかった真由美。


 たった今、榊原先生に聞いたところだった。



「うん。東雲さんとお、お、お付き合いします〜」


「本当なんだね。東雲さん、いいの?」


「はい。前にお話した通りです。高崎くんがお婿さん候補です」


「えっ?! お、お婿さん候補〜?!」


「あら、言いいませんでしたっけ?」


「き、聞いてないよ〜」



 高崎がお婿さん候補だと知っていたのは女性陣だけである。


 付き合うだけでも驚きだった高崎は、新たな事実に戸惑う。



「気にしなくても良いですよ。あくまでも候補ですからね」


「気にするよ〜」

 

「わたしでは駄目でしょうか?」


「だ、駄目じゃないよ〜」


「では問題ないですね」


「あ、うん……東雲さん、聞いてもいいかな〜」


「何ですか?」


「ぼ、ぼくのこと、好きなの〜?」



 高崎から出るとは思わなかった突然の質問に固まる榊原先生と真由美。


 東雲は平然とした顔で高崎に答える。



「いいえ、まだ好きではありません。それを育むために、お付き合いするんですよ」


「えっ、育む〜?」


「高崎くんも、わたしのことを好きではないでしょう?」


「……そうだね〜」


「今から、お互いに好きになれればいいじゃないですか」


「そうだよね〜今からだよね〜」


「はい。今からです」



 とても柔らかな笑顔で答える東雲。


 高崎も素直にそれを受け入れた。ついさっき龍仁に言ったことを思い出したのである。



「そこで提案なのですが、下の名前で呼んでもいいですか?」


「うん。いいよ〜」


「では、健児さんと呼ばせていただきますね」


「じゃあ〜ぼくは恵美ちゃんって呼ぶね〜」



 二人のやり取りを黙って見ていた榊原先生と真由美。


 会話が途切れたタイミングで榊原先生が口を開く。



「もしもし〜お二人さ〜ん。私たちのこと見えてますか〜?」


「二人だけの世界というのはお熱いですね」


「あら、彩木さんもそう思います?」


「えぇ〜とっても」


「若いっていいわね〜」


「あら、わたしも若いですよ」


「はぅっ! 私だけがお姉さん目線……」


「漫才できるくらい回復しましたね。もう大丈夫です」


「し、東雲さん、冷静すぎるわ……麗奈さんのツッコミが欲しいところね……」


「念のため、次の番までここで休んでてください」


「はい……休んでます……」



 東雲の言う通り、おとなしく休むことにした榊原先生。


 真由美と東雲たちはピットへ戻っていった。



「龍ちゃん、七海ちゃんと麗奈ちゃんはどう?」


「まずまずだぞ。いま、Aが五位でBが三位だ」


「初めてにしては上出来だと思いますよ。見たところ、お二人とも安定してるようですしね」


「少しづつポジション落ちてるね」


「今日が初めてのレースだぜ。今のポジションでも凄えよ」


「そっか。そうだね」


「今日は全員が無事ゴールすることが目標です。順位は気にしないでおきましょう」


「と言うことで東雲、そろそろ準備してくれるか」


「交代の時間ですね。健児さん、麗奈さんにピットインのサインお願いします」


「分かったよ〜」



 サインを見た麗奈がピットへ入ってくる。


 榊原先生が早めに入ったため、交代する時間が予定より十五分ほど早まっている。



「順位落としてゴメンなのです」


「大丈夫です。ポジションは気にしないでいいですよ」


「恵美ちゃん気をつけてね〜」


「言ってきます。健児さん」


「名前呼び……麗奈が走ってる間に、二人の時間が進んでるのです」


「少しづつだけど〜進んで行くんだ〜」


「付き合うのも突然だし、呼び方変わるのも早い。何でそんなに進むのです?」


「ちょっとしたことかもね〜。麗奈ちゃんも〜動いてみようよ〜。何がささっちに響くか分からないよ〜」


「今まで何も響かなかったのよ。どう動いていいか分からなくなるのです」


「先生と西園寺さんは積極的に動くと思うよ〜」


「どういうこと?」



 榊原先生に二人のことを説明した話を麗奈に話す高崎。


 真由美も横でその話を聞いていた。



「とにかく動かないと、龍兄に何も届かないのです」


「れなちゃん。わたしたちも頑張るわよ!」



 麗奈と真由美は、ここで気合を入れ直した。


 高崎と東雲が四人に与えた刺激は、龍仁の心の扉を開くための鍵となるのか。


 あるいは、ふとしたことを機に、龍仁が自ら扉を開くのか。


 今はまだ扉が開くとは思えないが、彼女たちには諦めるという選択肢はない。

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