第六話・それぞれの心

 龍仁が搬送された病院へ真由美たちが到着した。

 

 放心状態の西園寺は、真由美と美春に支えられながら、何とか歩いていた。

 我に帰った西園寺が看護師に詰め寄る。


「佐々川は? 佐々川は無事なのか!」

 

「落ちついてください。先ほど搬送された彼なら、今治療中です」

 

「無事なんだな!」

 

「一応無事ですが、まだ意識が戻りません」

 

 崩れ落ちる西園寺。真由美たちが慌てて支える。


「七海ちゃん、あなたも怪我してる。看てもらったほうがいいよ」

 

「わたしの怪我なんか、どうでもいい……」

 

「だめよ。龍ちゃんならきっと大丈夫! ねっ、お願いだから看てもらって」

 

 弱々しく西園寺が話し出す。

 

「わたしのせいだ……わたしのせいで佐々川が……」

 

 その虚ろな目から涙の雨が降る。

 

「わたしが祭りに来なければ……いや、わたしが友達になりたいなんて思わなければ……」

 

 西園寺が両手を床に付く。

 

「わたしに関わったばかりに……」

 

 頭を床に付きそうなくらい下げる。

 

「もう……みんなとは……一緒に居られない……」

 

 そう言った西園寺の前に、しゃがみこむ影があった。


「顔を上げなさい」

 

 西園寺が顔を上げると、平手がその頬に飛ぶ。

 

「しっかりしなさい! 西園寺七海!」

 

 その声の主は、美春であった。

 

「彼はそんな風に考えない! きっと、友達である貴女を救えたことを、心から喜ぶ!」

 

 そして、静かで優しい口調で語りかける。

 

「だから、そんな風に考えないで。みんな、七海さんと友達になれて良かったって、心から思ってるよぉ」

 

 そう言いながら、西園寺を優しく抱き寄せる。

 

「美春ちゃんの言う通りよ」

 

「そんな寂しいこと言うなよ」

 

「そうだよ~ずっと友達だよ~」

 

 西園寺は号泣しながら美春に抱きついていた。


 落ちついた西園寺は、怪我の治療をしてもらい、みんなの元へ戻った。

 

「七海ちゃん、大丈夫だった?」

 

「少し傷があるだけで、他に問題はない」

 

 うなだれた西園寺の顔には絆創膏が貼られ、足首には包帯が巻かれているのが見える。

 

「そっかぁ、よかったねぇ」

 

 美春が笑顔で西園寺を見つめる。

 

「龍仁の容態は安定してきたって看護師さんが言ってたぞ」

 

 安堵の表情を浮かべる西園寺。

 そこへ麗奈がやってくる。


「れな……わたしのせいでこんなことに」

 

「ナナちゃん、気にしなくていいのです」

 

 兄がこんなことになったのだ。きっと罵られると思っていた西園寺が驚く。

 

「だが、こんなことになったのは……」

 

「龍兄っていっつもこうなのです。誰かを助けるためなら、自分のことは二の次なのです」

 

 いつもと変わらぬ調子で西園寺へ話す麗奈。

 

「ナナちゃんが無事で良かったのです! 麗奈は龍兄を誇りに思うのです!」

 

 西園寺の目に、微かに震える麗奈の手、顔に残る涙の跡が見えた。


 兄がこんな状態なのに、平気な訳がないじゃないか。なのに、わたしを気遣って……。


「れな! すまない! この償いは必ず!」

 

「ナナちゃん、そういうのはやめて欲しいのです」

 

「し、しかし」

 

「しかしも案山子かかしもないのです! 龍兄もそんなの望んでないと思うのです」

 

「れ、れな……」

 

 西園寺は声を上げて泣いた。

 

「あらあらぁ、また泣き出しちゃったぁ。良い子だから泣かないでぇ」

 

 肩に手をまわし西園寺の頭を撫でる美春。

 

「七海ちゃんって意外と泣き虫さんなんだね」


 しばらくして、看護師から今日はもう帰るように促される。

 駆け付けた両親から、麗奈も一度帰るように言われる。

 

 土下座で謝る西園寺へ「貴女が無事で何より。息子を誇りに思います」と言われて再び号泣する西園寺。

 

 看護師から、念のため一晩入院するように言われた西園寺を残し、他のものは帰路へついた。

 

 こうして慌ただしい夜は過ぎていき、やがて夜明けの太陽が顔を出す。




 看護師の呼び掛けで目を覚ます西園寺。

 

「西園寺さんおはようございます。具合はどうですか?」

 

「おはようございます。問題はなさそうです」

 

「そうですか。後で先生の診察を受けて、問題なければ帰れると思いますよ」

 

「わかりました」

 

 部屋を出ようとする看護師を呼び止める。

 

「あの、佐々川の容態はどうなんですか?」

 

「容態は安定しています。先生の判断で、ナースセンター横の一般個室へ移ってますよ。意識さえ戻れば大丈夫だと思います」

 

「ありがとうございます」

 

 看護師から、母が着替えなどを持って来てくれたことも聞いた。

 

 診察を受け、帰宅許可を貰った西園寺は、そのまま龍仁の病室へ向かった。




 病室の扉を開けて中を覗く西園寺。

 

 静かに眠っている龍仁の姿が見える。

 

「失礼します」

 

 小さな声で挨拶しながら病室へ入る。


 何本もの点滴のチューブが龍仁へ繋がり、規則的な機械音が聞こえている。

 頭や腕に巻かれた包帯が痛々しい。

 

 その姿に胸が痛む。


 ベッドの横にある椅子に静かに座り、黙って龍仁の顔を見つめる。

 

「佐々川……」

 

 自然と目が潤む。

 

「わたしを守るために……」

 

 龍仁の手にそっと触れる。

 

「こんなになるまで……」

 

 静かに立ち上がると、龍仁の顔を見つめる。

 

「佐々川……頼む、目を覚ましてくれ……」

 

 溢れる涙が龍仁の顔を濡らしていく。


 その時、龍仁の瞼がピクリと動く。


 ゆっくりと龍仁の目が開いていく。


「佐々川? 佐々川!」

 

「う〜ん……どうした?」

 

「わたしが分かるか?」

 

「七海だろ……何泣いてんだよ」

 

 思わず抱きつく西園寺。

 

「痛てててっ……」

 

「あっ、すまん!」

 

「ところで……ここはどこだ?」

 

「まだ動くな。いま先生を呼んでもらう」

 

 意識が戻ったことをナースコールで伝えると、すぐに医師がやってきた。


 医師からしばらく入院になる事、検査の結果特に異常は無かった事などを簡単に説明される。

 

「ご両親にはこちらから連絡しておきますので」

 

 そう言って医師は立ち去った。

 

 涙を浮かべながら微笑む西園寺。

 

 そんな西園寺に、龍仁が静かに語りだす。


「俺、何か寂しい河原を一人で歩いてたんだよ」

 

「河原?」

 

「あぁ、誰も居ない河原でさ、向こうに綺麗な花畑が見えてたんだ」

 

「そ、それって……」

 

「そんで花畑に向かって歩こうとしたらさ、俺を呼ぶ声がするんだよ」

 

 天井を見つめながら話を続ける龍仁。


「それがみんなの声だって気づいたんだ」

 

 西園寺は、龍仁の顔をじっと見つめている。

 

「そん中でさ、七海の声が大きく聞こえたんだよ」

 

 龍仁が西園寺の顔を見る。


「そしたら、雨が降ってきたんだ。とっても暖かい雨でな、その雨に濡れながら思ったんだ。帰らなきゃって」

 

 西園寺が目を潤ませながら頷く。

 

「呼んでくれてありがとな。おかげで帰ってこれたよ」

 

「バカもの……礼を言うのはわたしの方だ……」

 

 西園寺が、涙を堪えながら笑顔で答える。


「ところで七海。体の方は大丈夫か?」

 

「人の心配してる場合か! わたしは、佐々川のおかげで無事だ」

 

「けど、顔に怪我してるじゃないか」

 

 龍仁が心配そうに絆創膏を見た。

 

「このくらい何でもない。傷跡も残らないそうだ」

 

「そうか。なら良かった」

 

「傷が残っても、佐々川が……嫁に貰ってくれるんだろ……」

 

 西園寺、冗談で笑わせるつもりが自爆。真っ赤な顔で下を向く。

 

「そうだったな」

 

 笑顔で西園寺を見る龍仁。


「七海、疲れてるだろ。休んだ方がいいぞ」

 

「また人の心配か。わたしは大丈夫だから、ゆっくり休んでくれ」

 

「あぁ、ありがとな」

 

 そう言うと、電池が切れたように眠りにつく龍仁。

 

 しばらく龍仁を見つめていた西園寺だが、その寝顔に安心したのかウトウトしだした。

 

 やがて、龍仁のベッドに顔を伏せ、笑顔で眠りにつく。

 龍仁の手を握りながら。




「意識が戻って良かったな」

 

「本当に良かったねぇ」

 

「麗奈は一言お説教してやるのです」

 

「れなちゃん、怪我人なんだからお手柔らかにね」

 

「一時はどうなるかと思ったよ〜」

 

 五人が龍仁の病室に向かい廊下を歩いていく。


 病室にたどり着き扉をそっと開けると、静かに眠る龍仁の横に、笑顔で眠る西園寺の姿が見えた。

 

「あらあらぁ、まるで恋人のようねぇ」

 

「えぇ〜二人って恋人だったの〜?」

 

「ったく健児は。そう見えるって言っただけだ」

 

「許しません。龍兄は麗奈のです」

 

「麗奈ちゃん妬いてグホォ!」

 

 綺麗なボディが高崎に決まる。

 

「病院送りにするぞ」

 

「おいおい、病院の中で患者つくるなよな」

 

 騒がしさに西園寺が目を覚ます。


「あっ、みんな来てたのか……」

 

 龍仁の手を握っていることに気づき、顔を真っ赤にしながら慌てて手を離す。

 

「七海さんはぁ、もう大丈夫みたいだねぇ」

 

「ナナちゃん! 龍兄は麗奈と結婚するのです!」

 

「まぁ、龍仁はまったく相手にしてないけどな」

 

「いつか麗奈の魅力で落としてみせるのです!」

 

「へっ? 兄妹なのだろ?」

 

 突然の結婚宣言にポカンとする西園寺。

 

「そう言えば、ナナちゃんには言ってなかったのです」

 

「龍仁と麗奈は血が繋がってないんだよ。再婚同士の連れ子なんだ」

 

「だから、麗奈と龍兄は結婚できるのです!」

 

「そ、そうだったのか。双子だと思っていた」

 

「ナナちゃんが龍兄を狙うなら、今日からライバルです!」

 

 麗奈がシャドウボクシングを始める。

 

「ち、違う違う。そんなことは……考えていない……」

 

 そう言った西園寺だが、心にモヤモヤした感情が残った。その感情が表情に現れていた。

 

 そんな様子をただ見ていた真由美。

 西園寺の表情を見た真由美は、その感情を見抜いていた。


 そっか……七海ちゃんも、龍ちゃんに惹かれてるんだね……。


 真由美は、病室の扉を開けてから一言も発していなかった。

 

 寄り添うように寝ている二人を見たとき心が止まった。

 

 美春が言った「恋人のようね」が心に突き刺さった。

 

 龍仁の手を握る西園寺を見て心が締めつけられた。

 

 好きだとハッキリ言える麗奈が羨ましい。


 たった一言「好きだよ」と言えれば……。

 あの日から想い続けた気持ちを伝えられたら……。

 でも、わたしにそんな勇気はないから……。


 そんな真由美の気持ちをかき消すように、病室には笑い声が響いていた。

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