第4話:赤角に殺されたい③

━━決着は近い

クロウは思う。

見れば赤角の目も、何がしかの決意で彩られていた。

気持ちは同じということなのだろう。

だが、両者の決着は思わぬ形で幕を閉じる事となる。


「ジ・カカグネィ・ゲルガ!刺穿冰矛(グラシアル・ペネトレート)!」

青褪めた一矢が赤角の右腕を穿った。

貫く事こそ出来なかったが、氷気を纏った一撃は赤角の腕に薄く氷をはわせ、その動きを阻害する。



クロウの喉元を締め付ける力が緩んだ。

同時に、バキッという音と共に真紅の一本角が圧し折れる。

クロウが握り潰したのだ。

声にならぬ悲鳴をあげ、赤角が頭を抱え蹲った。


クロウは落ちていた剣を拾い、剣を構え、一思いに袈裟に斬り捨てた。

魔力の纏わぬ肉の、なんと脆いことか。


クロウは暫し、色の失った眼で赤角の骸を眺めていた。

「クロウ様!ご無事ですか!?」

声のほうへ振り向けば、いつかのスペルキャスターの少女が杖を携え立っていた。


傍らには男女がそれぞれ1名ずつ。

男のほうはグレイウルフから助けたときのあの戦士だった。

女のほうは初めて見る顔だ。


「危ない所だったとお見受けし、失礼ながら手出しをさせて頂きました…申し訳御座いません」

スペルキャスターの少女がぺこりと頭を下げる。

傍らの男が続けて言う。


「グレイウルフの群れの時は世話になった。改めて礼を言わせて貰う。あなたが単身で特異個体討伐の依頼を受けたときき、お嬢さ…いや、シルファが慌ててし

まってね。押っ取り刀で駆けつけてきたというわけだ。どうやら…間に合ったようだな」


クロウはそれを聞き、もう1人の女のほうを見た。


「ああ。彼女は俺の同僚だ。いや、そうだな、シルファのパーティのメンバーだ、俺と同じように…」

男はどうやら腹芸がうまくない、というか素性が割れていることには気付いていないのだろうか。


クロウは男の言葉に頷き、軽く頭を下げた。

助けてくれてありがとう、という意味だ。

正直、助けてほしくはなかったが、彼らが善意から自分に手を貸してくれたことは理解している。


クロウは被害妄想気味で希死念慮に頭を焼かれているメンヘラではあるが、善性の行為を前に、それらに唾を吐きかけるような程度の低い悪性の人間ではなかった。


「申し遅れました…わたくしはシルファと言います。彼はグランツ、彼女のほうはアニー」

シルファの紹介をうけ、男と女は軽く頭を下げた。


シルファが術者、グランツが重戦士。アニーは見た所は軽戦士といったところか。バランスの良いパーティのようだ。

だがクロウの疑問は晴れない。


━━そもそもなぜ彼らがここに?


クロウの疑念の目を受け、シルファは慌てて答えた。

「い、いえ!あとをつけていたとかではないのです!あのグレイウルフの群れの一件以来、クロウ様へお礼がいいたくて…ギルドでクロウ様のことを尋ねると、特異個体討伐の依頼を受けたといわれて…しかも1人で!」


最後の言葉になにやら非難の念が籠もっているようにクロウには思えた。


「あの時は本当に助かりました……しかしいくらなんでもあんな無茶苦茶な依頼を請けるとは……あなたが死んだら元も子もないでしょう?」

それはまあ、道理だ。一般的には。


「ですから……こうして後を追いかけて来た次第です」

クロウは黙ったままだ。

自分が異常な行動をしていることは理解できる。


「……すみません。つい熱くなってしまいました。でもクロウさん、どうして1人で特異個体討伐など……」

グランツがシルファを遮り言った。


「シルファ。その辺にしておこう。クロウ殿にも事情があるんだろう。それより……クロウ殿、先程の戦いぶり見事だった。だがあなたも怪我をしているようだ、手当てをさせてはくれないか?喉の傷、かなり重傷だ。放っておけば障るだろう」

クロウはこくりと肯き、治療を承諾する。


「では、失礼して」

グランツは腰元から軟膏を取り出した。

軟膏いれは漆器で、蓋の表面に刻印がはいっている。

クロウもみたことのある刻印だ。確か…

「さすがに気付くか?ああ、カサノヴァ印の高級軟膏さ。重度の火傷だってなんだって治してしまう。さすがに欠損などは無理だがね…」


カサノヴァといえば王都でも指折りの薬師である。

その彼がてずから作成したポーションは、モノにもよるが最低でも金貨1枚はくだらない。

現代日本の感覚でいえば100万円といったところだろう。

せいぜいが銀等級(クロウ自身も銀等級だが)の冒険者がおさおさ所持できるものでもなかった。


「我等にも事情があります。お含みおきください」

クロウが疑問をつらつらと思い浮かべていると、それまでだまっていたアニーが口を開く。


「はい」

クロウは素直に返事をした。


「さて、これでいいかな?」

グランツはクロウの喉元の傷口に塗り薬を塗った。

塗布された瞬間、じんわりとした暖かさを感じる。

痛みも和らぎ、血流がよくなったかのように感じる。


「それでは王都へ戻りましょうか。それ…皆さんびっくりされますよ」

シルファはそういうと、クロウの持つ破損した一本角をみて呆れたように笑う。


シルファは内心で驚愕していた。

砕かれたとはいえ、角からは禍々しい邪気にも似た魔力がもれ出ている。

少なくとも自分であるなら、このような魔力をもつ魔物と単身で対峙するなどとてもではないが出来たものではない。

ギルドによれば彼もまた自分と同じ銀等級冒険者。


先だってのグレイウルフの殲滅といい、今回の赤角単独討伐といい、このクロウという青年は何者なのだろうか?

気付けばシルファは、クロウに命を救われた少女としてではなく、銀級冒険者としてでもなく、1人の貴族としての目でクロウを眺めていた。

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