騎士団の落とし物係

鈴木竜一

第1話 剣を持てない騎士

「――以上が報告になります」

 

 リンドレー王国騎士団に所属する青年ブラントは、上司である副団長のリロイ・アイゼンバーグにそう告げて深々と頭を下げた。


「ふむ……分かった」


 愛用の執務机に両肘を置き、ブラントの提出した報告書に目を通しながら、アイゼンバーグは頷く。

 やがて、彼の視線はブラントの右腕へと注がれた。


「それが報告書にある《代償》というわけか?」

「……はい」


 歯を食いしばり、苦々しい表情を浮かべながらブラントは返事をする。

 痛々しく包帯が巻かれた右腕。

 それは、今回のモンスター討伐作戦で負傷したものだ。


「医者の見立てについては、すでにこちらの耳に入っている」


 アイゼンバーグは深くため息をついた後、ブラントへ告げた。



 事態は三日前に遡る。

 西方の森に出現したゴブリンの群れを討伐するため、ブラントは仲間たちと出撃した。本来は副騎士団長の側近として剣を振るってきたが、今回は欠員が出たということで一時的に離れたのだ。

 まだ騎士団に入って二年目の若手だが、ブラントの実力は誰もが認めるものであり、将来の幹部候補として注目をされていた。アイゼンバーグ副団長が側近として彼を置いている理由もそれだった。

 しかし、次期騎士団長の座を狙う血気盛んなブラントは、その程度で満足することなく、このゴブリン討伐任務も自身の出世の足掛かりとするべく、とても気合が入っていた。

 ともに討伐へ出向いたどの騎士よりも多くのゴブリンを狩ること――ブラントはこれを目標とし、挑んでいた。

 結果として、彼は誰よりも多くのゴブリンを葬り、目標達成まであとわずかと迫っていた。

 ――が、功を焦ったブラントは、取り返しのつかないミスを犯してしまう。


「ギギーッ!」


 目の前のゴブリンに夢中となるあまり、背後から迫る存在に気づくのが大きく遅れた。


「ぐあっ!?」


 振り下ろされた石斧を咄嗟に回避しようとしたが間に合わず、その一撃は剣を持っている右手に直撃した。


「うぅっ……」


 激しい出血とこれまでに感じたことのない激痛に耐えていたブラントであったが、とうとう意識を手放し、その場へと倒れ込む。

 次に気がつくと、ブラントは城内にある診療所のベッドで横になっていた。

 伏兵の攻撃で倒れてからの記憶はなかったが、体中に巻かれた包帯を見て、自分がどのような状況に置かれていたのかを理解する。

 同時に、もうひとつ理解したことがあった。

 それは――右手がまったく動かないということだった。


「リハビリを続ければ、日常生活に支障が出ない程度には回復するだろうが……以前のように騎士として剣を振るうことはできないだろうね」


 意識を取り戻したという話を聞いた医者は、冷静な口調でブラントにそう説明する。

 だが、「以前のように騎士として剣を振るうことはできないだろうね」という言葉から先については何を言われたかまったく覚えていなかった。

 ブラントにとってはそれほど衝撃的な事実だったのだ。



「――大丈夫か、ブラント」

「っ!? は、はい」


 右腕についての経緯を思い出していたせいで、アイゼンバーグの話が一切頭に入ってこなかった。

 それに気づいたアイゼンバーグはもう一度説明し直す。


「右腕については残念だが……我々としては再起できる可能性を秘めていると考えている」

「っ!? 腕が治るんですか!?」

「そういうわけじゃない」


 一瞬、元通りになるのかと期待が湧いたブラントであったが、どうやらアイゼンバーグの話はそういうことではないらしい。


「君には新しい場所で働いてもらう」


 アイゼンバーグはそう告げると、それまで座っていたイスから立ち上がり、ゆっくりと窓へと視線を移した。

それにつられて、ブラントも視線を動かす――が、その先にある建物を目の当たりにして、思わず顔が強張った。


「気づいたか」


 悪い予感は見事に的中したようだ。


「君には明日から遺失物管理所へ移ってもらう」


 恐れていたひと言が、尊敬するアイゼンバーグ副騎士団長の口から放たれる。

 リンドレー王国騎士団所属遺失物管理所。

 それは即ち――《落とし物係》。

たとえば、「馬車にハンカチを忘れてきた」とか、「遠征先の戦場でに読みかけの小説を落とした」とか、これまでブラントが当たり前のようにやってきた戦闘とは関係ない、「あると便利だなぁ」という程度の理由でつくられた場所だ。

そんな、誰にでもできそうな役割だから、遺失物管理所に配属されるのは引退間近の老兵だったり、素行不良の者だったり、実戦訓練において成績のふるわなかった者だったり……いわゆる役立たずの集団。落ちこぼれがひしめく吹き溜まりというのがもっぱらの噂であった。もちろん、ブラントもこの噂を知っている。

 ここへ行くことを命じられた者は、少なくとも数ヶ月のうちに自主退団を申し出ると言われており、事実上の解雇宣言であった。アイゼンバーグが外から眺めていたのは、その遺失物管理所だったのだ。


「君にまだ騎士として戦う覚悟があるというなら……這い上がってこい。あの場所は、きっと今の君にないモノを与えてくれるはずだ」


 イスから立ち上がり、すれ違いざまに辞令を渡しつつ肩を優しく叩きながらアイゼンバーグはそう告げた。

 普通に受け取れば励ましの言葉であるが、今のブラントには最高の皮肉に聞こえる。


 騎士として終わった。


 そう打ちひしがれるブラントの手には自然と力がこもる。


「上等だ……このまま終われるかよ」

 

 ひたすら歩み続けてきたエリートのブラントは、一気に底まで転げ落ちた。

 だが、その状況が逆に彼を燃え上がらせる。


「必ず……もう一度……この場所に戻ってくるぞ」


 剣を持つことができなくなった騎士ブラントは、不屈の闘志をもって再びエリート騎士としての道を歩むと心に誓うのだった。





※次回は12:00に更新予定!

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