第38話


 数分後、昏い目をした結芽を膝の上に乗せ、調理過程のひと幕のように結芽の二の腕を丹念に揉み込んでいる律が除に口を開く。


「先程の話ですが……もう一つ思いついたのですが、鬼が村人を示唆していたとは考えられませんか? つまり、村に食人習慣があり、村人がその当事者であったと」

「突然だな」


 大地は自身を恨めしそうに見つめる結芽から目を逸らしながら律に声を掛ける。


「しかし、そう考えれば筋が通るとは思いませんか? 奇病はクールー病で、村人は人肉を食べていた。奇病が村に蔓延したのは村に食人習慣が存在していたため。感染しなかった人物は余所から嫁いだ人物で食人習慣が無かったか、もしくは潜伏期間だったとか。そして、遠く離れた地で感染した人物は潜伏期間を経て発症したのです。鬼に捧げたとされる生け贄は、それこそ自分達で食べていたのでは?」


 押し黙り律の意見を反芻する大地をちらりと眺めた後、秀一郎は律に先を促す。


「続けろ」

「村人は最初から余所者を食べていた。ゴールドラッシュで人の往来が多かったのなら、多少浚っても誤魔化しが利きそうです。野盗のせいにでもすればいいのです。それに村ぐるみの犯行なら地の利もあります」

「確かに筋は通るな。比較的平和だったとはいえ、時代も時代だ。野盗による誘拐や強盗も珍しくはなかっただろう。それも金鉱関係の輸送なら尚更だ。勿論、高価な品の輸送には護衛も居ただろうし、危険を避けるために隊商を組む者もいただろう。だが逆に言えば、個人や少数であればカモだと言えるわけだな」


 律が思いつきで口にした案に、大地が独り言のようにぶつぶつと呟きながら肉付けを行っていく。


 そこまで考えてなかった律は大地の理屈っぽさに苦笑する。大地は普段は大雑把で大らかな割に、関心がある事柄に関しては異様に細かく口数が多くなる。律にはそのギャップが可笑しく、また可愛らしく思えた。


 やがて大地の話が一段落した隙を見計らって、律が再び口を開く。


「しかし、そこで村の食人習慣が露見してしまったか、もしくはクールー病が急激に蔓延したか、はたまたその両方が同時に起きたんです。それで、焦った村人は鬼の存在をでっちあげて責任を全て押しつけたと。大地君の話していた鬼=災害説に近いでしょうか」


 律は得意げな表情を浮かべながら説明していく。右手で指折り数えているのは、今までの疑問点が解消されていくのをカウントしているからであろうか。指が立つ度に表情に自信が満ちていく。


 左手は結芽の腿肉に達し、やわやわと揉み込み始めた。肉質を確かめるかのように慎重な手付きだ。


「確かに話の大部分に筋が通るな。だけど、そもそもの発端は何だ? 佐田はって言っていたが最初っていつだ? 郷作村みたいに裕福な村で、村ぐるみで食人習慣が始まる動機は何だ? 周辺から孤立している訳ではないから、文化的に周囲と著しい隔たりがあったわけではないだろう? 戦国時代を経たとはいえ、食人に対する忌避感とかは無いものだろうか? 分からん」


 大地は抱いた疑問をまるで自身に問いかけるかのように列挙する。分からないこと、考えることが多すぎて集中が途切れそうだと、頭を振って意識を集中する。


 すると横合いの律、その膝の上の人物から声がかかる。


「あの……それについて、私のほうから情報があるんだけど……その前に、その……ね?」


 結芽はそう言うと、ちらりと律に視線を遣ってから、その手の先を視線で指し示す。


 律の手はいつの間にか結芽の腹に回っており、腹周りをまさぐるかのように蠢いていた。


 それを見咎めた大地は律の両手を掴み上げ、結芽に移動するように視線で促そうとする。しかし指示するまでもなく、結芽は脱兎の如く飛び出し、慌てて大地の背に隠れる。


 今まで思考で手一杯で見逃していたものの、結芽が拘束されている状況は大地にとって決して他人事ではなかった。それは、バイク乗車時の律の怪しい手付きを彷彿とさせるものだったからだ。


 早い段階で矯正しなければ被害に遭うのは自分も同じなのだ。断じて他人事ではなかった。脳内でそう結論づけた大地は掴んでいた律の手を離すと真剣な表情で声をかける。


「佐田、こないだも言ったけど、お前のさりげないつもりのタッチは明らかにアウトなやつだ。タッチどころか、まさぐってるってレベルだぞ。猛省しろ」

「大地君、そんな事を言って先輩を独占するつもりですね。捕獲したのは私ですよ。私には一番良い部位を頂く権利があるはずです。さぁ先輩を返してください」


 律はそう言うと、手を広げて結芽を返すように主張する。


「ダメだ。反省するまで先輩はお預けだ」

「そもそも私は誰のものでもないからね?」


 結芽の主張は、結芽の権利を声高に主張する律と、そのしつけに腐心する大地の口論によってかき消された。


 漸く律が落ち着いたのは、大地が鞄から秘蔵の甘味を取り出して、律の前にちらつかせ始めた時だった。

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