第8話

 私たちは場所を変え、市役所の会議室を訪れた。

 整然と並んだ長机と椅子。そして、目の前には、巨大な黒板がある。その他は空調があるだけで、ゴブリンの会議室らしからぬ大変無機質な部屋だった。

 私と、ヨヨさん。それに、マイム嬢とじいや氏に加え、実際に建造工事に携わる工務店の責任者も召集し、関係者が全員揃い踏みとなった。


「はい、それでは皆様、おそろいですね」


 黒板の前に、アイリーンさんが立つ。

 ポケットから銀縁のメガネを取り出して、それを掛けた。


「それでは、ダムガーン像建造計画仕様変更に伴う緊急ミーティングを始めさせて頂きます」

「仕様変更…!?」

「材料調達は終わっちまってるぞ!」

「工期は!? 工期はどうなる!?」

「この期に及んで仕様変更とかふっざけんなマジ!」


 一瞬で会議室は憤怒の坩堝と化した。


「皆様、お静かに。このミーティングには計画の発起人でありますマイム姫にも参加頂いております。もし意見が御座いましたら直接御談判下さい」


 最前列に座していたマイム嬢が騒がしい作業員達に振り返る。

 しん…。

 一気に場が静まった。

 

「さて、まずはご挨拶を。今回ダムガーン像に追加される可動機構に携わります、回転床屋のアイリーンです。どうぞよろしくお願い致します」

「可動機構…!?」


 仕様の一端が明らかになると、いよいよマイム嬢の威光では工員達の不満が押さえきれなくなった。


「無理だ!」

「計画とまったく違うじゃねーか!」


いやほんと、その通りだ。


「はい。現在の工期計画を拝見しましたが、こちらは一般的な青銅像の製作工程に沿った計画ですね。これは魔王城の大魔王黄金彫像製作などでも使われた、型を使った鋳造方式ですので、実績もございます」


 しかし――と、アイリーンさんは続ける。


「今回仕様として追加されるのは可動機構です。具体的には、頭部、腕部、腰部の三点に最大45度の角度変形機構を追加します。詳しくは配布資料の3ページをご確認下さい」

「これもう別モンじゃねーか!」

「ゴーレム技師呼んでこい!」

「いや、しかしウォルフメタルはまだゴーレム化の魔法が制定されていないぞ…」


 たしかに、一般的な鉄などの素材で作るのならば、ゴーレム化という手法を使えば可動する彫像を製作することは可能だ。

 しかし、ウォルフラム鉱から作られるウォルフメタルは発明されたばかりの金属。まだゴーレム化の手法が確立されていない。


「ならば、素材を変更して製作すれば良いのではないでしょうか?」


 手を上げて進言した私の提案に、会議参加者達は唸った。確かにその通りだと思ったのだろう。


「はい。コレほど大規模の仕様変更となると、素材選定から考え直さなければならないでしょう。本来ならばそうするべきですが、材料調達が完了してしまっているのです」

「それに! ダムガーンを鉄で作るなど許さんぞ! ダムガーンはどんな攻撃もびくともしないのだからな!」


 客先からの強い希望もあり、仕様変更対策としての素材変更はその場で却下された。

 では、どうするか…?

 技術者の数人が腕組みをして唸る中、アイリーンさんが提案を発する。


「そこで、私に良い考えがございます」

「と、いうと?」

「防御力を維持すればよい、ということであれば、何も彫像の素材全部をウォルフメタルにする必要はございません。外装をウォルフメタルとし、内部に別の素材を利用することを提案いたします」

「つまり、ダムガーンのデザイン形状のフルプレートアーマーをウォルフメタル板金で製作し、中身はゴーレムで補うと…?」

「はい」


 なるほど…と、場が手を打つ。しかし、すぐに次の問題が湧いてきた。


「しかし、ウォルフメタル製の鎧ともなれば、巨人族でも厳しい装備重量になります。ゴーレムに耐えきれるでしょうか?」

「はい。計算しましたが、アイアンゴーレムでも無理です。ですので、ここからが私の提案の骨子となります」


 アイリーンさんは、会議場を見回して、声高らかに言う。


「使うのは、ストーンゴーレムです」

「ストーンゴーレム…!? 石ではそれこそ重さに耐えきれないのでは!?」

「もちろん、ただのストーンゴーレムではございません」


 アイリーンさんは、ミーティングに先立ち、入手してきたサンプルを取り出す。


「材料として利用するのは石ではなく、このウォルフメタル球です」


 アイリーンさんが両手で抱え持つのは、オーガ族の頭程度の大きさの、ウォルフメタル製の球体だった。


「この珠を使い、魔力連結型ゴーレムとして構成します。ストーンゴーレムは、複数の岩を魔力によって人型に連結した低級のゴーレムです。これはその応用となります」

「まさか、その珠を鎧の中に詰めてゴーレム化するのか!?」

「はい。珠がウォルフメタル製ならば強度は担保されます。加えて、部位別に珠のサイズを変更することで、上半身や腕部の重量バランスを調整します」


 ざわざわ…と、会議場にさざ波のように、関係者達の声が広がった。

 その内、技師らしき魚人の男が手を上げる。


「質問です。その工法は実績のある工法なのでしょうか?」

「いいえ」


 アイリーンさんは言った。


「これは弊社の独自工法――名付けて、ボールジョイント工法になります」


 独自工法と言うものの、下敷きはストーンゴーレムの製造法と同じだ。マッドゴーレムやサンドゴーレムのように、内部を流体とすることで可動を可能としているゴーレムとは異なり、魔力によって連結した石を組み合わせて構成したストーンゴーレムは、ゴーレム製造法としては異質で、時代遅れの拙い技術とされていた。

 そして、これは後からアイリーンさんから聞いた話ではあるが、最初からそういった工法を持っていたわけではなく、建築現場でダムガーンの土台を見ていた時に偶然思い付いたのだそうだ。

 つまり、ボールジョイント工法は、まさにこの瞬間誕生したのである。


 しかしながら、この工法にまったく問題がないわけではなかった。

 まずは、ゴーレムを形成するための維持魔力の問題。

構造上、常に魔力を供給し、ゴーレムを維持しておかなければならない。超重量かつ全長15mの巨体ともなれば、その魔力消費は膨大だった。

 だがこれは、アイリーンさんが一言で叩き伏せた。


「マイム様、たしか仰いましたよね? どれだけコストがかかってもよいと」

「うむ! 言った!」


 この鶴の一声で、維持魔力問題は解決。

 もう1つの問題は―――…


「主材料は調達済みですが、こちらの球体をどのように生産するかが問題です。高精度の球体を、サイズを微調整しながら生産するとなると、製造できる業者は限られるのでは…?」


 ワーウルフの技術者さんが算盤を片手に尋ねた。


「はい。おおよその形状はドドンガド工業で金型を作って圧造、荒研磨で作っていただくとして、寸法出しについては設計と照らし合わせながら、手作業で仕上げていくしかありませんね」

「一体どこで金属球の仕上げを…?」

「弊社にて行います」

「え!?」

「ボールジョイント工法の設計を理解しているのは私だけです。設計と詰めを合わせながら製作する必要がある以上、弊社で行うしかありません」


 キリッとした表情で、アイリーンさんは言い切った。

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