第6話

 ランドマークと回転床…――

 いや、繋がらない。明らかに無関係だ…。

 仕事の中身を訊いてみれば、まさかダンジョンのダの字も出てこないとは。


「あのお姫様ってば、うちらがダンジョン全般の設計工房―――もとい、迷宮工房だって絶対理解してないね?」

「……」


 ヨヨさんに言われ、アイリーンさんが悲しそうに目を伏せた。それをフォローするように、じいや氏は口を開いた。


「そ、その、それで、姫様からはなんと…?」

「なんか、こことここと、えーと、あとはここだっけ? ここだったかな? とにかく、何ヵ所か回転できるようにして欲しいって」

「ば、馬鹿な…! このランドマークはウォルフメタル製ですぞ!? 超重量の像なのです! そこに今さら回転機構など採り入れられません!」

「おっとぉ? 早くもプロジェクトが暗礁に乗り上げたかぁ?」


 半ばわかってはいたが、現場を訪れると最悪な事実が次々に判明してくる。

 現場を知らぬ上司が、思い付きでプロジェクトをどんどん変えていくという最悪の展開だ。

 あのお姫様は、それができるかできないかを検討せずに、自分の感覚だけで、仕事を振っているのである。


「しょ、少々お待ち下さい…。すぐに姫様に確認をして参ります…!」

「はーい、いってらっしゃい~」


 私達は全力で市役所へ駆け込んでいくじいや氏の背中を見送った。


「せめて応接室に案内してくれればいいのに。まぁ、マジで初耳だったんだなぁ。めっちゃ焦ってたよ、じいやさん」

「そうですね…」

「………」


 私は言葉が出ない。

 このような仕事の低落では…いや、何より我々の税金が、ランドマークなどに使われているとは…!

 果たして費用対効果を考えての計画なのだろうか? ちゃんと工事業者は事業オークションで決定しているのか? 悪質な予算の中抜きはないのか?

 罠以外のところで、私のライター魂が揺さぶられる。


「時間も勿体無いし、その作ってる実物を先に確認しよ。流石に現場には図面あるでしょ」

「けど、じいやさんが…」

「うちがここで待っとくよ。アイリは見てきな」

「………。そうですね。そうします、ヨヨさん」


 アイリーンさんはそう言うや否や、パッと駆け出して行ってしまう。

 私もついていこうかと思ったのだが、一歩踏み出して考え直し、踵を返した。


「あれ、おにーさんは行かないの?」

「はい。具体的な作業の様子については後から取材をできると思いますし。今はヨヨさんからお話を訊く良い機会だと思いまして」

「え、うち?」


 ヨヨさんは目を丸くして驚いたが、すぐにニヤリと笑い目を細めた。


「ふふー、ギャラはちゃんと貰うよ~?」

「はい。それはもちろん」


 私は懐から愛用の手帳を取り出し、取材を開始する。


「まず、ヨヨさんとアイリーンさんの関係からお伺いしてもいいでしょうか? 従業員というにしては、アイリーンさんと特別に親しいようですし…」

「そうだねぇ…。もうかれこれ400年くらいの付き合いになるし」

「元々同じダンジョンで働いていらっしゃったのでしょうか?」

「んーん、違うよ。うち、偶然アイリの工房でバイト募集してたのを見てさ、それで応募したの」

「ヨヨさんも、元々ダンジョントラップのお仕事を?」

「そんなわけないよ~! だってうち、ほら、サキュバスだもん。頭の弱そうな冒険者から精力を吸って生活してたんだけど、エロ猿連中を相手するのに飽きちゃってさ~」


 サキュバス業界も、人気上位の奪い合いや顧客の取り合いで、なかなか厳しい業界だとは聞く。サービスし過ぎてもいけないし、それでいて絞り取らなければならないらしい。


「そんな時、チラシで回転床屋さんって名前が飛び込んできてさ。ほら回転床だよ? 回転床! 培った床の間テクを活かせそうだなぁって!」

「いかがわしい隠語と思ったわけですか…」

「へっへっへ~! いやー、うちもアホだったね! 横に事務職だって書いてあったのにさ~」

「アイリーンさんとは、そこからのお付き合いということですか」

「うん! いやー、我ながらよく続いてるもんだ。ま、アイリが何年一緒に居ても飽きない奴だからなんだろうけど。ほら、夢を追いかけ続ける奴ってさ、格好いいから」

「ええ、そうですね」


 格好いい。そう、私の言葉にできない感情を、ヨヨさんはいともあっさりと言語化してみせた。


「―――あっ、それにバイトから従業員にしてもらったし、福利厚生も文句ないからかな! なんと言っても好きな時に休みが取れるってのがいいよね~。うっかり酒場で引っかけた男とオールナイトしちゃっても安心!」


 ああ、なるほど、それで午後出勤だったわけだ。


「ヨヨさん自身は、回転床やダンジョントラップにご興味は?」

「んー? いやいや、興味無いわけじゃないよ? ダンジョントラップっていいよね…。嵌まった奴を好き放題できるわけだしさ」


 ヨヨさんの見せる妖艶な表情を見て、私は何故か、この人にダンジョンを設計させては駄目だという強い気持ちを抱いた。


「ダンジョン…。やっぱ個人で所有するには資金がなぁ~。でも、宝くじにでも当たったら、触手とかスライムとか盛り沢山の――」

「はい、ヨヨさん、ありがとうございました」

「えー!? もう終わりィ? 私のダンジョン愛を語らせてよ~!」

「月刊ダンジョンマスターは全年齢向けなので…」


 あまりヨヨさんのダンジョン観を深堀りすると記事を載せられなくなってしまう。


「それにしても、じいや氏は遅いですね」

「んー…たぶん、姫様と揉めてるんじゃない?」

「揉める…?」

「いつもの流れなら、そろそろ来るよ」

「来る? 来るとは、何が―――」


 私が言い掛けた時、耳を打つ絶叫が響き渡った。


「ヤダーーーーーーーーッッッ!!!!!」


 そして、巨大な地響きが轟き、ドゴンッドゴンッと破砕音が鳴り、無数の瓦礫が空から落ちてくる。


「ほーら! 始まった!」

「い、一体何ですか!?」

「お姫様が癇癪起こしたんだよ!」


 崩れているのは市役所の上階だ。壁が吹き飛び、窓が砕け散け、そこから机やら椅子やらが放り投げられ落ちてくる。

 私達は落ちてくる瓦礫を避けながら、市役所から離れる。放れる途中で、知り合ったばかりの初老の巨体が目の前に落ちてきた。


「ぐはぁーッ!!」


 じいや氏である。

 落下してきたじいや氏は大地に叩きつけられ、石畳を豪快に割った。


「だ、大丈夫ですか!?」


 私は思わず駆け寄る。

 しかし次の瞬間、倒れたじいや氏に向かって、小柄な影が降ってきた。


「ぜぇぇぇぇたぁいッ! いやじゃぁぁぁぁ!!!」

「ごはぁッ!!」


 空から降ってきたマイム嬢の蹴りが、じいや氏の腹筋に叩きつけられ、じいや氏はくの字に折り畳まれるように跳ね、血反吐を口から吐きながら、さらに深く地面に沈んだ。

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