第二十八話:悪友

 第四皇子ジャック・ド・パロメスの独白。


「ジャックー!」

「ん?」


 机に突っ伏していると、誰かが声をかけてきた。顔を上げるといつも遊んでいる伯爵家の悪友ロバンだった。


「授業終わったら、繁華街に行ってパーっと遊びに行こうぜー!」

「わりぃな。今日は用事があって、な」

「まじかよぉー、つれねぇな」


 ロバンはプータレながら俺の肩を何度も揺すってくる。


「わかった、わかった。今度奢ってやるからよ」

「お? まじ! 最高だぜ、次は必ず行こうぜ!」

「おう」


 ジェレミーのクラスはいつも女の子がキャーキャーうるさいが、俺のクラスは俺がこんな感じだからみんなタメ口で、だらけたクラスになっていた。


「あっそうだ。そういや、話聞いたか?」

「何がだ?」

「お前双子の弟いるだろ? なんでも留学してきた女の子の看病のためにわざわざ授業をほっぽりだして、ずっと一緒にいたらしいぞ」

「へぇ、ジェレミーが……な」


 相槌を打ちながら背をグッと伸ばすと、ロバンが席に戻った。

 俺は肘を突きながら授業を適当に右から左に流していく。




 ロバンを連れて食堂に向かうと、パトリック兄さんがいた。


「おや? ジャックじゃないか」

「お疲れ様です。パトリック兄さん」

「今日は犬と遊びに行くのかい? ほどほどにね」


 パトリック兄さんは一瞬、怪しく目を光らせると俺の肩を叩いて去っていった。


「ひぇぇ。第二皇子のパトリック様はやっぱおっかないな」

「そうか? 俺は慣れたけどな」

「さすが帝室様ってか?」

「うっせぇよ」


 ロバンのムカつく言葉を流して席に座ると、なぜか弟のアルがやってきた。


「ご機嫌麗しくッッ」

「ご、ご機嫌麗しく?」


 なぜか無駄に畏まった言い方に俺はついつい声を詰まらせる。


「ど、どうした? アル」

「挨拶をしに参った次第ッッ。それと犬の件についてでありますッッ」

「犬、犬ねぇ……それは俺とジェレミーがどうにかするから、アルは気にすんな」

「了解でありますッッ」


 アルは綺麗な騎士の敬礼をすると去っていった。


「て、帝室ってみんな犬のこと一つでもあんなに堅苦しいのか?」

「ま、まぁ……な」


 俺は苦笑しながらロバンに返した。


「お、マリー様じゃん。やっぱ綺麗だなぁ」


 ロバンの視線を先を見ると、アルフレッドがマリーの近くでまるで護衛のように周りに殺気を放ちながら道を作っていた。


「あら? ジャックじゃない」

「おう、マリー」


 マリーに手をあげて返事すれば近づいてきた。


「は、初めまして! 自分、伯爵家のロバン・ソーゲと申します!」

「ご丁寧にありがとうございます。私、マリー・ド・パロメスと申します。いつもジャックと仲良くしていただきありがとうございますわ」


 自分より地位が下だというのにマリーは丁寧に返す。


「お前は俺の母さんか」


 俺が思わず突っ込むとマリーがクスクス笑う。


「そういえば、最近よく犬と遊んでいるけど、ほどほどにね? ジャック」

「わかったよ、さっきもパトリック兄さんにもアルにも言われたよ」

「そうなの? でも気をつけなさいね」

「はいはい」

「それではロバンさん、ジャック、ごきげんよう」


 マリーは綺麗な所作で一礼をしてアルフレッドが用意した席に向かった。


「ヒュー、やっぱりマリー様は最高だぜ! こんな俺にもあんなに美しい笑みで挨拶してくれるなんて! 俺も噂の親衛隊に加入しようかな!」

「やめとけ、やめとけ。話を聞く限りあいつら、毎日授業終わりにマリーについて三時間ぐらい称えてるんだぞ」


 その時ちょうど俺たちの前を、親衛隊のハチマキをした男女が通った。


「そ、そうなのか?」


 ロバンが少し引きながら彼らを見た。





 食事を終え、午後の部も終わり俺は馬車へ向かった。


 馬車に座って肘をついて外を見ると、ジェレミーが校舎から出てくる。

 相変わらず周りには女の子がたくさんいて黄色い声が止まらなかった。ジェレミーもニコニコと貼り付けてみんなに手を振って馬車に乗ってくる。


「相変わらず、キャーキャー言われてんな」

「うるせぇよ」


 さっきまでニコニコしていたっていうのに、馬車の扉が閉まると棘がある言い方で返してくる。


「ふん、聞いたぞ。珍しくわざわざ一人の女の子のために付き添って医務室にずっといたんだって?」


 俺がジェレミーの足を叩くと、ジェレミーが眉間に皺を寄せてプイッと外を向いた。


「つまんねぇやつだな。少し話ぐらい付き合えよ」

「黙れ」

「はぁ……」


 俺が深くため息をして深く椅子に座ると天井から黒い染みができて、そこから子飼いの男が現れた。


「どうされますか?」

「このままスラムへ向かえ」

「承知」


 男はそのまま馬車の床に染み込むように消えていった。


「お前の犬はどいつもこいつも不気味なやつらばっかだな」

「うっせぇよ」


 馬車に揺られながら市街を通ると多くの人たちが慌てて道を譲ったが、スラム街に入っていくと、ジリジリとねちっこい視線が首筋に当たる。


「チッ。気持ち悪いな。どうにかしろ、ジャック」

「確かにな……おい、ゼロ」

「ハッ」


 俺もいい加減鬱陶しくなり、ジェレミーに同意しながら子飼いの男の名前を呼ぶ。

 数秒もせずに外から悲鳴や奇声が上がると嫌な気配がなくなった。




 少ししてある一角に着くと馬車が止まる。

 外には俺がジェレミーに貸したやつらが俺たちに片膝をついていた。


「ん? ジェレミーもすでに行かせてたのか。だったら俺が来る必要なかったよな」

「お前が勝手に俺の馬車に乗ってきたからだろ……」


 ジェレミーが眉間を揉みながら俺に言ってきた。


「そうだっけ? お前と俺の馬車が似てるから見分けつかないんだよな……」

「それもお前が真似して作ったからだろ……」


 そんなことを言いながら俺たちは黒を基調で作られた建物に入る。


 中はムワッと死臭がすごく俺は思わず眉間に力が入り、ポケットからハンカチを取り出して口に当てる。

 中はまさしく死屍累累の様子で堅気じゃないやつらの死体がそこらじゅうにあった。


「おいおい。いくらなんでもやりすぎじゃないのか? ジェレミー」

「あ? 俺の指示じゃないぞ」


 俺が疑問に覚えると子飼いの偉丈夫ゼロが耳打ちしてきた。


「他国の者です」

「どういうことだ?」

「それは……見ていただくのは早いかと」


 ゼロがそう言うと俺から離れて、影へ沈み込んだ。


「ふーん。まぁいいや、とりあえず上に行くぞ」


 俺はジェレミーを連れて階段を登っていく。


 至る所、剣で切られた後がありボロボロになっていた。

 おそらく元凶がいるだろう部屋に入ると大柄の虎獣人族が葉巻を吸いながらこちらを睨んでいた。


「ふん。帝国の皇子が二人雁首、揃えて……」


 そう言うがそいつの首には女の子が刃を添わせていた。


「帝国はいつから他国の暗殺者まで扱うようになったんだ?」

「……ん?!」


 日差しがちょうど入ってくると、ジェレミーが横で素っ頓狂な声を上げる。


「ふんす! ジェレミー様! お疲れ様です!」

「……ジェレミー、お前の知り合いか?」


 俺がジェレミーに目をやると、目を溢れんほど開けて口を開けて惚けていた。


「おい」


 肘でジェレミーを突っつくと頭をガクガクした。


「ジェレミー様! 私、暗殺が得意なんですよ! 帝国に仇なす、こいつ殺っちゃいますよ!」

「な、なんでエマがここにいるんだ?」


 エマ?


 俺が疑問に思っていると、ぬるっと影からゼロが出てきて説明する。


「エマニュエル・リファール。リファール家次期当主、別名気狂いのエマニュエル。ヴェルネ公国の暗部……我らと同類の者たちです」

「へぇ。やるなジェレミー、そんな子と恋仲になってたなんて」

「そして、あの虎獣人族は帝国の闇ギルドを束ねている一人のジギエルです」


 俺がジェレミーの背中を叩くとジェレミーが咳き込む。


 そのエマニュエルという子は可愛いらしい顔とは裏腹に、顔にはべっとり血をつけながら短剣をぶんぶん振っていた。


「リファール家はヴァルネ公国に忠誠を誓っています! 公国のマリヴォンヌ様を邪魔をするやつなら誰だろうと殺っちゃいますよ!」


 話の内容が支離滅裂すぎて頭が痛くなっていると、ようやく再起動したジェレミーがエマニュエルが声を上擦らせながら聞いた。


「そ、そうか。それがどうして帝国へ?」

「辺鄙なところにある公国の貴族がマリー様を廃そうとしているの聞きつけて、留学してきたんです!」


 エマニュエルは物騒なことを言って虎獣人族ジギエルの髪の毛を引っ張りあげて顎に剣を押し当てる。


「ぐっ……ふぅ、腹心までリファール家のやつらだったとはな」


 そんなジギエルは呑気に葉巻を吸って大量の煙を吐いて嫌味を言ってきた。それを合図に、カーテンの後ろから細身で長身の胡散臭い男性が現れる。


「失敬な。私はすでに追われる身、狂ったリファール家には全く興味ありませんよ」

「あ! サミュエルお兄ちゃん! お久しぶり! お父さん怒ってたよ!」

「はぁ……お前は相変わらず変わらんな。父上は怒ってるんじゃなくて俺を殺そうとしてるんだよ。全くここまで登りつめたというのに……」

「もう! サミュエルお兄ちゃんのツンデレ! 早くお家おうちに帰ってきてよ! 私、当主なんてめんどくさいのやりたくないよ!」


 目の前でくだらないことをおっぱじめて俺は呆れる。


「兄妹喧嘩はいいが、お前たちは俺たちの敵か? それとも味方か?」

「私はもちろん味方ですよ! マリヴォンヌ様がいらっしゃるのに敵対するわけないじゃないですか!」


 エマニュエルは可愛らしい笑顔を浮かべながら虎獣人族ジギエルの頭を撫でる。


「ここまで嗅ぎつけられたらねぇ……帝国の暗部に永遠と追いかけ回されるのも嫌ですよ。なので私はこれ以上、やりあうつもりはありませんよ」


 兄の方は両手を上げてひらひらした。


「で、お前はどうする?」


 俺は最後にジギエルを見る。


「チッ。ここまで荒らされといて簡単に『はい』って言えると思うか?」

「てんめぇぇ!!」


 その言葉にエマニュエルは般若顔になりジギエルの顔を殴りつけると、ジギエルはそのまま窓の外に飛んでいった。


 なんつう、膂力……アルレベルかよ。


 呆れていると、エマニュアルはジギエルを追って窓から降りれば、外からドッカンドッカンッと音が鳴り響く。


「……どうすんだ?」


 ジェレミーに視線を向けると天を仰いでいた。

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