第二十二話:いざこざ

「だずげでぐだざぁぁい! だべないでぐださぁぁい!」


 ゲームで見た勇者の格好をしたイケメンの男性が、顔中汁まみれにして叫んでいた。香辛料を振りかけられたのか時折、良い臭いが漂ってくる。


「ソロソロカ?」

「イヤ、半生ガ美味シイ」

「俺、鎧食ベテミタイ」


 オーガたちが剣呑なことを言っていると、よりいっそう勇者が喚き散らかす。


「ギャァァ! だずげでぇぇぇ!」


 イ、イケメンだけど悲惨すぎるわね……。


 私に気づいたオーガたちが次々に姿勢を正して私に敬礼をする。


 オーガってこんなキピキピしてたっけ? もっとこう野蛮な魔物だったような……。


「魔ノ神マリーサマ!」


 オーガを率いて、いつも私の側にいるオーガがドシドシ足音を立てながらやってきて、私の前で片膝をついた。


「魔ノ神マリーサマ、モ、ゴ所望サレマスカ」


 いらないわよ!


「離しなさい」

「ハ、イ」


 いつもいる筆頭オーガが他のオーガたちに目で合図をすると、オーガは悲しそうな表情をしながら、豚……勇者を解放した。


「あ、あぃがどぉございます! あぃがどぉございまぁぁす!」


 勇者はそれこそもう神に対して拝むように私へ何度も感謝をした、顔中から汁を飛ばしながら。


 き、きたない……。


 あなたの弟と配下がしたことなのに、何を言ってるんだろうか。



「とりあえずこれで拭きなさい」

「あぃがどぉございまぁぁす! 女神ざまぁぁ!」


 勇者はハンカチを恭しく受け取り顔を拭いた。


「う、うぅ……」


 だと言うのに思い出したのかまた泣き始める。

 流石にかわいそうに見えてきた私は勇者の肩を叩きながら、精神疲労を回復するために水の加護を使った。


「女神ざまぁぁ!」


 私に抱きつこうとしてきたが、アルがすかさず勇者の首根っこを掴んだ。


「貴様ッッ! 我がマリーお姉様に何をしようとしたッッ!」

「ず、ずみまぜん! ただ女神ざまをぉ!」

「ゆ、許せんッッ! オーガどもッッ!」


 勇者はオーガたちに羽交い締めにされると頭から香辛料を振りかけられて、豚の丸焼き状態にされた。


「うがぁぁ! だずげでぐだざぁぁい! 女神ざまぁぁ!」


 私は思わず天を仰ぎたくなるのを我慢してアルに目配せをする。


「食っていいぞッッ」


 違うわよ!


「離しなさい……」


 私は眉間を押さえながら小さくつぶやいた。


「離せッッ!」


 マリーの言葉を聞いたアルがオーガに命令し、勇者を頭から齧りつこうとしたオーガ止めた。オーガはそれはもう渋々、大きな口を戻して勇者を離した。


「う、うぅ……」


 勇者は香辛料と涎まみれで汚くなり、地面に倒れ伏せてザメザメ泣いていた。




 ◆◇◆




「女神様! おいらっちなんでもぺっらぺらに話しますよ!」


 三下感満載の勇者が私に手を揉みながら近づいてきた。


「貴様ァァッッ!」


 私の横にいたアルが怒鳴り、勇者はだらだらと顔を歪めて半泣きになる。


「女神ざまぁぁ!」


 顔を青白くした勇者が私に縋ってくる。

 そのせいでアルは般若を超えて悪鬼のような顔になっていた。


「ア、アル大丈夫よ」

「マリーお姉様が言うならば……ただし、戻り次第そいつには訓練をさせますッッ」

「そうね、わかったわ」


 勇者がギョッとした顔をしたが無視よ!


「あなたの名前はなんて言うの?」

「お、おいらっちアンデルス・シュテルンって言います! アンデルスって呼んでください、女神様!」


 よ、横からアルが歯軋りしているが気のせいね。

 だって……び、病弱な弟だもの。


 私はアルを意識から飛ばしてそのアンデルスとやらを見る。


「アンデルス……? 聞いたことないわね。でもその鎧、勇者のものよね?」

「そ、そうなんっすよ……そうであります!」


 アンデルスが砕けた口調で言うが、アルの人を殺しそうな視線を浴びて正した。


「あなた勇者で間違いないの?」

「そうであります!」

「はぁ、アル。やめなさい、話が進まないわ」


 私は額に手を当てながらアルに物騒な目線を止めるように言った。

 アルはよりいっそう歯軋りしながら私に敬礼をする。


「それで勇者のあなたはどうしてここに?」

「お、おいらっちは公爵家を探るために……」

「探る? 一人で?」

「そ、そのぉ……」


 意味がわからないわ……。なんで勇者が一人なのよ。


 いくら考えても理由がわからなかった私は秘技、目を細めるを使った。


「誰も相手の情報を知ろうとせず戦おうとするからなんっすよ! 女神ざまぁぁ……」


 悲壮な顔でアンデルスが言った。


 ど、どういうことよ……。


「マリーお姉様ッッ! 発言の許可をッッ!」

「いいわ」


 私はアルに顔を向ける。


「王国は公爵家と戦うことが生き甲斐ゆえッッ、情報戦ではなく肉弾戦を好んでいる可能性かとッッ!」


 よ、余計にわけがわからないわよ……。


「アンデルスさん? 私たちパルメス帝国も戦うことを好んでいないので、勇者のあなたから王国に止めるよう言ってもらえますか?」

「む、無理です」

「どういうことかしら?」


 横にいるアルからものすごい熱気が発せられてくる。


 あ、暑苦しい……。


「マリーお姉様に対して、無理だとッッ?! 小童ッッ!」


 小童って……あなたも子供でしょうに。


「む、無理なもんは無理っすよ! アルフレッド様!」


 秘技、目を強く細める!


「だ、だって王国の奴ら、全員脳筋どころじゃなく本当に骨の髄まで筋肉で出来ているのか、突撃っていう言葉しか聞かないんっすよ!」


 勇者はついに半べそをかいてメソメソする。


「国王陛下もそれに頭を痛めて、おいらっちを勇者に任命するし……もうどうすればいいんですか! 女神様!」


 アルが目をバッキバキにしながらアンデルスの胸ぐら掴み上げた。


 な、なんかアルまた大きくなってない? アンデルスさんも身長が高いのに、なんで両足が浮いてるの……。


「無理、無理、と、それしか言えんのかッッ。小童ッッ!」

「離してあげなさい、アル」


 地面にドサッと落とされたアンデルスはゴホゴホ言いながら咳をして立ち上がる。


「あ! 女神様から帝国のアングル公爵家になんとか言ってくれれば……」

「どういうことですか?」

「おいらっちのとこの王国のルーマン伯爵家と帝国のアングル公爵家のいざこざが原因らしくて……」


 いざこざ?


「ふむ、わかりました。私たちもアングル公爵家のところへ向かっていましたので、お話を聞きましょう」


 私は髪をかき上げて馬車に戻ると、なぜかアンデルスがすっごい力強くこちらを見ていた。


 どうしたのかしら?


 特に何か言ってくることもなかったのでウィルに馬車のドアを閉めさせる。


 来たる魔王のためにも公爵家の力も必要ですし、早く行きましょう。


 一瞬アンデルスさんの顔が、まるで今にも屠殺されそうな子豚の表情をしていたのは気のせいね!

 オーガたちが涎を垂らしてアンデルスさんのことを見ていたのも気のせいよ!

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