学園乙女ゲーの悪役皇女に転生したはずなんですけど、どうして歴代初の女帝になってるんですか?

羽場 伊織

プロローグ:皆様もお気をつけください

 市場、家の屋根、かつて存在していただろうスラム街、大通りの広場、どこもかしこも数え切れないほどの群衆がいた。彼らは一様に同じ方向を見上げ、数えきれないほどの歓声を上げている。

 白亜の宮殿に近づくにつれて、見渡す限り数え切れないほどの騎士、兵士たちに異形の者たちがいることに気づくだろう。


「「皇帝万歳!! 皇帝陛下万歳!!」」

「「神ヨ! 神ヨ! 我ラガ偉大ナル神ヨ!」」

「「悪鬼羅刹を支配する魔の王よ!!」」

「「三千世界を統べる王の中の王よ!」」


 多くの呼び名で呼ばれている者を見ると、まず初めに純白の鎧に目が行く。


 そこにはまるで天から舞い降りた天使のごとき、神聖不可避な見た目。胸元にはそれこそ神が零した一滴の血で作られただろう真紅の輝きの大きな宝石に目を奪われてしまうだろう。

 その輝きに目が焼けてしまう幻覚に襲われ瞼を閉じ、再び開けると今度はその者が被っている物に目がいく。


 被り物はただただ無骨であり、鎧とは対照的だった。勇敢な者が見れば勇気を奮い立たせ、臆病な者が見ると足が竦み、恐怖が増大する恐ろしさを放っていた。それはまるでありあらゆる者を導く救世主のようで、黙示録に出てくる破滅の天使のようでもあり、無垢なる者の魂を汚し地獄へ誘う悪魔とも見てとれる。


 歓声は止まらない、声が枯れようとも止まらなかった。


 その者は一振りの白く美しい剣を地面に突き刺し、彼らを一瞥。

 ふと片腕をゆっくりあげると、一斉に歓声がピタリと止まり、耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。


 遠くで誰かがゴクリと溜飲した音がなぜか耳元で聞こえてくる。

 隣にいる友人、知人、見知らぬ人、そして自身の心臓の鼓動すら煩い中、その者が天を指差し……。




 が、学園乙女ゲームだったのに……なんで、百年近く血みどろの泥沼の戦争してた帝国と王国が一緒にいるのよ!

 いや! 百歩譲って我慢して一緒にいる可能性も! あるかも! しれませんが!

 なんで魔人や魔物……悪魔までが手を取り合って私を称えているの?! おかしいわよ!

 私は悪役皇女になって悲惨な終わりを迎えたくなかっただけなのに、歴代初の女帝ってなによ!

 穏やかな生活をさせてよー!


 どこからかそんなトンチンカンな心の声が聞こえてきた。



 ◆◇◆



「ふふふ……もう少しであなたもクリアね」


 薄暗い一室の中、パソコンのモニターの前で薄着味悪い笑みを浮かべている人物がいた。

 カチカチカチと音が立て続けに響くと、彼女は顔を歪ませてもはや笑いというよりニチャリッと嗤っていた。


「ふっっふふふっふ! クリアよ。やっとクリアしたわー!」


 ふぅ、夏休みを潰してようやくあなたもクリアしてやったわ……この腹黒イケメンめ、あんたのせいで何回死んだか覚えてないってのに……ムカつく笑顔を見せてきやがって! ありがとう! 大好きよ! チュッチュ!


 心の中で罵倒するかと思えば突然パソコンのモニターにキスを始める。端的に頭がおかしいと思う。


「はぁ……といっても最後にラストエンディングがあるのよね。これがまたムカつく皇女が突っかかってくるって噂だし……途中でやって胸糞のまま寝るのも……あれだし。このまま寝よー、と」


 パソコンのモニターは彼女のキスの跡によだれまみれ。明日起きたら涙目になるのが目に見えるのに彼女は布団にくるまった。


 あ、明日の私……頼むわ! 今の私にはもうそんな気力もないのよ!


 誰に言い訳してるのか心の中で、ひとりごちながら彼女は目を瞑る。


 ここで少し説明させていただきたい。

 彼女はとても、それはとてもひじょーに寝相が悪い。いつもならベッドの横に椅子などを置いて落ちないようにしていたが、モニターから逃げるようにして布団を被った彼女はつい、うっかりと忘れてしまった。


「グガー……」


 本当に華の女子高生なのか疑うイビキをあげ、頭から落ちてしまう彼女。


「ふ、ふがふが!」


 運命と呼びたくないが……すごい確率で子豚みたいな鳴き声をあげながら、彼女はよだれと鼻水が呼吸器官に詰まって死んでしまった。




「ふがっ!」


 ど、どこよ!


「始めまして、亡き子よ」


 亡き子? どう言う意味? もっとわかりやすく言いなさいよ! というか誰よ、あんた! このイケメンめ!


 彼女の目の前には老若男女が惚れてしまうほどの魔性を振り撒いている神々しい存在がいた。だというのにこの言いようの彼女。


「わかりやすく言えば、命を落としてしまった我が愛し子ですよ」


 ん? 心を読んでる? このイケメンめ! 通報するぞ!


「もちろん。ここは私であり私ではない場所ですので」


 きもっ。


 心を読まれているというのに、どこまでも辛辣な彼女がいた。


「私はあなたたちの言い方と言えば神と言える存在でもあり、上位次元の存在でもあります」


 聞いてないけど。じゃ、それなら神様で。


 なぜか神様と呼称が決まったその存在は哀れな目で彼女を見ていた。その目線に彼女はどこか居心地が悪そうにする。


「な、何よ! 文句でもあるの!」

「いえ……ただ、その、あなたがここに来た理由が……」

「うん? よく覚えてないけど、私ならイケメンを庇って交通事故とかで死んだのね!」

「違います」


 即答する神様。


「私が言葉で伝えるより見せた方がよろしいでしょう」


 神様が手を降ると大きな半透明のディスプレイような物が現れる。そこにはベッドから頭が落ちて、ふがふがいって溺死している間抜けな彼女が映し出された。


「あなたの両親も……発見したとき、それはもうなんとも……」


 第一発見者の母親ですら、なんとも言えない表情で救急車を呼んでいる場面に切り替わる。


「いやああああ!」

「申し上げにくいですが……すごいなんとも言えない顔でして……」

「や、やめて! もう見せないで! その間抜けな姿を消してちょうだい!」

「は、はぁ」


 神様が再度手を振ると映像がかき消える。


「私もあまり長い時間いられるわけではないので、本題に入ります」

「あ、はい」

「よくある異世界転生になりますが何か欲しい物とかありますか? その今回……かなり、私から見ても……あれでしたので」

「やめて! もう言わないで!」


 彼女は顔に両手を置いて、いやいやと顔を左右に振る。


「基本的に私から与えることはありませんが……今回はその……とても……その不憫ですので」

「やめて! もう私の体力はゼロなの! いじめないで!」


 神様の言葉に彼女は顔をどんどん赤く染め上げ、そろそろ頭から湯気が出そうになっていた。


「今回は特別に何か差し上げましょう」

「そ、それなら! また同じようなことにならないよう、寝た時によだれと鼻水で詰まって死なないようにして!」


 普通なら狂気乱舞するところを、彼女は転生特典を一体なんだと考えているんだろうか?


「は、はぁ……わかりました」


 ピカーン! その時! 彼女の灰色の脳細胞に電流が走った!


「あの、ここでは……その……心の声も聞こえるので」


 別にナレーションでもなく彼女が一人、心の中で言っていた。


「うるさい!」


 確か、アニメか何かで電気が最強って言ってたわね。機械を作ればオレツエーできるし、なんていったってカッコいい! ハッ! 脳味噌に電気を流せばきっと天才児になれるはずだわ!


「いえ、普通に死にますが……というより一つだけですよ?」

「な、なにぃぃ! このドケチ! 二つにしなさい!」

「は、はぁ」


 彼女の剣幕に神様は上位次元の存在だというのに思わず口をつぐんで彼女を待つ。


 しかも、異世界なら雷があればオレツエーして、「我は神也とか!」とか言って……グフフ。


 こいつは異世界でも日本語と同じ、言語体系だとでも思っているんだろうか?


「いえ、あの……」

「うるさい! 神様なら可愛い子供に大サービスしなさい!」

「し、承知しました」

「雷とか電気とか使えるやつね!」

「し、承知しました。ではあなたには、よだれと鼻水……」

「ちょっと! 言い方ってもんがあるでしょ!」


 もはや神様に敬う気すらない彼女がいた。


「す、すみません。ではあなたには水の加護と雷の天賦の才を与えましょう」


 なぜか謝る神様。


「ふんっ!」

「では最後に特別として、あなたがに熱心に遊んでいたゲームの第六皇女として転生いたしますので」

「は? ちょ、ちょっと待って!」

「どうか今度こそ生をまっとうしてください」

「それって胸糞悪い、悪役皇女じゃないのー!」


 神様は彼女の声を黙殺して転生させた。



 ◆◇◆



「ふん! ふん! ですわ!」

「いいぞ! マリー! その調子だ!」


 金髪の長い髪を一本に束ね、小さな木剣を振り回す可愛い女の子。それを暖かい目で見る少年がいた。

 彼はパロメス帝国の第一皇子、小さな女の子は第六皇女だ。


 女の子はキリッと精一杯顔を決めて、木剣を構える。


「行きますわ! お兄様」

「おう! こい!」


 第一皇子は避ける素振りすらせず木剣に当たると、わざとらしい声をあげながら倒れる。


「うわぁぁ、さすがマリーだぁぁ」

「お兄様! ちゃんとしてください!」

「そんなこといったってなぁ。俺が本気出して怪我でもさせたら、お父上に俺が怒られてしまうよ」

「んもー!」


 プリプリ怒っている女の子の頭を撫でる第一皇子。女の子はそれでも機嫌が収まらないようで、猫のようにジト目で第一皇子を見上げる。


 第一皇子は苦笑しながら女の子に対して、本当に猫相手にあごを撫でると、女の子が「ふにゃぁ」って言って顔がとろける。

 横に控えていた侍女たちは微笑ましい顔になった。


 それに気づいた女の子はパッと離れて。


「私は猫じゃないです、お兄様! ふん! 私、先に戻りますわ!」

「わかった、わかったよ。後で甘い物持って行くからヘソを曲げないでくれ」

「いっぱいお願いします!」


 第一皇子は再び苦笑すると、女の子は侍女をともなって宮殿に戻る。それを物陰から見ていた第一皇子と同じ背丈の少年が近づいてきた。


「お疲れ様です。セドリック様」

「別に疲れてなんかないぞ。可愛い妹だからな」

「くくく」

「なんか物言いたげだな? パスカル」

「いえ、なんでもないですよ」

「ちっ。相変わらず飄々としやがって、お前には手加減なんてしないからな」

「もちろんです。お手合わせ、よろしくお願いします」

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