布団の中にて我思う

メンタル弱男

布団について



『布団の中の男曰く、アイデアは布団の中にあり』


          ○


「布団の中は、とても居心地がいい」というのは嘘です。


 もちろん、ちゃんと手入れのされた美しい環境下では正しいのかもしれません。僕が住むボロアパートの、すぐカビが生える一室では話がちょっと違います。


 部屋の端に置かれた布団は不時着した宇宙船のようにくたびれ、表面にはどこから産出したのか分からない毛玉がアボガドロ定数を思わせるほどの膨大な量にまで増加中なのです。


「うぅ、今日も疲れた……」


 いつもそう言って仕事から帰ってくると、洗濯後のリネンシャツのようにシワのできた表情で布団に腰掛ける訳ですが、そのシワをより一層深く刻むほどの居心地の悪さに戦慄するのです。どう居心地が悪いのか?


 臭い、じめじめする、布団の繊維が足の毛に絡まりつく……。


 挙げればキリがありませんが、それらはないまぜになって僕に襲い掛かるので、できるだけ意識を向けないようにそっと目を閉じるのです。


 ただ、居心地の悪さにおいての極め付けはとてつもなく身体が痒くなること。首元や足の付け根、さらには股間までもが痒みの餌食となり、終始身体のあちこちをボリボリ掻いていないと気が済まなくなります。もういてもたってもいられない! そんな気分になるのです。


「じゃあさっさと布団から出ろよ!」と、僕の並べ立てた文句に対して不満の声が聞こえてきそうなものですが、それは早計です。


 先程は布団のことを不時着した宇宙船に例えましたが、その不時着した場所である部屋はアマゾン川の流域のような環境なのです。

 

 様々な植物を彷彿とさせる洗濯物が視界を遮り、床にはアナコンダのように大きな口を開けたビニール袋が散らばっています。そしてそこら中に点々と落ちている鳥のフンのようなもの……。これはどうやら口から溢れた歯磨き粉のようです。


 そんなジャングルを目の前にした僕は、動かぬ宇宙船で救難信号も出せないまま、じっと湿った布団にくるまるのです。そして小さな隙間から、未知の生物がいるかもしれない「開かずのクローゼット」を見やり、カサカサと素早く動く何者かの足音を聞いた気がして、さらに布団を深く被るのです。


「なら掃除したら? 全部自分の怠慢が原因でしょ?」


 まったく、おっしゃる通りだと思います。

 掃除をしようしようといつも試みるのですが、「もう少し後でいいかな」と先延ばしにしたり、「この本面白かったなぁ」と途中で別のものに関心がいったり、なかなかうまくいきません。それはまるで紆余曲折がつきものの人生に似ています。そんな風に思いを馳せて「掃除って儚いね」と感じることもしばしばあるのです。

 

 だからこそ、居心地が悪くとも、家での大半の時間はジャングルに出る事なく布団の中で過ごしているのです。


          ○


 さてさて、少々話がずれてきてしまったのでそろそろ本題へと入りましょう。


 布団の中は僕にとって決して居心地のいい場所ではありませんが、特別な場所であるというのは本当です。


 布団というフィールドに限定すると、そこはまるで檻の中のように、世界が窮屈に感じてしまう事もあります。そんな時は必ずと言ってもいいほど、胸が締め付けられるような孤独を感じるのです。


 そこで僕は様々な事を布団の中で考え没入することを徹底し、気を紛らす作戦を実行しました。


 月の裏側に夢を持ちロマンを抱くように、布団の中から世界を想う。何を考えてもいい。何をイメージしてもいい。そんな日々を過ごしたのです。


 やがて僕は、布団こそが自身の脳みそなのではないかと思えるほどに、布団外では思考回路がショートするようになりました。汚くて臭い布団に早く帰りたいと懇願することも次第に増えてきました。


 僕はこの布団を、不時着したこの宇宙船を、再び世界の真実へと向かわせたいのです。


          ○


 そして、僕はこの小説で語ろうと思います。


 布団の中から湧き出たイメージ。そしてこねくり回された屁理屈と思われかねない僕の考えを、整形することなくありのままさらけ出すのです。


「布団の上から動かぬ冒険者。

 果てのない妄言を繰り返していく……」




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