第6話、《希望剣》



 香りの良いハーブ等を使用する職人はいる。染料で気分替えを図る職人も。


 ヤクモも親から習った通りの手順で薬味を配合したらしいのだが、どうやら一部材料が揃わないので完全にレシピ通りではないそう。


 その足りない素材がマスタードの原因なのだろう。


「とりあえずさ、薬味無しで作ったら美味かったんだから当面は無しでもいいんじゃね?」

「……味見のし過ぎで違和感に気付けなかったようです」

「舌が慣れてたんだな。そこまでやるってのは、尊敬に値するわ」


 効果値も78と、とても高い。ヤクモは学園の専門家などを除き、この街屈指のポーション職人だろう。


「…………コールさんのポーションが、こんなにも温かい味がする理由が分かった気がします」


 優しい笑みを浮かべるヤクモが、俺のポーションをカップで飲む手を止めて呟いた。


「そうかい? ありがと」

「えぇ……、私は空回りばかりで――」

「いやいや、ヤクモのも深い味わいがあっていいよな。嫌にならない深い苦味で凄く美味い」


 お詫びにというヤクモと協力してポーション作りを終え、余ったヤクモのポーションを頂く。


「確かな経験と実力があって頑張り屋で熱意があるからこそ、ここまでの奥深いものが作れる。少しうっかりなところもヤクモらしくて可愛いし、最高のポーションじゃんか」

「…………」


 ぼーっと俺を見上げるヤクモへ、ふと思い付いた疑問を訊ねてみる。


「そういや、よく受け付けの中まで入れたよな」

「……受け付け、ですか?」

「あぁ、ポーションも持って行ったんだろ?」

「ポーション? ……すみませんが、それは私ではありません。私はこちらの薬草でポーションを作っただけで、それもこちらにお渡ししました」

「えっ……? そうなのっ!? このギルド、めちゃくちゃカモにされてんじゃん!」


 名探偵イチカの推理が的中してしまう。


「そう言えば……私は今日、薬草を拝借する為に早起きをしたのですが、向かう途中にこちらの方で何やら騒ぎのようなものがするのを耳にしました」

「……何か事件があったのかな。こわっ」

「今日は早くに帰宅した方が良いかもしれません」

「そうすっか。あんがと」

「いえ……」


 カップを掲げて冗談混じりにお礼を言うと、照れたのかヤクモはカップに口を付けて俯いてしまう。


 取っ付き難かったヤクモと嘘のように仲良くなり、会話が弾むも奴を思い出した俺は重い重い、重〜い腰を上げた。



 ♢♢♢



 ギルド【マドロナ】。


 球蹴りというスポーツの本場出身であるギルドマスター。こちらであまり浸透していないスポーツともあって、寂しがった末に自身の故郷の名前をギルドに付けたという安直なものであった。


 しかし精鋭多く特に若手は二つのギルドのうち、こちらを選ぶ者が多い。


 理由は二つ。一つはギルドハウスは清潔感ある白いもので、デザインもお洒落でより未来的であること。


 もう一つは代表する冒険者チーム。ここの稼ぎ頭は何と言ってもB級冒険者チーム《希望剣》である。


 近く王から招待されるやも、などの噂まである。


「――昨夜、西のサンコー山脈のレッドドラゴンが何者かにより殺された。俺達でも手の出し難い大物が死んで、今あの辺りは生態系が崩れかねない状況だ。すぐに調査に向かう」


 リーダーである“エドワード・キャプテン”の風格ある指示が飛ぶ。


 長い水色髪を一纏めにして肩から流し、青い軽鎧とレイピアで上級チーム《希望剣》を率いる貴公子であった。


 今は王国で頭角を表して来た冒険者チーム《希望剣》がミーティングを行なっている最中である。ギルドメンバーや遠方から《希望剣》目当てにやって来た冒険者達が遠目に取り巻いていた。


「何者にしても、他の魔物にしても、かなりの強者。油断することなく行こう」


 銀の重鎧姿で腕組みして唸る最年長の盾役、“クラウザー・シールズ”。


 立てかけられた大楯の重量たるや、彼以外では持ち上げることも叶わない。不動の男であった。


「…………」


 口元を隠し、独特な装いをする桃色髪の短い“オーミ・津軽”。


 くノ一と呼ばれる特殊な職ながら隠密に長け、豊富な戦術により相手を翻弄する戦闘術も兼ね備えている。感情なき暗殺者であった。


 そして、


「…………やっぱり凄く綺麗……」

「見ているだけで幸せになるな……」

「あぁ、それでいて強いんだからもう……」


 最後の一人、魔法的後方火力要員である“モルガナ”。


 あの世界最強と謳われる《嘘の魔女》と同じく絶世の美貌と白髪。そして掴みどころのない飄々とした性格から、誰しもの憧れとなっていた。


 一年前にふと現れた彼女の噂は、あっという間に王国を駆け抜け――


「ん〜〜……、私は今夜に大事な予定が入っているから参加できないからね?」

「へぁっ!? ……こ、この緊急事態だと話したにも関わらずか?」

「学園でゆっくり過ごそうと思っていたのに、話だけでもと連れて来たのは君じゃないか。話は聞いた、でも予定は最優先されるべきものなんだ。やれやれ、困ったものだよ」


 白いテーブルで優雅に肘をつき、涼しげな色合いのカクテルを三回だけマドラーで回してから続けた。


「午後から近隣に現れた大きな魔力の気配を狩るという話はどうなったのかな。そちらなら約束通りに手伝おうじゃないか」

「あ、あれは……行方が分からなくなった」

「なら私は行かないよ」


 話は終わりと妖艶な切れ長の眼差しをドリンクへ下ろした。


 もはや無関心。どこか周囲と隔絶された存在のような印象を受けるモルガナの姿。冷酷にも見て取れる微笑を浮かべ、学園の制服姿で斜光を浴びて神々しく輝いていた。


 エドワード達はモルガナの現実離れした美貌に目を釘付けにされるも、慌てて説得を試みる。


「モルガナの火力がなければ、私がいくら敵の攻撃を引き受けようとも倒せはしないっ! あれはいつだったか、見事な氷の魔法で一瞬にして……あっ、いつも見事ではあるのだがな? そうではなくて、衝撃の度合い的にあの時と言ったのだ。しかしまぁ……見事だなぁ、うん」

「っ……っ……」


 口数多く褒め称えるクラウザーに同調して必死に頷くオーミ。


「確かにっ、確かにパーティー結成時に約束はした。“緊急時に依頼を受けるかはその時次第だと”……ただ今回はかなりの危険を伴う。しかも我等がギルドに何とか頼むと領主から言われているのだっ!」


 パーティーとギルドの格上げに熱心なエドワードは、評判を上げる絶好の機会を逃せない。


 しかし速度重視のエドワード、鉄壁のクラウザー、翻弄のオーミとパーティーの火力はほぼモルガナに依存している。強敵との接敵時には決して欠けていてはいい人材ではなかった。


「その殺されたトカゲくんの周辺調査というだけだろう? それに君達は野宿も辞さないという登山家さながらの顔付きじゃないか。私は嫌だね」


 今度こそ会話は終わりと顔を背けたモルガナが切れ長の目を出口付近へ向けた。


「コールさん、もし良かったらまた技術交換会をしませんか?」

「う〜い、いつでもいいよ。またやろうな」

「……はい、本当にありがとうございました」


 両ギルドのポーション係を務める男女が二人で親しげに会話をしているだけ。


 謝りに行くと出て行ってから心配していたメンバー達は、許してもらえたかと安堵しているくらいだ。


「……どうした、モルガナ」


 エドワードも視線を追ってみるも、モルガナが何を見ているのか全く分からない。


「…………………………へぇ〜、ふ〜ん、私は別に何とも思わないけどね」


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