聖女洗脳編
聖女洗脳編1 魂の叫び
俺の頭の奥。オカされた。
あまりに脆い、卵のような魂。
どす黒いアメーバ。奴だ。ひび割れた殻の隙間からジワジワ
守る薄皮の脆弱なこと。容易くすり抜けた。既に白身はヘドロの匂いだ。黄身が腐り果てるのに時間は掛からないだろう。オカサレタ。
感情が、侵される。喜びも悲しみも。
あの女の顔だけだ。それ以外、もう何も残っていない。
体を巡る血がマグマみたいに熱い。吐いた息まで炎のようだ。灼熱の憤怒が俺を包む。
……許さねえッ! アリアッ!!
✳︎
アリアとの全開戦闘。悔しいが、負ける。まだ。底が見えない。風。雷。回復。洗脳もある。限界が知りたい。が、時間がなかった。
夜が明けてきている。
鏡。ひでえ顔だ。魔力がいくら強くても、ストレスには効果はないのか。
目つきがヤバいな。ヤバすぎる。完全に人を殺しそうな目だ。マズいな。
✳︎
部屋に無言で押し入った俺の顔色を見て、エミの方が顔色が悪くなった。
「え。マコト、大丈夫?」
「殺すぞ、声がでかい……」
平常心。笑顔を無理矢理作る。できそうにない。クソ奴隷のせいでまだ感情をコントロールできない。
「徒歩で先に行く。じゃ」
「え、マコト!?」
用件だけ伝えて部屋を出る。
とにかく時間が必要だった。
✳︎
走る。
町を出て。荒野を抜け、丘を一気に駆け登る。
加速。しようとして天地が逆になる。
ズシャーッ
「うおっ!?」
起き上がって振り返ると、地面に大きな穴が空いていた。足に魔力を込めすぎたらしい。反省。立ち上がる。
再び走り出す。
全力疾走。いまの俺はそんなこともできない。アリアを殺せるはずがなかった。
観察と検証。どちらも足りていない。
スパイク。陸上選手の靴のようなスパイクを魔力で作っていく。これはかなりいい。すこしずつスパイクを鋭く、長く、凶悪な形状にしていく。
ズシャッ
「うわっ!」
そしてまた転ぶ。
岩場か。これはスパイクも刺さらない。どうすべきか。
足を魔力で覆う。足をつく時は吸着させ、足を離す時に反発させる。何度も試す。
うん、いけそうだ。
また駆け出す。
先を見通し、地面の質を見極める。
スパイク。吸着と反発。使い分ける。
うまくいっている。
加速。加速。さらに加速する。
胸が、肺が苦しかった。魔力を集めて肺の機能を強化する。まだ苦しい。胸から全身に、魔力を血液に乗せて循環させる。
走る。ひたすら走っていく。
草原を駆け抜ける。上り坂が続く。
遠くにまばらに生える木。強化された視力で、陰に魔物を見た。黒い狼。逃げずにこちらを警戒している。いいだろう。流星剣を右に持つ。
全力。最高速度で距離を詰める。反撃はさせない。左を駆け抜け、撫で切りにする。
きゃんと高い声で細く鳴いて生き絶えた。顔と前足の先が真っ赤で、それ以外が黒い狼だ。
「はぁ、はぁ、ふう。かなり来たな……」
荒い息を吐く。
そういえば。初めて蟻以外を倒したのか。
✳︎
襲ってくる狼を返り討ちにしながら辺りを散策していると、街道沿いに廃村があった。みんながここに着くのは昼頃だろう。たぶん。やっと時間ができた。
「ここで待とうか」
魂が融合した影響を観察しなければならない。
アリアを愛する。それがトリガーなんだろう。奴隷の心と共鳴して魂が融け合った。アリアめ。最悪なことをしやがる。
奴隷に体を乗っ取られることが一番こわかったんだが、その気配はないな……。2ヶ月近くアリアに殺意を抱きつづけていたのがよかったんだろうか。混ざった奴隷の魂は弱りきっていた。
肉体を失えば五感のない完全な無の世界になる。それで魂が死にかけてたらしい。記憶は流れてきたが、感情はほとんど伝わらなかった。アリアへの妄執。それだけだ。
奴隷に掛けられた洗脳魔法が厄介だった。アリアを愛せ。アリアに従え。アリアを害するな。魔王を殺せ。召喚されてから何度も試した脳内検証。たしかに洗脳魔法がまた効いてる。頭が痛い。
アリアが何を考えているのか。理解する必要がある。
勇者を召喚して洗脳済みの奴隷の魂を融合させる。言葉が通じるようになる。そして無魔力のうちに勇者を洗脳する。魔力を遮断した部屋で貴族の処女を抱かせる。魔力の波長が同じだから勇者と貴族の処女とで魔力が共鳴して高魔力を得る。
洗脳魔法は魔力差がないと掛けられない。魔力が高いと洗脳魔法が解除される。召喚直後に洗脳はするが、維持するために洗脳魔法を掛け続けなければならない。召喚後、勇者が逃げ出せば勝手に洗脳を解除されるリスクがある。再洗脳は魔力差で難しい。その保険として洗脳奴隷と魂を融合させた。そんなところだろうか。
ひどいな。最低だった。
「俺の心を、何だと思ってるんだ。おもちゃにしやがって」
怒りが止まらなかった。
最低な女と、それを愛した自分に対して。
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