完全██編15 融け合う心
気がつけば抱きしめた小柄な女の頭を見下ろしていた。
屋敷で使用人の女が付けている白い
長い褐色の髪を後ろに纏めてる。
この髪型。アリア専属のあの従者だな。名前は……。頭がしっかり働かない。ユーノだったかな。
ん? メイドを抱いてる俺の腕が半透明だぞ。そしてやっと夢だと自覚した。明晰夢。おかしな夢を見ている。
俺の胸に顔をうずめていたメイドが顔を上げる。整った顔。いつも冷たい瞳が、今は熱を帯びて
薄暗い部屋。火のついてないランプばかり。ここは屋敷の物置部屋かな。見覚えはないが。
ユーノの服ははだけており、肩がむき出しになっている。その肩の白さが俺の頭を沸騰させた。
体を、冷徹な思考と燃えるさかる感情が支配している。
愛を囁きながら髪を撫で、指を絡めながら耳元をなぞり、腰を抱きながら首すじに息をやさしく吹きかける。執拗に。幾度も繰り返す。そして少し、背中をつうっと指で触れてやるだけで、ユーノの唇から艶っぽい息が漏れはじめた。
だが、この屋敷の中で甲高い声を上げるわけにはいかない。声を我慢しなければいけない今の状況に、興奮が極限まで高まっていた。お互いに。理性を失った2匹の獣となって、衣服をはぎ取りあって体をむさぼり合う。右肩に甘く噛みついてやると、耐えきれずに小さな嬌声を上げた。
ベッドなどない。まだ体に引っかかっていたスカートを、自らたくし上げるよう耳元で囁く。顔を赤く染めて顔を伏せながらも従う。従順な女だ。壁に両手をつけさせて、位置を探って、腰を掴むと、一気に押し込むっ。
そんないいところで夢から醒めてしまった。
慣れない旅に、相当つかれていたらしい。まったく興味がない女とヤる夢とか。まだ夢見心地だ。
変な感覚だった。夢精でもしたかのような。さっきから。甘イキしつづけてるというか、なんかまだ気持ちよさが体に残っているような。ん?
シーツをめくるとエミがいた。
「お、お前なぁ……」
ちゅぽ
「おはよーマコトっ!」
「……おはよう」
ぶすっとして答える。感情がついてこない。朝からどっと疲れた。
「え、なんかおこってる?」
「はぁ…………」
ストレスで痛みはじめた頭を左手で抑える。最悪の目覚めだ。深いため息をつき苦情を言う。
「お前のせいで変な夢を見た」
「えー、どんな?」
「嫌な女とのエロい夢」
「……誰?」
「アリアの専属の従者だよ。褐色の髪の。ほくろが両目のとこにある女」
言ってしまってから気づいた。
これ。エミが死ぬほど不機嫌になるやつだ。正直に答えてどうする⁉︎
寝ぼけていた頭が、今になって高速回転をしはじめた。あわてずに、言い訳を口走る。
「昨日か。森で俺の代わりに謝って回らせたからな。負い目があってモヤモヤしてたせいか。夢に出てきてたんだよ。お前のせいで、途中でいきなりエロい夢になったけど。俺の意志じゃねえからな」
他の女に対する性的なニュアンスの話をしたのは俺のミスだ。起き抜けで頭が悪すぎた。
苦しい
だが、思ったような反応がこない。顔を抑えている手の隙間からエミの様子をうかがってみると、すこし茫然とした、無表情? どんな感情だよ。
エミのターンはそのまま沈黙で終わり俺のターン。よくわからないが方針を変えて、身重の体を労わることにした。真面目な顔を作ってエミを向く。
「エミ。俺は寝起きまで自分を完全制御できてない。魔力が強すぎて危ないんだ。足とか腕を振り回してエミのおなかに当たったら死んでも詫びきれないからさ。本当に、気をつけてくれよ?」
「う、うん……。ありがと、マコト……」
完全に上の空だな。女心はよくわからん。慣れない旅で疲れてるんだろう。エミはウラハの街から出たことなかったらしいしな。
✳︎
今日の旅は昨日と大差なかった。
朝早く出発。馬車にずっと揺られる。村に寄って昼飯。また馬車。たまに寄ってくる蟻は兵士が片付ける。何も変わらない。
エミが付いて来てくれてよかった。アリアは爆睡しているが、話し相手に困らない。
村で魔力目当ての女がまた寄ってきた。20日もアリアとふたりきりで散々性欲を煽りに煽られていたら、旅の最後まで寄ってくる女にレジストできなかったかもしれない。
いろんなタイプの女に言い寄られて、その度に鼻の下を伸ばしたり伸ばさなかったりしていれば、鼻の下の長さをアリアに観察され尽くしてしまう。俺の性癖を分析して対応してくれるだけなら別にいいが。
だが、警察が犯人を特定するモンタージュ写真のように、俺の好みのパーツを組み合わせていけば元の世界に残した恋人の顔が完成する可能性も多少ある。俺の人質としてあいつが召喚されるのだけは避けたかった。
──異世界で天涯孤独の身となった今の俺が唯一願うのは、この空の下に存在しないあいつの幸せだけだ。そのために
恋愛とか結婚とかいった当たり前の幸せは俺たちにはもう望めない。見上げる空さえ違うが、それでも想う心は今も変わらなかった。
だから、俺は死ぬまでエミに愛を捧げる。たまにアリアになびく。それだけで終わりにしてほしい。
ゆっくりと馬車が止まった。前の方から慌ただしいやりとりが聞こえる。
「アリア様」
外からの声。ユーノだ。アリア専属の筆頭従者。すでに覚醒していたアリアが聞き返す。
「何がありました?」
「その、厄介なモンスターがいるようでして。地中にワームがいるみたいです」
「わかりました。行きます」
ユーノの両目の端のほくろを見ていると、つい裸を想像してしまう。今朝のエロい夢のせいだが、あれは俺の脳が作り出した妄想なんだよな。肩や背中のほくろの位置までリアルだった。俺の深層心理はエロスに関して相当こだわりがあるらしい。
と。エミに今の思考を察知されたら面倒だな。頭を一瞬で切り替える。戦闘だ。
「俺も行く。エミはここで待っててくれ」
「うんっ」
ひらひらと手を振ってエミは俺たちを見送る。よかった、笑顔だ。俺たちは先で前を警戒して陣形を取ってる兵のところへと急いだ。
ワーム系のモンスターはデカいミミズみたいなもんだ。人喰いミミズだけど。地中に潜んでいて、上を通ると襲ってくる。魔力がそこそこあるから気を付けていれば迂回するだけで戦闘を避けられる。
兵とアリアがやりとりしている間、あたりを見回して地中の魔力に集中した。
……うん。わからん。魔力感知はまだ苦手だ。俺の魔力は強すぎる。それにアリアだって微弱な魔力に敏感なわけではない。
「どんな感じだ」
「感知が得意な兵によると、相当広範囲にわたっているみたいなんです」
「石混じりの土は剣が傷つく。全力で魔力をブッ放せばいいか?」
「勇者様に戦っていただくほどではありません。私に任せてください」
自信のある笑顔を浮かべて胸を張る。でけえ胸だな。服の上から盛り上がっているのがわかる。
「俺だと地形まで変えそうだ。役に立たなくて悪いな」
「いいえ。私の得意分野ですから」
そう言うと、前にゆっくり歩いていった。ほどなく進んだあたりで、立ち止まってこちらを振り向いた。
「みなさん、もっと離れてください」
きっと大規模な魔法を使う気だ。できれば間近で見たい。俺以外の兵がきっちり後退したのを確認して、アリアは詠唱を開始した。
「"水よ"」
……なんか水を撒き出した。何をする気だと訝しんでいると、詠唱がまた始まる。
「"雷の精霊よ。天翔る雷獣よ。神敵に裁きの光をさせ!"」
バリバリリリバリバリッ‼︎
目が眩む強烈な光と爆音が同時に来たっ! すげえ、雷撃の魔法もあるのか……っ! ぴりっとすこし足下が痺れたような気もするが、やはり俺には効かないが。
アリアを中心として焼けた雑草から焦げた匂いと煙が立ち上る。雷撃の跡がきれいに樹状に広がっている。いわゆるリヒテンベルク模様ってやつか。すげえ威力だな。なるほど、地中の敵には雷撃は有効かもしれない。
戻ってきたアリアの余裕の笑顔が頼もしかった。
✳︎
「エミには危ないから近くで見せれなかったけど、バリバリバリーッてアリアの雷が凄くてさっ」
「あははっ。ここにも聞こえたから」
「最初は水撒きはじめたから、おいおい大丈夫かコイツって、ちょっと思っちゃったよ」
「あの……。酷くありません?」
「たしかにっ。ひどいよマコトー」
「悪いって。そこからの超絶すげえ雷撃の魔法だからな、マジで感動したよ。アリアは本当にすごいよな」
「うん、アリアすごい!」
「いえ、そこまでとは。ふふっ、でも嬉しいです」
初めて会った時と比べると、アリアの笑顔はやわらかくなった気がする。聖女の笑顔の仮面をはずすことが多くなった。お互い打ち解けられたからだろうか。
エミの笑顔も変わった。他人の顔色をうかがうことがほとんどなくなった。自己肯定感が上がって自信がついた印象だ。その太陽のように輝く笑顔にたまに心を奪われる。
俺はいまどんな顔をしているのか。それはわからない。
だが、ふたりの顔を見ていると、そう
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