完全██編13 旅の空

「聖女アリア様、勇者様、そしてエミ様。尊き旅路のなか、お寄りいただき光栄です。何もないところではございますが精一杯おもてなしさせていただきます。なんなりとお申しつけくだされ」


 この村の村長はじいさんか。魔力は薄くてよくわからん。息子の一人からはすこしは感じるがエミよりはるかに少ないな。


 村に着いたときの村民の反応は、昼の町と大差なかった。村の全員がいるんじゃないか? そう思うほど老若男女がわらわらと集まってきて俺達の馬車が通るのを静かに見つめていた。


 いや、違うな。


 俺だ。俺の魔力を見ていた。これから魔王討伐に向かう勇者の魔力を。魔王に突き立てる牙の鋭さを見ていたんだ。そして人族に希望はあると思い込みたいんだろう。


 よそ者の商人がゾロゾロ着いてきたのに、村長は特に機嫌を損ねた様子はなかった。むしろ上機嫌のようだ。無理もない。


 俺と村人では魔力が天地の差だ。戦闘力も戦略核と竹槍くらい違う。勇者という兵器を持つウラハ家とのつながりを匂わせるだけで村での村長の地位は跳ね上がってるんだろう。


 もし俺の高魔力を継ぐ子を産むことができれば、この一家はどうなるんだろうな? 村長の娘や孫から色目を使われてる気がするのも気のせいではない。


 しかし、異性からのヤリモクの目って微妙な気分になるんだな。結構な年の村長の奥さんの熱視線を受け止めながらそう思った。


✳︎


「ゆ、勇者様。旅のつかれを癒させてくださいっ」


 ほぼ裸じゃねえか。着てる意味あるのか?

 いや、エロいという大切な意味があるか。エロいって大事だよね。


 そんな、いろんなところが透けた衣装を着た女が案内された部屋で待っていた。飯の時はいなかったが村長の孫娘か。奥さんじゃなくてよかった……。


 まじまじと見ようとし始める目を、指で押さえつけて無理につぶる。


「好みじゃねえ。帰れ」


 イラついた口調を作って言い放つと、ひぃと怯えて逃げ去ってくれた。ごめんね、名前も知らない女の子。心の中で謝る。


 そもそも年下は趣味じゃねえんだよ。こんな誘惑が効くはずがなかった。13かそこらに見えたが、さすがに年下すぎる。


「本当に、趣味じゃないはずなんだが」


 あいつらの顔が、つい思い浮かぶ。

 まぁ、大人びてはいる。一応は自立もしていて、社会人といえなくもない。セーフか? むしろ、この世界だと子供扱いする方が変かもな。エミは微妙なとこだが。


 勇者召喚。考える間もなく巻き込まれた。どうしようもなかっただろ。事故だろアレは、などと靴も脱がずにベッドに横たわっていると自分への言い訳が次々思い浮かぶ。


 エミとは部屋が別れた。どこだ?


 目を閉じ集中して魔力を探れば、そう遠くないところに強い魔力を感知できた。アリアだな。魔力のラインをとおしてから、前より二人を感知しやすくなった。森でも思ったが意外と便利だ。


✳︎


 エミの部屋を訪ねると同時に隣室のアリアの魔力はどこかへ消えた。ありがたいが、声を我慢するシチュエーションも俺は興奮する。


「んっ。んっ……」


 エミにも刺さったらしい。

 静かに、と唇を動かして伝える。


「あっ、んぅ。……っ。だめ……。

 隣りに……、ん。聞こえちゃうっ……のに」


 声がデカいから。

 静かに、とまた伝えた。


✳︎


 意識が落ちかけた。

 旅のつかれは魔力があっても意外とたまっているようだ。エミは完全に寝ている。口がすこし開いてる。よだれが垂れてるぞ。やさしく拭ってやる。


 んっ? 違和感。


 あ、アリアが隣りに戻ってねえな。

 腹具合から察するに2時間くらいか。気を遣ったなら悪いことしたな。そっとベッドを降りて静かに靴を履く。


 外だな。


 床の木板がきしむからホント慎重に、ゆっくりと歩いて向かう。ドアの開閉はかなり神経を使った。施錠は……、いいや。異郷の地。何かあれば壁をブチ抜く覚悟だ。


 エミの部屋を離れてからは普通に歩き出す。魔力の気配を探知しながら屋敷の外を出て、村の入り口にアリアを発見した。こちらをちらちら見ながら俺を待っている。


「どうしました?」

「もういいぞ」


 アリアはしばらくキョトンとしたあと、おかしそうに笑った。


「何のことかわかりません」

「そうか」

「違うと思いますよ。昼はよく寝たのでモンスターを見張ってました」


 違うらしい。ああいうのは、はっきり言うもんじゃねえか。


 何となく空を見上げる。人工の光がすくないこの世界では星がたくさん見えた。これまで星を見る余裕もあまりなかったな。


「綺麗だな」

「そうですね」


 月のない世界の夜空。きらめく星々。本当に綺麗だ。ずっと見ていられる。時間の流れをまったく感じない。


 無心でいたつもりだったが、星になにかを重ねたんだろうか。胸の奥になにかがしずんでいくのを目をつぶってかき消そうとする。


「前のところには月という星があった」

「……ツキですか」

「月だ。大きな星でな。自ら光らず日の光を反射して満ち欠けをするんだ」

「昼間しか見えないんですか?」

「夜も見えるよ。むしろ昼はほとんど見えない」

「よくわかりませんが不思議ですね」


 俺はつい吹きだした。頭のいいアリアでも、存在しないもののことは理解が及ばないのは当然だった。


「たしかに不思議だ。当たり前にそこにあったから今気づいたよ」


 魔力なんてものを使いこなすのに、月の満ち欠けも知らない。ここには存在しない月。元の世界で存在しない魔力。何かを暗示しているような気がした。


「俺たちはそんな不思議な月を見るのが大好きだった。女を口説くのにも『月が綺麗ですね』と囁いたりする」


「なるほど」


 煌めく青い星をふたつ、まっすぐ俺に向けてアリアが微笑んだ。


「いま、私は口説かれてたんですね」


「そうかもな」


 夜闇の中では、魔力で強化された勇者の視力もすべて見通せるとは限らない。


 それでも、星あかりでしか照らせないアリアの心が見えたような気がした。

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