完全██編

完全██編1 勇者の断罪

 たぶん、脳が充血してふくらんでる。そんな想像をしてしまうほど、かすかな振動でずきずきといたむから、めがさめたのにすこしもうごきたくない。


「んっ!?」


 隣りに女、の裸!?

 跳ね起きてから気付いた。エミだ。つやっつやの銀髪ロング。いつもどおり、俺の左で寝てる。いや、何かいつもと違う。記憶がうまくつながらない。寝ぼけているのか、洗脳の影響か。


 アリア。

 そうだ、俺はアリアを殺そうとして、失敗した。


 完全敗北だった。


 俺では洗脳のせいで直接アリアを殺せない。だから、エミを使ってアリアを殺すつもりだった。だが、エミはアリアに洗脳されているらしい。詰みだ。これ以上は打つ手がない。参った。降参だよ、降参。勇者の冒険はここで終わりだ。はい、終了!


 あの後の記憶がない。いまは自暴自棄な気分だし、どうでもいいけど。


 めっちゃ落ち込んでたし、アリアに抱きついた後、膝から崩れ落ちて倒れたような気がする。アリアの洗脳に抵抗する気が弱まってるし、もっと深く再洗脳されたんじゃないか? なんで俺はエミと裸でいるんだ。いや、アリアの悪趣味か。俺を縛るための。


 俺はエミと長い時間を過ごして、心を交わして、深く結ばれた。つもりになっていた。

 すべてはアリアの手のひらの上だったのか。エミの腹の上に乗ってアザラシみたいにオウオウ言いながら喘いでる俺を、アリアは嘲笑ってたんだろう。殺してやる。絶対に殺してやる。アリア……っ!


 ぎりりと音を立て拳を握りしめると、指輪が目に入る。木彫りの指輪。模様もそれなりに凝って気に入っていたんだが、今となっては虚しさの象徴みたいなもんだ。


 外そうか。悩んだが、やめた。

 かりそめの恋人とはいえ、俺からやめるわけにはいかない。ウソにも心を込めるべきだ。ウソつきにはウソつきの美学があるのだ。


 悪趣味なアリアのことだ。

 すでにエミの洗脳は解かれているだろう。


 俺は罪を清算しなければならない。

 エミによる断罪。

 正直、それが一番心に堪える。不意に、あの地下室の日々が思い浮かぶ。暗闇の中で、何も食わずにエミとただ貪りあった。いっぱい話した。何かをあげたりもらったりもせず、あのときは等身大の自分でいれた気がする。ちょっと涙がでてきた。ダサすぎる。


 エミの頭を撫でる。長い髪。おだやかな魔力を感じる。白い癒しの波長だ。そうだ、魔力はもらっていたか。


「ぅ、ん……。」


 きもちよさそうに寝ている。

 俺が断罪される瞬間まであとすこし。少しのあいだだけ、やさしく撫でていく。


「えっ? なに?」


「ああ」


 そして起きた。ついに。覚悟はできてる。

 顔の前で丸められた、か細い指。その指輪を嵌めた手で殴られるか、平手をもらうか。


 勇者となった俺には傷ひとつつけられないが、きっと俺の心を砕くだろう。エミの涙で。泣かないでほしいな。


「マコト……」


「ああ」


「またしたくなっちゃった?」


「ああ。あ?」


「いいよー」


 マコトって誰だよ。俺か。


 エミの洗脳は解かれてない。断罪はなかった。これはこれで悪趣味だな、アリアは良い趣味してるよ。


 エミ。聖女に心を操られ、勇者に身も心も捧げた乙女。生け贄の少女。夕焼けみたいな赤い瞳は今は閉じられている。


 幼さをのこした肢体が、銀髪が這い回った隙間から透けて見える。俺が触れやすいようにと、さしだされた艶かしい腰のライン。


 頭が、くらりとする。


 共犯。アリアと共犯者。そのとおりだ。

 アリアがエミの心を弄び、俺がエミの体を弄んでいる。あまりに罪深い所業だが、その蜜の甘さにすでに心がとらわれてしまっている。


 断罪は、まだなかった。それならば。

 いまは堕ちるだけ堕ちるのもいいのかもしれない。だってこんなの耐えられない。


 1回で終わらなかった。

 アリアがいつ入ってきてもおかしくない。


 2回目は服を着た。

 自暴自棄な思考に侵されていたから、その時やっと気づいた。アリアが脳裏をよぎらない。なぜと思う間もない。気付けばエミにすがりついて泣いていた。

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