アリア攻略編11 勇者の胃袋

「これも美味うまいな……」


 カリカリに皮を焼いた白身魚が美味すぎた。掛かった緑色の何らかの野菜のソースも単体ですでに美味い。魚と食うともっと美味かった。上に乗った謎の葉っぱまで爽やかな香りがして美味かった。


 聞けば食事中の会話はマナー違反だそうだが、美味すぎて声が漏れてしまうことが結構ある。これは"戦略的なマナー違反"だ。


 マナーについてアリアは特に何も言わない。あと、俺の反応が良いメニューは、また出すよう密かに手配してくれる。なんだこいつ、いい奴か? 可愛いし、胸もデカいし、普通に結婚したいんだが。完全に胃袋を掴まれていた。


 また食べるためには美味いと言わなければならない。なのに言えばマナー違反だという。敢えてマナー違反するしかなかった。罠かな?


 また食いたいアピールは終えたので、黙って食い進めながら考える。エミとの関係を進めるためには、小道具アイテムが要るのかもしれない。召喚ですべてを失ってから、モノに対する執着が消えたせいで思いつかなかった。俺はミニマリストにでもなってしまったようだ。


 そういえば、アリアに流星剣をプレゼントされた日の夜、エミは酷く取り乱していた。


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「マコト……。それ、アリアが……?」

「ん? ああ。なんかくれた。高そうな剣だよな」

「アリア、本気なんだ……。そうなんだね……」

「蟻を殺すのに使ってるからすぐダメになりそうだ。エミ、こんな形の剣を何本か用意してくれよ」

「えっ? マコト、それがどういう意味かわかってないの……?」

「知らねえよ。剣なんて消耗品だろ? なんか意味あんのかよ」

「……んーん。マコトらしいね」

「魔王討伐、途中で逃げるのに役立ちそうだけどな。売るから」

「ぷっ。勇者が逃げるの?」

「逃げるのも勇気さ」

「あははっ。か、カッコつけてカッコわるいこと言わないでよ!」


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 興味がなくて裏取りしてないが、女が剣を渡すのには婚約とかの意味あんだろ。たぶん。男の勘だ。

 従者メイドのミアあたりに聞けばわかるんだろうが、昼間はアリア、夜はエミと一緒にいるせいで俺にはなかなか自由時間がない。洗濯従者ランドリーメイドは屋敷の別棟にいるらしいんだが。自由時間トイレタイムに寄るには少し遠いんだよな。


 俺は優しいから、それからは流星剣を雑に床に転がすようにしてる。なるべく上から脱いだ服で隠れるようにもしてる。わざとらしくない程度に。


 エミには、洗脳が深まってることにそろそろ危機感を感じてもらいたい。たまには流星剣を机に丁寧に置くか。


 あと、指輪かな。指輪はネトラレのスパイス。必須と言えるだろう。

 銀粘土などの工業製品はこの世界にない。俺のような素人が指輪を作るなら木彫りになる。銘木は既に手に入れてある。エミのベッドを削ったからな。


 クソみたいな切れ味の小ナイフも手に入れてある。給仕の女に用意させた。あとは魔力でゴリ押すしかない。魔法の訓練にもなるだろう。


 この屋敷、そういえば女しか見ないな。男はいないのか?



「いますよ」

「どこにいるんだ?」

「1階や地下、別棟です。シェフ以外にも、馬や庭を扱うのも男性の使用人になります」


 ここは2階だ。視界に従者が入ることさえ少ないのは、フロアが違うからか。


「ご挨拶させますね、未来の主人に」

「前も言ったろ。面倒くさいから要らないよ。身の回りの従者メイドだけわかれば良いから」


 料理長だけは面識がある。記憶が曖昧だが、初日の食事の際に挨拶があった。名はヘルマンといったな。50くらいのヒゲのおっさんだった。


 元の世界と比べて、食材が特に良いとは思わない。この世界に来て食事で感動したのは、肉や魚の絶妙な焼き加減についてだ。焼き加減がウマすぎる。

 火の魔法とかを使っていて、最適な焼き加減になるように研究し尽くしてるそうだ。なんなら魚が纏った香りまで美味いし。


 一族秘伝の技だから料理長ヘルマンの一族は、破格の待遇でアリアの家に何代にも渡ってつかえている。

 俺たちは全員、完全に胃袋を掴まれていた。料理長ヘルマンに。


「聞きそびれたんだけど」

「どうしました?」

「あのさ。……なんで、あんな風に起こしてくれるんだ?」


 雑談で空気がほぐれたので聞いておく。最近のアリアの積極性。どういう心境の変化なんだ?

 キスだけで脳がとろけて、あやうくイキそうだった。思い出すだけで頬がつい赤くなってしまう。そんな感情もコントロールする。クーリッジ効果。新しいメスに興奮する猿かよ。

 アリアまで頬を赤くしている。何となく見つめ合う。謎の間。エミだけでなく、お前までピュアか。


「神も朝早くは休まれてますから、ご覧になっていないでしょう」

「なんだそれは」

「そういう教義なんです」


 この世界の神様は、夜通し世界を創造して、朝は疲れて寝てたのか? テスト前に一夜漬けした俺かよ。親しみが湧くね。

 さほど興味がなさそうなのを察したのか追加の説明はなかった。だが、いろんな誘惑を毎朝してくるのはそんな理由だったのか。少し拍子抜けする。


「旅に出ればエミは慰めてあげられません。私でよければ、毎朝してあげますね」


 油断してたら刺された。性癖にグサリと。


「……いいのか?」


 みずみずしく潤んだ唇の隙間から見える、舌。かすかにうごめく。視線が離せない。あまりに蠱惑的で、意識が飛びそうだった。まるで脳を舌で愛撫されているような気分だ。洗脳。舐めてくれるのか? 期待してしまう。もうダメだった。気付けばアリアの肩を掴み、無我夢中で唇に吸い付いていた。なんの思いやりもないケダモノのように。


 アリアは美しい空色の瞳を羞恥で伏せ、俺との間を力いっぱい腕で押しあけて口を開く。


「もうすこしだけ、やさしくしてね?」


 やっと正気に戻った。吐きそうだった。

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