第18話 三人組が出くわした怪異

 ◆


 荒れ地にあらわれる幽霊が退治され、被害者のうち数人が生きて救出された日。


 荒れ地のさきに畑をもつ臆病な男は、幽霊が退治されたと知って大いによろこんだ。

 祝杯をあげたくなった男は、友人ふたりを誘って村の酒楼にくりだす。

 三人は心ゆくまで飲み食いした。そして、酒楼が店じまいした夜遅くに帰路についたのだった。


「よかった、よかった!」


 酔いで気分が良くなっている友人のひとりが、真夜中であるのに近隣の迷惑も考えずに大声をあげる。しかし、ほかの二人も酔っぱらいだ。大声をあげる友人をとがめる様子はなかった。よって、大声をあげた男は勢いのままに、なおも話つづけた。


「荒れ地の幽霊もいなくなって、おまえはびくびくせずとも畑に行ける。しかも、行方不明になってたヤツらの何人かは、命が助かったそうじゃないか。ありがたい話だよ」


 すると、臆病な男は「まったくだ。安心したよ!」と、大げさにうなずく。

 臆病な男の安堵する様子を見て、もうひとりの友人が「怖がりだな」と声をあげて笑った。そして、冗談めかしてふんぞり返ると「美女に相手をしてもらえるなら、おれは幽霊でもかまわない!」と、大風呂敷をひろげる。


「大ぼらを吹くなよ! 幽霊に出くわしてないから言えるんだ」


 幽霊が退治されて憂いが晴れ、気分がいいのだろう。悪しざまに言われているのに、臆病な男は笑って答えた。


「ほんとうさ! 美女の幽霊ならば怖くはないよ」


 大風呂敷を広げた男は、なおも言いたてた。

 そして三人は「わはは」と、また近所迷惑を考えない大声で笑いあった。

 会話をたのしみながら、月明かりに照らされる道を三人は機嫌よく歩いていく。


 しばらく歩いたのちだった。

 にぎやかに歩く男たちの頭上にほんの一瞬、影がさす。


「な、なんだ?」


 異変に気づき、驚いた臆病な男が警戒の声をあげた。彼は不審がって「まさか、荒れ地の幽霊が村に?」とつづけ、せわしなく周囲を見まわす。


「馬鹿を言うなよ」


 臆病な男の言葉を一蹴したのは、美人の幽霊なら会いたいなどと大風呂敷をひろげて話をしていた友人だ。彼は「幽霊は退治されたんだ」と、男の話を否定する根拠を口にする。

 そこへ「でもさ」と、おびえた様子のもうひとりの友人が、たどたどしく口をはさんだ。


「退治しそこねた幽霊が、村まで逃げてきてるかも……しれないじゃないか」


 根拠のない憶測だった。しかし、あり得る話だと三人は感じてしまう。彼らは、おたがいに緊張した顔を見かわす。

 三人がひととおり顔を見あった直後だった。

 再度、男たちの頭上に影がさし、瞬く間にいなくなる。顔を見あわせていた彼らは、たがいの顔のうえに小さな影が行き交うのを間近で目撃してしまう。


「ゆ、幽霊だッ!」


 臆病な男が、たまらず叫んだ。

 臆病な男の叫び声を合図に、友人ふたりも慌てふためき、あたりを警戒する。

 すると今度は、三人の脇を黒い影がすばやくかすめた。大きくはないが勢いのある突風を肌に感じ、三人は驚きすぎて悲鳴すらでない。


 ――逃げなければ……荒れ地の幽霊なら、命を取られかねないッ!


 荒れ地の幽霊にさらわれた人間の身に起こった事を三人は詳しく聞きおよんでいた。そのため男たちは、身の危険を感じる。しかし、驚きすぎたせいで足がすくみ、うまく走りだせなかった。

 三人の男は、焦りだけをつのらせる。


「……セッ!」


 動けずにいる男たちの耳に奇妙な音が聞こえた。


「え?」


 ――音? それとも声だろうか?


 疑問の声をあげた臆病な男は、恐ろしく感じながらもよく聞こうと耳をそばだてる。


 聞き耳をたてて間もなくだった。

 なにかが顔におおい被さり、視界を奪われた臆病な男は「ぎゃッ!」と悲鳴をあげてしまう。直後、彼の友人たちも「ヒッ!」とか「ワッ!」と、彼と似た悲鳴をあげているのが聞こえた。


 ――なにが起きてるんだ? なにも見えない!


 視界をうしなった臆病な男は、半狂乱だ。すると、慌てふためく彼は、また耳もとで音を聞く。


「……セ! カエセ! アレヲカエセッ!」


 聞こえてきたのは、かん高く奇妙な声だとわかった。うすきみ悪い声を聞き、臆病な男は文字どおり飛びあがって驚く。しかし、飛びあがったおかげだろうか、すくんでいた足が急に自由に動きだした。


 ――逃げださなければ!


 視界がもどらないままの臆病な男は、走りだそうとする。


 のちに分かったのだが、視界を奪われていたのは臆病な男だけではなかった。彼の友人ふたりも、彼と同じ恐ろしい思いをしていたらしい。つまり、視界を奪われた三人の男たちが、ほど近い場所でそれぞれに暴れていたのだ。よって必然的に彼らは、おたがいにぶつかってしまう。

 必死にもがく男たちは全員、ぶつかった拍子に派手に転んでしまった。


 しかし、転んだおかげだろうか。気づくと彼らの顔におおい被さっていたものはなくなっていた。理由はわからないが、彼らは視界を取りもどすのに成功したのだ。

 臆病な男と友人ふたりは、あらためてまわりを見まわした。しかし、男たちのほかには誰もいない。男たちは再度、無言で顔を見あわせる。おたがいのまっ青な顔を見て、さきほどの恐ろしさがよみがえる。そして彼らは、大きな悲鳴をあげながら一目散に家へと逃げ帰った。


 そういう話だった。

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