第7話 どうにでもなーれ 

 「確かこの辺にあったような…」


 普段そんなに見もしないテレビのあたりに這いつくばって、私はしょうちゃんの名刺を探していた。


 私の部屋には、そんなに物を置いていなかった。店で借りてくれているマンション。親から逃げている身なので住民票も移していなければ保険証も持っていない。あらゆるトラブルを防止するために自炊もしない。


 洋服とコスメと、大量のCDと最小限の家電、そして寝床だけの部屋。なんだけど、探し物が何故か出てこない。小一時間探してやっと発見した。


 どういう訳だか知らないが、CDのケースの中に入っていた。


 しょうちゃんと私は、音楽の趣味が似ていた。Guns N' Roses、ニルヴァーナ、エアロスミス、ディジー・ミズ・リジー、EXTREMEにMR.BIG。その中に紛れていたマニック・ストリート・プリーチャーズのCDケースの中にあった。


 「絶望の果て」という曲が入ってるCD。


 「俺はまっすぐ歩こうとしている/絶望からどこかへ向かって」と歌っている。結局人間ってそんなもんだ。絶望の中にいるときなんて、幸せが何たるかなんて考えている余裕なんてない。立ち上がって歩かなきゃこのまま闇に引き込まれていくだけ。立ち上がって歩くこと自体が、その時点の精一杯だったりするものだ。


 とりとめもなく考えると際限がなくなりそうなので、とりあえず電話をかけてみる。


 10コール目、切ろうとしたところで電話に出た。「詩織です…」と名乗ると電話の向こうで「えっ!?えっ!?まじで!?」と慌てている。面倒だなと思って用件を伝える。「今度、ご飯にでも行きませんか?」


 とんとん拍子に話が進み、2日後。


 私たちは一緒に焼き肉を食べに来た。風俗嬢という職業ではあるけれど基本的に私は奥手で、前の彼と別れてから特定の男性と付き合ったことも、食事に行ったこともない。


 明るい場所で男性と二人きりで食事をするのは、こんなにも恥ずかしいことなのか…と、食事に誘ったことを激しく後悔した。


 しょうちゃんも、言葉少なである。


 中高生の初デートのように、何か話そうとして俯く。黙々と、食べる。周りの喧騒が「あんた、いい年してデートもまともにできないの?」と笑っているように聞こえた。


 いたたまれず、さっさと食べて店を出た。


 「焼肉、あんまり好きじゃなかった?」申し訳なさそうな顔のしょうちゃん。


 「ううん。違う。ただ、なんだか恥ずかしくて」私は答える。


 「恥ずかしいって、なんで?」…答えるのがめんどくさく感じて黙っている私の手を取って「少し、ドライブでもしようか」と誘う。


 もう、どうにでもなーれ!と思った。恥ずかしくてデートも楽しめないような女と思われるのも嫌だったから挽回するチャンスが必要だと思ったし、素の自分を見せてしまったことがどうにも悔しかったのだ。この人にとって、私はただの嬢でいなくてはならないような気がして。


 関東に身を隠していた時に、横浜の曙町や黄金町という街にいたことがある。その時にまぁまぁ危ない目には遭ってきた。今回は、相手が一人だからいざとなったら逃げられる。もし襲い掛かってくるようなことがあったらこのハンドバッグを振り回しながらぶん殴ってやろう。そして「いい奴っぽい」と言った店長に文句を言ってやろう。あんたの目は節穴だって罵ってやる。そんなことを考えながら助手席に乗っていた。


 二人の好きな曲をかけながら海岸線を走る。ちょっと暗ければ私は大丈夫らしい。見つめあうこともできれば、手を繋ぐこともできる。


 他愛のない話をした。


 「ガンズの曲は好きなんだけど、アクセルの声が何故か受け付けない。同じ甲高い声ならスキッド・ロウのバズの声の方が好き。顔も好き」

 「詩織ちゃんは、ああいうのがタイプなの?」

 「そういうわけじゃないよ」

 「俺が金髪にして I Remember Youを歌ったら、詩織ちゃん俺に惚れたりするかな」

 「逆に引くかもよ」

 「じゃあダメだな。別な手を考えよう」

 「…どうして、私と付き合いたいと思うの?」


 空気が、一瞬冷たくなった。私は、流れに任せて聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


 もう、どうにでもなーれ。なにがどうなったって、また私は「詩織」を演じていけばいいのだから。

 


 




 





 

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