第4話 想いは地震よりも

 しょうちゃんとの再会は、2週間後にやってきた。

 

 「また沢山話そうと思って、お菓子とかたくさん買ってきちゃった」といたずらっぽく笑う視線の先には、お菓子やジュースが山のように積まれている。


 「詩織ちゃん、何食べる?やっぱり甘いのがいいかな」と選んでくれているとき、グラっと足元が揺れた。


 地震だ…


 しょうちゃんは、力いっぱい私の身体を抱き寄せ「汗臭いと思うけど、揺れが収まるまで我慢してね。俺が守る、大丈夫。落ち着け」と囁いた。


 2003年5月26日。18時25分に起きた宮城県沖地震。マグニチュード7.1、最大震度6弱。


この時、私はしょうちゃんと一緒だった。


 地震には、全く不慣れな私だった。関東の店から移籍してこの地へ来て1年弱。地震が多いと知ってはいたが、まだ、そこまで大きな地震は体験したことがなかったのだ。恐怖で震える私の頭を撫でながら、慣れた手つきでテレビのチャンネルを変える。


 「うわ…まじか。こりゃちょっとやばいぞ」と言いながら、あちこちに電話をかけている。「俺の家、仙台なんだ。会社も。だから、すぐ戻らなきゃならないかもしれない。もしそうなったら、お店の人迎えに来てくれるかな。」

 

 いやだ、離れたくない。思わずそう声に出した。


 もう揺れは収まっていたけれど、このまま離れたくなかった。もし離れて帰ってしまって、もし帰る途中に何かあって、もう会えなくなったらどうしよう。


 けれどそんな我儘は通るわけもなく、非情にもしょうちゃんは、取引先の安否確認と手伝いを指示されてしまったのだった。携帯が繋がりにくくなっていたのだからそれも仕方ないことなのだけど、ネクタイを締め、スーツのジャケットを羽織る背中を見てるのが苦しい。地震のバカ。しかもこれからまた仕事させるなんて、ひどい会社。もしこの人が怪我でもしたら…とか


 頭の中がしっちゃかめっちゃかで、何故か涙が滲んできた。言葉にならない気持ちの処理が追い付かないと、どうやら涙が出てくるらしい。


 垣間見えたしょうちゃんの男気にほだされたのか、単純に地震が怖かったのか、それともその両方なのか。回らない頭の中でぐるぐる考えていた私に、しょうちゃんが名刺を差し出した。


 「これ、俺の名刺。携帯番号書いてあるから何かあったら電話して。あと2,3日はこの辺にいると思うから。」


 びっくりして、思わず名刺としょうちゃんの顔を交互に見た。キャバクラ時代はこういうこともあったけど、風俗嬢に会社の名刺を渡す人を初めて見たのだ。今は、スマホもSNSもあってある程度はオープンなのだろうけど、当時はあまりそういうこともなく、偽名を使いこなすのが常。


 人を疑わないのかただの天然なのか。そんなことを考える暇もなく、私たちはまたそれぞれの日常に帰っていった。ちゃんとした挨拶もできないままに。


 帰宅してしばらく、ベッドに入って私は唸っていた。「何かあったら電話して」というしょうちゃんの声がリフレインしている。大丈夫だっただろうか、怪我したり、事故にあってはいないだろうか。「何かあったら」って、ただ心配してるだけで電話したらただのバカだと思われるかな。


 どうしてだろう。声が聴きたい気がする。でも、私もう恋愛はしたくないし仮にも親から逃げてる身。好きになったところで誰も幸せになれないし、ましてや将来を夢見られるほど現実は甘くない。


 地震より 大きく揺れる わが心

      歩みののろい かたつむりかな


名刺に鼻先をつける。しょうちゃんの匂いがした。


 携帯を手に取り、開いては、また閉じる。『叶わない夢なんて、見たくないの』と、Tommy february6の曲の一節を歌う。そういえば、わたしの夢ってなんだったっけ。




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