【再掲&分割】07 前編 野良犬に与える慈悲か、挽歌か






「こちらは三つの選択肢を掲示した、さぁ、選べよ?」


 勇者は拷問の果てに介錯した。


 戦死したお供の二人はグールの餌にした。


 聖職者は捕虜にしたものの、困ったことにどう扱うべきか?


 この世界においては、ジュネーブ条約、あるいはハーグ陸戦条約等と似たようなものが存在せず、捕虜に訪ねてもなんのことかわからないとなれば、俺と同じ転生者の線も薄い。


 そもそも人類の敵である人ならざるものたちを相手に、一々ルールなんて考えるまでもなく、双方人道的も糞も無い中での宙ぶらりん。


 人ならざる氏族達は困惑するも、絶対的な権力を持つ魔王である俺に抑えられれば、従うが他にない。所謂、専制君主制のようなものだ。


 捕虜である聖職者の処遇をどうするか、先に氏族達と協議を重ねた結果、三つの選択肢が誕生する。


 それらは以下の通り。



 ───奴隷、または慰みものとして人身売買。



 どの世界でも古来からよくある伝統芸のようなものだが、我が領内において奴隷制は存在しない。


 資産として奴隷の維持管理コストもそうだが、非合理的な面で将来的に市場経済の崩壊へと繋がりかねない。


 ならば普通に働いて稼ぐ事を推奨し、経済を回して税収を得た方が得策だろう。


 労働環境の法整備、教育環境等を最低限整えてしまえば奴隷は不要になる。


 慰みものとして扱うかどうか、それについてうちの氏族達は人間に性的な興味がないのか、草食なのか、あるいは優しすぎるのか?


 不思議と俺も興味が湧かない。もしかしたら……なんていつの間にかEDになった覚えはないが、もしもの場合、この世界で果たしてED治療が出来るのかという心配半分、残りの半分は興味深い。


 よって、第一の選択肢は人身売買、あとは関知しないってだけだ。



 ───介錯、または処刑。



 その前に拷問を加える事になるだろう。

もっと情報を得るために……その結果、勇者と同じくして介錯に至るだけのお話。


 しかしこれは、非効率極まりなく、何よりも面倒くさい上に疲れるだけであり、それに関しては先の勇者で実証済み。


 手足を切り落とし、目の前で戦死したお供の死体をグールに食わせれば、発狂した後に心が壊れて人の言葉すら話せなくなったのだ。故に介錯して苦しみから解放した。


 そんな勇者の最期を捕虜である聖職者へ見せしめた効果は大きく、悲鳴と粗相で奏でる不協和音。もし、録音できるのなら有用な使い道があったものだが……全く、惜しいことをしたものだ。HAHAHA!


 ともかく見せしめは成功し、葛藤するまでなく天秤に掛けられた命より軽い情報を、ケツの毛までむしり取った事で所属が割れているから今更感もある。

 介錯したところで考えられる効果は僅かに所属・関係先を弱体化させる程度に過ぎない第二の選択肢。



 ───処遇は現状維持のまま、しばらく滞在。



 一定期間、特に問題がなければ捕虜扱いから客将待遇へと改善。

その後、軍使として我が領内の情報と勇者の首を持ち帰ってもらう。


 それまで、知識階級であるこの聖職者から色々と学べるだろう。


 個人的ではあるが正直なところ、この第三の選択肢が楽。


 配下の氏族達も思うところがあるものの、そもそもこの聖職者は誰も殺しておらず、向けるべきヘイトすら何もない為、民主的な多数決の結果は全会一致。


 第三の選択肢の人気はまるで旧共産圏の選挙のようだった。


 流石にこの結果を捕虜に言い渡すのは、戸惑うどころか却って酷だろう。

結論として、あえて三つの選択肢を掲示した訳だ。


 さぁ、賢明な判断を頼むよ。


「もう一度言う、人身売買の果てに奴隷または慰みものか? 勇者と同じく拷問の末の介錯か? それとも観光を楽しんで勇者の首を持ち帰るか?……俺は気が長くない、早く選べ」


 究極の選択が複数。むしろ誘導なので聖職者が混乱するのも当然か。


 殉教したくなるか、殉教するか、はたまた魔王の下で生き恥を晒すか。狭間に揺れる聖職者は、禁欲的な知識階級故の知的欲求を擽る誘惑に抗えるのか。


 賢い選択をしてくれればいい、聖職者相手に思わず祈りたくもなる。

前世の節操無い八百万的な宗教観への答えは如何に?


「……私は、私の信仰を、神の御心のままに……」


 さて、前口上はご立派だが果たして?

あぁ、御託を抜かしているところ申し訳ないね、一つ言い忘れた事があった。


「あぁそうだ、うちの領内は信仰の自由を認めている。必要なら教会も用意するよ……さて、君の信仰と主の御心とやらはいかに?」───。







  あれはいつの話だったか。


 馴染みのレザーネック達と行動を共にしていた時だ。

ハンヴィーに便乗して砂漠地帯を軽快に駈けていたところ、村、集落らしきものを発見。偵察がてら立ち寄る事にした。


 足を踏み入れれば戦地らしく生々しい傷跡はそのまま、いつ爆撃に遭ったのか瓦礫の山と化し、人の活気以前に生き物の息吹すら感じられず、まるで時が止まったまま一人取り残されたかのように、忘れ去られ人知れず命を終えたかのように不気味な静けさだった。


 しかし、その集落の広場でぽつんと立ち尽くす子供の姿を確認した事で、何か匂うと感じずにはいられない……。


 このまま放置して問題なければそれでいいが、そういう訳にもいかないのはただ、ここが戦地である故の事。


 近づいてみれば痩せこけた少女である事を目視で確認出来た。

片方を後ろ手に紐らしきものを握りしめ、もう片方で手を振りながらどこか虚ろな目でこちらを注視していた。


 あまりにも不自然過ぎる……。

不用意に近寄るのは危険と判断。

伝わるかは不明なものの、一応こちらに敵意が無い事を示し、チョコレートを片手に接近を試みる。


 もう片方の手はいつでも銃を抜けるように……。


 こちらの行動に興味を示し、警戒心を解いたのか、後ろ手に紐らしきものを握りしめていた片手は離れれば無防備な状態となった。


 警戒を厳にするも点火音、導火薬の燃焼する類いの音はしない。


 更に近付いて改めて確認。

今のところ何も問題はないが、少女は最早立っているのが不思議なぐらいに痩せこけていた。

捨て置かれて一体どれくらいの時間が経過したのだろうか?


 しばらく警戒したものの特に怪しい動きは見られなかった為、チョコレートの包装を剥がして一かけらを口にし、毒は入っていない、安全だ、とアピールした……しかし、この味はどうにかならないものかね? HAHAHA!


 思わず顔をしかめてしまったものだけど、飢えているであろう少女は、抗うまでもなく手を伸ばしてきた訳だ。


 ついでに水も一口飲んで見せて安全だとアピールをすれば、ごくりと喉を鳴らし、このまま焦らすのもかわいそうなので水筒、チョコレートを差し出せば安心したのか、手渡すや否や、貪るように食らいついて飢えと渇きから解放されたことであろう。


 その様子に何ら思うことなんてなく、よくある光景だ……俺は信心深くもないし、戦地暮らしも長いから信じて救われると思ってはいないけれど、少しぐらいはさ、あぁ神よ、この子を導いてやってくれ……なんてね?


 そんな俺の心の呟きは、果たしてジーザスに届いたかどうか、全ては神のみぞ知る……いや、知らない方が幸せだったかもしれないね?


 戦地暮らしが長いってことはさ、生存本能からか、嫌な予感ってものが馬鹿に出来ないものなんだよ。


 その刹那、痩せこけた少女の纏うぼろ切れ同然な衣服の腰当たりに、とても見覚えのあるシルエットラインを確認してしまったんだ……ああ、紐と繋がっているか。


 あってはならない違和感を覚えた途端、なんら一切の躊躇なく身体が動き、銃を抜いた。


『BANG!』……『ドサッ……』


 早撃ちは得意なんだよ、こう言う咄嗟の動きは俺の経験と勘、それと幸運で培ったものだ……自慢じゃないけどね。


 地面に倒れ込んだ少女"だったもの"の後頭部からは、どす黒いタールのような血が吹き出して広がり、乾いた大地を潤した。


 降りかかった返り血を軽く拭った時、既に事切れたそれを、あってはならない違和感の正体を確信したのだ。


「キャプテン! 何しているのよ!? 何で無抵抗な子供を殺したのよ!? どういう事か説明しなさいよ!? このっ、クソ野郎! あなたの答え次第で軍法会議に訴えてやるわ!」


 さて、何事かと詰め寄ってきた威勢の良いメリケン小娘の甲高い罵声は、まるでスタングレネードのように耳をつんざく。


 ヘルメットから飛び出したブロンドの癖っ毛、青い瞳、目元をソバカスの横一文字がうっすらと浮かび、鼻高く堀の深い顔立ちにどこかあどけなさが残っている。


 レザーネックの軍服を着ていなければハイスクールか、またはキャンパスライフを送っていたのだろう。


 メリケンらしく暑苦しい正義と取るのは、いささかステレオタイプが過ぎるか?


「サマーフィールド上等兵、お前、実戦は初めてだったな?」


 まだ返り血がついてやがる。咄嗟とは言え急いてしまったな。


 拭う手がべとつくよ、そのまま乾くのを待とうか、HAHAHA!


「そうよ! それが何? どうして躊躇なく無抵抗の子供を虐殺する事と関係あるのよ!? あなたはイカれてるの!? ふざけないで答えて!」


 メリケン小娘の怒りの炎は烈しく燃え盛る。


 いやぁ、矛先を俺に向けられてもねえ……ま、震える手でM4カービンを向けられた以上は、答えてやらないとな?


 もっとも、答えを知った時、振り上げた拳は何処へ向かうのやら?


「……おい、落ち着けよ。よく見ろ、この紐の先を辿ればわかる。そうだ、辿った先にさ、少女だったものの腰にある不自然な膨らみはなんだ?……おい、ゆっくり慎重にな、確かめてみろよ? これは命令だ、サマーフィールド上等兵」


「……くっ!……うっ……イエッサー……」


 レザーネックらしく渋々上官の命令に従い、震える身体で一も二にもクソ度胸を示し、彼女は答えへと辿り着いた。


「……手榴弾です……申し訳ありません、キャプテン……でも、なんで? なんで子供がこんなこと……「これが戦地の現実だよ!」……どうして?……なんでテロリストと同じことをしているの?……私は、いったいなにと戦ってるの?……」


 あまり偉そうに講釈垂れるつもりはないが、ブードキャンプでは教えてくれない話をしよう。


「いいか、サマーフィールド上等兵? 例え無垢なガキだろうが人を殺す、何も知らないまま身勝手な大人どもの戦争に関わっている。ああ、知らず知らずのうちに戦争に協力している。自ら兵器となっていることを知る由もなく、振りかざしたクソッタレな正義はさ、やがて因果が巡って俺たちに牙を向けるんだよ……それで、軍法会議がどうした?」


「……」


「軍法会議がどうした? サマーフィールド上等兵、答えろ!」


「……申し訳……ありません……私の、私の早とちりです……キャプテン、私が間違えていました……」


「俺は別に、お前が間違っているとは思わない。ただ……俺はオブザーバー、他国の者だから構わないが、自分のところの上官には噛みつきすぎるなよ?」


「……イエッサー……ぐすっ……ううっ……」


 泣きたくなるのもわかる。


 いつかの少年兵だった頃の俺だってそうだった……しかしな、お前の気持ちはわからなくもないが、お前の祖国と違って、ここは命の価値など軽い。


 俺からすればとっくの昔に置いてきた尊さだが、お前のように優しすぎる奴はさ、いつ、いつか朝日を拝めなくなるんだよ……わかってくれ……。


「キャプテン、うちの新米を泣かせないでくださいよ?……あぁ、クリアリングは完了しました。キャプテンが処理したブービートラップ以外は何もありません。休憩を提案します」


 俺と馴染みのレザーネックはいつものように、部下達をまるで手足のように上手く統率し、良い仕事を完璧にこなしてくれた。


 警戒さえ怠らなければ安全だろう。提案を受け入れよう。


「それが良い。装備の点検を忘れる間抜けは、お前のところにはいないだろう?……トム中尉、大休止だ。作戦に支障はないだろう?」


「ええ、銃声が響くと喜ぶ武器商人で無神論者のパキスタニーは、あまりに暇だからって祈ろうとしているぐらいですからね?……きっと神の強烈なご加護があらんことでしょうし、パキスタニーを止めますか?」


 あの罰当たりな無神論者の武器商人は一体何をしているんだよ?


 あいつがたまに祈るとろくなことが起きかねない。この前なんか危うく空軍のオウンゴールを食らうとこだったぜ……無神論者で武器を売り込みたい彼に対し、神とやらは怒り心頭なんだろうね? HAHAHA!


「ああ、今すぐに止めさせろ。あいつにはこの手榴弾を処理するように言ってくれ……商品価値があるかわからないけとね?」


「「HAHAHA!」」


「イエッサー!……それよりキャプテン、顔と手の返り血を拭いてくださいよ?」


「ドーランだよ、現地製だけどな?……お前もどうだ?」


「遠慮しますよ? そんな蛮族の儀式紛いは私の趣味ではありません。それよりも正規品を使ってくださいよ?……もちろん、アメリカ製ですからいっぱいありますよ?」


「「HAHAHA!」」


 さて、ブラックユーモアが過ぎたな……後は全部、トム中尉に任せてしまえば他にすることなんてないか……あぁ、この取り残された新米をどうしようか?


「サマーフィールド上等兵、安全は確保された。あの物陰で休んでろ……あぁ、それと落ち着いたらで良い。後で俺のところに来い……せめてこの子の冥福は祈ろう……わかったな?」


「……イエッサー」


 ふーむ、信じた者が救われるとは限らないクソッタレな戦地故、真面目な新米にはキツいだろうが、どうしたものかね───。








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