【再掲】02(異世界にて) 夢みたい、魔法みたいな始まり







  不思議で便利な水晶玉に映る映像は回想録、かつて俺が生きてきた証のノスタルジックに浸りたい一時。


 追憶するのはもう二度と戻れない、あまりにも遠すぎる世界に来てしまったからなのだろう。


 どこか大事なピースを欠き、そのうちの一つは俺の名前、もう一つは彼女の名前を忘れ、今は生まれ変わって魔王と呼ばれている。 


 ぽっかりと空いた空虚を埋める、そんなものは何処で買える由もない。


 その術はわからない故に保留、しかし、思い出は何一つとして色褪せていない、それだけが救いであると、そう信じていたい。


「あんたね、何しれっとここにいるのよ?」


 夢中になって水晶玉を眺め続ける俺に、後ろから声をかけたのは、あの時の羽根の生えたアメリカ人。


 女神を自称する彼女に対し、俺が勝手にジーザスという渾名を付けた、ジェニファー=ズザンネ・サマーフィールド("Je"nnifer="sus"anne・summerfield)は、なんとも複雑な表情を浮かべていた。


 それよりもここはどこかって?

転生直後にやってきた天界の一角ですが何か?


「ちょっと用事を思い出してね、気合いでここにワープしてきたぜ?」


「どんな用事か知らないけど、用が済んだらさっさと帰ってくれる?」


 どういう訳か、全く歓迎されていない。何故だ?


「……」


 ジーザスは無言のまま何も答えない、ジーザスらしくなってきたではないか、クソッタレ!


 さて、不思議でとても便利な水晶玉を眺めるのに夢中になっていたからか、今更ながら、どうも最初に来たときとは雰囲気が異なる事に気付き、辺りを見渡せば空色をバックに浮かぶ雲、燦々と輝く太陽は相変わらずだ。


 異なるところは何かと言えば、空中に浮かぶ"空中庭園"と言った趣の建造物が美しい……いや、本当に浮かんでやがる。


 これは驚いた、まるで夢と魔法が詰まっているようだ。


 俺だったらこんなところ怖くて住みたくもない、そこに行き交う人々の感覚は、夢と魔法でラリって麻痺でもしているのだろうか?

ちなみに家賃の相場はどうなの?

そんなの不動産屋に聞けってか?

HAHAHA!


 皆が同じように、白装束を纏って羽根を付けており、歩いていたりゆっくり飛んだりしながら行き交う光景は、あたかもクー・クラックス・クラウン(以降"KKK")の楽園のようだ。

前世では黄色人種だっただけに少々不安だ。


「ジーザスよ、前にこんな建物なんてあったか? それに羽根のついたKKKみたいな集団いるけど、俺はここにいて大丈夫なのか?」


 戸惑う俺に対し、ジーザスの冷ややかな視線が突き刺さる。

ため息一つ吐き出して、頭を押さえるジーザスの仕草から察するアウェイ感。

優しさの半分でも処方してあげた方が良いかもしれない。


「あんた、大丈夫も何もね…そもそも魔王が自力でここに来る時点で充分おかしいわよ!?」


 俺もどうしてここに来れたのかわからない。


「KKKなんてここにはいないけど、天界だから天界人、いわゆる天使が住んでいて当然よ? それにね、あの時は結界を張って隔離していたのよ……」


「なるほど、異世界から謎の疫病を持ち込まれたら困るよな? 検疫的に隔離する理由はわかる」


「いや、そうじゃなくて……で、改めて聞くけど、何でここにいるの?」


「何でいるかって? ああ、城の大掃除で戦力外通告を受けて暇なんだ。ものすごく暇だから気合いでここにワープしてきたんたぜ?」


 ついでにいうと、『ジーザスのクソッタレ』と念じたらここにいた。


 この世界は不思議に満ちていて面白い。


「そんなに暇ならいっそもう一回、頭でも撃ち抜いたら?」


 全くもって酷い言われよう、天界に魔王が来ちゃいけない法でもあるのだろうか?

ここは丁重に断って本題に移ろう。


「ノーセンキュー。それよりも耳の傷、治ったんだな?」


「誰のせいでそうなったと思ってるのよ!?」


 怒られた、まぁ暴力はいかんから後でこう言われるのも仕方ないか。

こんな問答を続けていても追い出されるだろう、上手く反らして用件を簡潔に伝えよう。


「おかげでまともに会話出来るようになったね?」


「うっさいわね! それで、冗談は良いから何の用なのよ?」


「暇だからな、お前に魔法のイロハを習いに来た」


「……教えてなかった? えっ、そんなはずは……」


「いや、お前の話が長すぎて途中で寝てた。睡眠学習でも余裕かと思ったけど、どうも講師役が無能だったらしい」


「睡眠学習で何とかなると思ってる奴が魔王……って、あんたバカなの?」


 さて、このまま舌戦に応じても拳銃の出番にしかならない故に沈黙が良い武器となる。


「何よ、何とか言ったらどうなの?」


 参ったね、こりゃ彼女の力を見せてもらった方が早そうだ。


「オーライ…そのバカにもわかるよう説明してくれ、この間抜け」


「F**k!……ホノオノセイヨ、ワレニアダナスショアクノコンゲンニ……」


 彼女がこちらに向かい、ぶつぶつと独り言のように詠唱を始めたのは言うまでもなかった───。







「何でこんな至近距離なのに避けられるのよ!?」


 詠唱を終えたジーザスの放った"それ"は、燃え盛る火球となって真っ直ぐ、弾丸のように飛んでいった。


 ジーザスの視線、射線を確認して身体をずらし、通り過ぎていった火球の行方を目で追えば、空中庭園の一角に着弾、爆発炎上……。


 見事なオウンゴールで空中庭園はまるで蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。

超エキサイティングだ! HAHAHA!


 威力は手榴弾並みの火球を直射し、着発信管のような仕様で起爆するようだ。


 予想外だったのはその威力。白燐弾並みの炎上効果は中々強力だ…避けて正解、魔法って凄いな。


 ジーザスの放った火球を評価するならば、爆発・爆風を利用した攻撃型手榴弾、燃やすことを目的とする焼夷手榴弾の効果を併せ持った、一見便利なようで何とも使い勝手が微妙なものである。

目的別に分けないと危険だ。


 他にも幾つか欠点、それも致命的なものがある一方、特性的にM9バズーカのような運用が最適とも考えられる。

この世界に戦車はあるかい?

もちろんチャリオットではなく、タンクの方だ……ま、あったらあったで対策は立てられるから問題ないし、RPGー7もあるからね。


 さて、強力な魔法の運用者たるジーザスは、どう考えても俺に向かって放ったようだが、射線を確認していなかったための見事なオウンゴール。


 フレンドファイアされた方はたまったものじゃない。

羽根の付いたKKK達はパニックに陥りながら、現在も懸命な消火活動が続けられている。


 さて、こりゃあ危険な魔法を運用するジーザス、彼女を教育しなければいけないな。


「撃つまでが長い。お前、人に向かって撃ったことないだろ?」


「あるわけないでしょ!?」


 もし、あったとしたら間抜け過ぎる。


 何せ、目の前で30秒ほど何か呟くように詠唱し、悪役怪人のように律儀にも待ってくれる者はまずいない。



 ───オウンゴール直前に時は遡る。



「我に仇なす魔王を焼き払え! ファイアボール!」


 そう叫んだジーザスの手の平に浮かぶ炎の球体が、詠唱に応えたようにその勢いを増していき、数秒のタイムラグを経て射出された訳である。

……まだマスケットの方がタイムラグも少ないぞ?


 これ、運用方法を間違えたら産廃もいいところだろ?

現に彼女は間違えている、運用する側の問題だな。



 ───そして時は戻る。



 そんな訳で丁度良い、装備品以外は手ぶらで来たから彼女への手土産代わりに一つ。


「道理で。お前は射線の確認を怠ったばかりか、撃つ直前で目を反らしたからな。それじゃ俺に当てるどころか、オウンゴールして当然だ……魔法のレクチャーの対価にどうだ?」


「対価? 何のつもり? 私の魔法を笑いにでも来たの?」


 間抜け過ぎて笑いを堪えているところだ。


「お前、俺に当たった後の事、考えたか?」


「当たり前じゃない! 私の目の前であんたは爆発……あっ」


「そうだ、もしこの距離で当てたらな、お前も火だるま、仲良く俺とミンチになって心中だ。魔王を倒した英雄として記録には残るかな?」


「……その程度であんたが死ぬとは思えないけど?」


「魔王だから? そうだったら良いのにな、HAHAHA!」


 さて、おつむがあれなジーザスもある程度理解したようだ。

ここは実戦経験の豊富な俺がレクチャーしよう。


 腰に下げた愛銃であるマカロフPMを取り出し、ジーザスに向ける。


 シンプルに撃つまでの流れを説明しよう、もちろん今回は口で射撃音を轟かせ、弾の節約を忘れずに。


「いいか、人を撃つときはな、相手をよく見て狙い続けるんだ。あとは落ち着いて撃つ、BAn『BANG!』……あっ、ごめん、弾抜くの忘れてた」


 …ついでにセーフティも解除したままだった。とんだ間抜けだよこりゃ。


 そんな訳で弾の節約は失敗したものの、事故によってレクチャーする相手がいなくならずに済んだ不幸中の幸い。


 口ではもっともな事を言いながら誤射する、自称実戦経験の豊富な誰かが、ジーザスの素晴らしい持ち物に気を取られた事が幸いしたようだ。


 銃を突き付けたことでビビり、目を閉じて身体を強張らせた時に揺らいだ、美しくたわわに実った二つのメロンが浮き出たラインに思わず……うん、まだまだ俺も若いね。


「本当にすまなかった、目線を反らしたら駄目だと言うお手本はいかがだったかな?」


「……撃った、また私に向かって撃った…そうじゃなかったらどうなの!?……私を殺すつもり!? なんで、なんでこうなるのよ!? なんでこんな酷い目に合わせるのよ!?」


 今回は俺が悪いとは言え、ジーザスはまたヒステリーを起こしてこれは長くなりそうな予感だ。

それよりもオウンゴールの件は大丈夫なのか?


「ジーザス、それよりも消火作業はいいのかい?……思ったより燃え広がっているが…」


「そんなの知らないわよ! あんたが避けるからこうなるのよ! だからあんたが悪いの! 魔王のあんたの仕業だから! 私に向かって撃ったのが悪いんだからね!? 責任取りなさいよ!……」


 魔王と呼ばれる事のデメリット、何もしていないのに戦犯扱い…いや、今のを含めジーザスに向かって幾度か発砲したのは事実だが、身に覚えのないありもしない罪を捏造され、責任を擦り付けられるのはあまりにも理不尽だろう。



 ───『オッラ、セニョール! デモニオ、お前が言うな』



 ……どこからかそう聞こえてくるような気がするが、きっとそれは幻聴だろう。

例え俺が理不尽だとしても、それとこれとは別問題だ……多分。


 さて、今なおも燃え上がる中、懸命な消火活動が続けられている空中庭園の一角だが、燃え広がるのを防ぐのに精一杯……あぁ、そういえば良い方法があった。


「ジーザス、オーダーだ。あそこに向かって水球を撃てないか? お前なら出来るだろ?」


「はあ!? あんた何を言って……それよ! 私にかかればそんなの簡単なんだから!」


 ヒステリックなジーザスの手のひら返しに思わずニヤリ。


 割と簡単に乗ってくれる、煽てれば木にも登ってくれるようだ。どうやって降りるかまでは知らないけど。


「それよりあんた…さっきのちゃんと謝りなさいよ?」


 ただ調子に乗らせただけのようだ、煽てられて登った木から降りれなくなったらしい。伐採か、自力で降りるかを選ばせてやろう。


 先ほどと同じく、マカロフPMをジーザスに突き付けてこう言う。


「おう、あの世でならいくらでも詫びてやるよ……それで?」


「くっ……わかったわよ!……でも、後で謝りなさいよ?」


「詫びは一回で良い。今、小さいことに囚われたまま一足先に逝きたいか? それともまだ生きていたいか選べよ?」


「わかった! わかったから! あんたの言うように、あそこへ向かって水球を撃てば良いんでしょ!? やりますよ! やりますから!」


 威勢が良くて何よりだ、もう少し素直な方がありがたいけどね。


「じゃあいくわよ? ちゃんとよく見てなさい!」


 なお、銃を突き付けられたままでもこれだから、割と胆力があるのかもしれないな…あるいはただおつむが弱いだけか。


「水の精よ……」


 ───まずは目的に応じた魔法属性の選択か?


「……我が同胞を救うべく、この魔王の最低クソ野郎が放った邪悪な焔を祓う力を我に貸したまえ……」


 ───詠唱することにより、使用する必要な魔力のコントロールをしながら練り上げているようだ。急激に湿度が上がりじっとりしてきた。大気中の水分をジーザスの手元に集めているようだ…それよりも、オウンゴールの件は俺のせいじゃないからね?


 ───おそらくだが、感情を込める事で威力を増したり、練り上げる工程をスピーディーに出来るのだろう。もっとも安定性に欠けると思われる。


「燃え上がる邪悪な焔を鎮め、我が同胞達を救いたまえ!……ウォーターボール!」


 ジーザスの身の丈を上回る渦巻く水球は、数秒のタイムラグを経て射出された。


 やってることは先のオウンゴールと変わらず、大きな水球の行方を目で追っていけば、やがては燃え上がる空中庭園の一角を目掛けて正確に着弾した。


「お見事、一発で鎮火したようだ……流石だな、ジーザス」


「ふんっ、私にかかればこのぐらい当然よ!」


「うむ、お前の同胞が何人か吹っ飛んだけどな? HAHAHA!」


「うっ……細かいことは気にしない!」


 またしてもオウンゴールによる巻き添えになった同胞とやらはかわいそうだ。とんだマッチポンプを垣間見た。


「それよりもあんた、さっきの事……謝りn『BANG!』……ごめんなさい、なんでもないです……」


 さて、魔法のやり方はなんとなくわかった。 

一つ、試したいことがある。

対価のついでだ、こいつで試させてもらうか───。






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