第24話 井戸と飲み水

◆ファストマン公爵領

北部の町カナン

町の教会


レブン視点


教会の中は、さらに大変で、祈りの間である広間も、外と同じように人々が集い、その殆んどが半死半生のていで、力なく寝転んでいた。


ふと目を上げると、一人のシスターが、幼い少女に桶から汲んだ水を飲ませようとしている?!いけない!


駆け出したボクは、気づいたら、シスターの木椀を弾いてしまっていた。


でも、危なかった。

あと少し遅れていたら、この子は死んでいたかも知れない。このシスターには申し訳ないけど、その汲んだ水を飲ませるわけにはいかなかった。

う、木椀を弾かれたシスターが、振り返って睨らんでる。そりゃあ、怒るよね。


「なんという事をなさるのか!神聖な教会においての、この蛮行。セーデア神が必ずや罰をお与えになるでしょう。恥を知りなさい!!」


ひゃい!?

こ、怖い、けど、引き下がる訳にはいかないよ!

「いえ、セーデア神様もお許しになられます。何故なら、その井戸の水は毒ですから。貴女が今、水をその子に与えれば、その子は間違いなく死んでしまうよ」


「な!?」


う、思わず反論しちゃった。

倍返しされるかも!?


……あれ?

びくついて目を瞑ってしまったけど、何も起きない?

恐る恐る目を開ける。

うん?このシスター、見上げたままボクの顔を凝視してる。

不味いな。完全に顔を見られた。シスターでない事がバレたよね!?


どうしようか。

けど、逃げ出す訳にはいかない。ここに居る人達は、一刻も早く治療をしなければ命が危ない。ええい、ままよ!


「すみません。その井戸の水は汚染されていて、人体に有害であると分かりました。暫く、北側の井戸を使うのを止めて下さい」


調べた結果だけど、町の主な飲料水を担う、山沿い北側の五つの井戸は、どれも高濃度のヒ素の反応があった。だから、使う事が出来ない。

でも南東側、町外れの、馬屋用に掘られた井戸は反応がなかった。汚染された北側以外にある井戸は、ここ1ヵ所。つまり、飲料水に使える安全な井戸は、南東側の井戸だけだ。


問題は、その井戸が町外れで、この教会から遠い事だ。ボク一人で水を運ぶのは、たかが知れている。町に動ける人が残っていれば良いけど!


「とにかく、この薬を飲ませなさい。それとこの桶の水は、南東の馬屋前の井戸から汲んだ水です。この水なら安全です」

「わ、分かりました。薬を」


やけに従順だな。シスターでないとバレている筈だよね?なんで?


「さあ、ラリア。これを飲んで!」

「あ、う」

彼女は、ボクから桶と薬を受けとると、すぐに女の子に飲ませた。女の子は、少し苦労したけど、なんとか飲む事が出来たようだ。


「解毒中和剤です。毒を分解して無毒化します。熱が収まらないようなら、この薬を。解熱剤です。あと食事が出来るようなら、この胃腸薬を煎じて下さい。胃腸が弱っている筈です。薬はまだ有りますので、他の方にも同様の処置をお願いします。なお、くれぐれも北側の井戸を使わないようにお願いします。それと、南東側の井戸から水を運ぶ為の人手と、ありったけの桶を集めてもらえないでしょうか」


彼女は頷くと、まだ動ける他のシスターを呼び、ボクの説明を伝えた。どうやら、彼女がシスターの中で主導的立場のようだ。

ボクは、近づいてきた他のシスターにも、ありったけの薬を渡した。

暫くして、先ほどの主導的立場のシスターが戻ってくる。


「あの、薬は伝えましたが、井戸の人手が足りません。どうすれば良いでしょうか」


「ここにいる人達は、全部で何人ですか?」


「全部で百人位です。皆、重篤じゅうとくやまい、動ける者は私達、シスターの三人と数人だけです。元々シスターは十人いたのですが、皆、次々に倒れていったので……」


百人、町の人口は約三千人くらいの筈、ならば他の人達は一体何処に?


「その、町の他の人達は?」


「恐らくですが、動ける人達の大半は、やまいを恐れて町から逃げました。街道を閉鎖されている為、山側を経由して避難したようです。残っているのは、自身や家族が重いやまいの為、家に閉じ籠っているかと」


良かった。

早めに町を出れた人達は、井戸の水を、あまり飲まずに済んだはず。

それより、重症者がここの他にいる!?

勿論、看病している人を除くとしても、やまいに伏している人達はもっと多いのかも知れない。

薬が足りるだろうか。

いや、そんな事より、安全な飲料水の確保だ。まだ、動ける人達に呼び掛けられれば!


「ボクが町に出て、呼び掛けてみます。井戸の事も知らせないといけないし……其まで、皆さんには水を飲ませないで下さい」

「わ、分かりました。ですが、熱のある者に水をあげられないのは厳しいのですが」


ひたいを冷やすのは構いません。飲用だけ、禁止でお願いします」

「は、はい」


ボクはもう一度、先ほどの子供を見る。

薬が効いて良く眠っている。

熱は下がってきたようだ。息が安定してきている。この子はもう、大丈夫だろう。


「ラリア!」

突然、男性が女の子の名を呼びながら、部屋に入ってくる。この子の親か!?


「うああっ、ラリア、ラリア!なんと言う事だ。妻に続き娘まで失うなんて!!」


かなり動揺して、女の子のところに駆けつける。勘違いは無理もないか。

もう、大丈夫な事、早く知らせてあげないと!

「あの!その子はもう大丈夫です。今は薬で眠っているので、そっとしておいて下さい」


「ラリア、ラリア、目を開けてくれ、ラリアーっ!」


駄目だ、話しを聞いて貰えない。


「ハイドンさん!娘さんの病気はもう、大丈夫です」

「は、何だって!?」


あのシスターが、男性に話しかけてくれた。どうやら知り合いのようだ。



「ハイドンさん、ラリアは薬を戴いて、やまいが改善に向かってます。もう、心配ありませんよ」

「な!?薬?薬師は来ないと聞いているぞ、本当にラリアは良くなっているのか?」


「この方が薬を届けて下さったのです。さらにやまいの原因も教えて頂けました」

「この方?そのシスターが何だというんだ。シスターアメリア!」


「無礼があっては困ります。ハイドンさん。ラリアさんを助けて下さったのは、この方なのですよ!」

「ラリアを!?あんたが?」


ハイドンという男性がボクの方に詰め寄る、うわっ、なんか怖いんだけど!?




ガシッ


?!ハイドンがボクの手を握った!??

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