第43話 ウォルたちとの再会

「イツキ、本当にお前なのか!? 久しぶりだな!」


 ウォルが興奮した声を上げた。あまりにも大きな声だったので、周りの職人たちが何事かと目を向ける。

 それほどに衝撃的だったのだから、仕方がない。


「はい」


「おおおお! 本当にイツキだ!」


 テンション爆上げではしゃぐウォルに受付嬢が尋ねる。


「ええと、お二人はお知り合いなのですか?」


「おお! 実は、この剣をくれたのが、この人なんだ! だから、この人に修理してもらえるのなら文句はない!」


「え、剣をくれた人……?」


 受付嬢がイツキの顔を凝視しながら、困惑の表情を浮かべる。無理もない。イツキは外見上15歳の少女なのだから。そして、彼女は修理するための剣が10年ほど前にもらったものだと知っている。


 5歳の頃に、この剣をプレゼントした?


 それは絶対におかしい。なぜなら、15歳時点のイツキが最上大業物を提示しても疑われたくらいなのだから。

 これ以上の情報がウォルの口から漏れるとまずい。


「ごほん」


 イツキはわざとらしく咳払いした。


「では、この剣の修理を承ります」


「ああ、頼んだぜ!」


 剣を受け取るイツキにウォルが話を続ける。


「あのさ、せっかくの再会だし、あとで飯でもどうだ? シフたちも会ったら喜ぶと思うぜ」


「ははぁ」


 そう頼まれると、断れるはずもない。彼らとの記憶は、とても楽しい部分に存在するのだから。


「お願いします」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おおう、これは……」


 ウォルから指定されたレストランに行くと、外観からも格式の高さが漂うとんでもない店だった。


(むっちゃお高いのでは?)


 店の中に入ると、男性店員が丁寧な仕草で頭を下げた。


「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」


 初めてなのは知っている、という感じの顔だった。間違いなく、この鍛え抜かれた店員は常連の顔を覚えている。

 そして、おそらく、常連の紹介がないと入れない店なのだろう。


(むっちゃお高いのでは?)


「ええ、はい」


「ご予約はありますか?」


「ええと、はい。ウォルという人が予約していると思いますが」


「ああ、ウォル様のお連れ様ですね!」


 店員は嬉しそうに表情を崩した。


「失礼いたしました。それでは奥に。皆様お待ちです」


 店構え同様、店内の装飾も実に格式の高さが漂っていた。来店している客層も明確に『金を持っている感じ』が漂っている。


(むっちゃお高いのでは?)


「こちらです」


 店員が案内してくれたのは、その奥にある、明らかにVIP客くらいしか使えなさそうな個室だった。

 間違いなく、高い。

 イツキが部屋の中に入ると、大きなテーブルをウォルたち3人が囲んでいた。ウォル以外の2人もまた知った顔だ。


「シフさん、マリスさん。お元気そうで何よりです」


 2人の顔にもまた、ウォルと同じく『経験による深み』が加わっていた。もしここに新米の冒険者がいれば、この3人の雰囲気だけでも怖気付いてしまうだろう。


(S級冒険者になったんですね……)


 S級冒険者――冒険者としての頂点。

 それなら、こんなお高い店を用意できるのも納得だ。

 イツキは昔を思い出す。セルリアンで食べるときはいつも安さが自慢で量が売りの店だった。お別れの食事会も、大衆向けの居酒屋だった。

 新米からS級へ。

 10年近い歳月をかけて、彼らはたどり着いたのだ。

 イツキが座ると、すぐにドリンクが運び込まれた。すでに頼んでおいたのだろう。

 ウォルが器を手にして音頭をとる。


「とりあえず、まさかの再会を祝して! 乾杯!」


 打ち合わせた器の音が部屋に響いた。

 空気は溶けて、あっという間に和やかな雰囲気になった。10年の離別などなかったかのように、10年前と同じような気やすさで会話が始まる。

 ウォルが酒を煽った後、興奮した様子でまくしたてる。


「イツキには感謝だよ! お前がくれた剣と、教えてくれたカカシ先生のおかげで、俺たちはここまでこれた!」


「カカシ先生は役に立ちましたか?」


「ああ。おかげで効率良く強くなれた。ギルドにも教えて、今は新米たちのいい練習場になっているぜ?」


「それはよかったです」


 懐かしい時代の会話を続けていると、ふとマリスが真剣な様子でイツキに話しかけた。


「……あのさ、ちょっと聞いてもいい?」


「なんでしょうか?」


「イツキって、変わらなさすぎじゃないかな?」


「――」


 直球のツッコミだった。あまりにも直球すぎて、イツキは言葉を失った。

 実は、うまく気づかれずに終わらないかなー、とイツキは気楽に思っていたが、そんなことはなかった。

 彼女たちと出会ったのは10年前。

 ウォルたち3人は30近い年齢で、それに応じた成熟が顔に刻まれている。

 だが、イツキは――


(何も変わっていないもんなー)


 そう、何も変わっていない。

 イツキは女神が言っていたようにゲームのキャラであり、不老なのだ。外見の変わらなさは凄まじく、実はリキララにいたときも日焼けすらしなかった。あまりにも日焼けしないので、チップとノルに何かの病気ではないかと心配された。

 せめて外見が20代なら、見た目が変わらない感じで若いって言われるんですよ、えへへへへ、と流しても無理はないが、15歳なのだ。子供から大人へと変わっていく真っ最中。変わっていないのは無理がある。


(……ど、どう返事をしよう……)


 いくら信頼しているウォルたちとはいえ、全てを説明できるはずもない。

 イツキの答えを待つかのように、3人がじっとイツキの顔を見ている。

 焦ったイツキは思わず口を開いてしまった。


「ええと、ですね……。色々と事情がありまして……」


 答えにもならない答えを口走ってしまった。


(あああああ! こんなの、事情を突っ込まれて終わりじゃないか!)


 自分のうっかりミスに、内心でイツキは頭を抱えた。

 追撃の質問がくる!

 と身構えたイツキは答えを必死に考えていたが、それはこなかった。

 3人は、むしろ、妙に納得したような顔だった。


「あ、あれ……? 今ので納得してもらえました……?」


「うーん、まあ、な……」


 ウォルは冴えない表情で応じる。


「お前が変なのはわかっているから」


「え?」


「その若さで、その腕前って、相当だろ? おまけに、カカシ先生とか、フレイム・ベアのあしらい方も知っているしさ」


「謎めいた感じなのは、昔からだよね」


「うんうん。だから、まあ、イツキなら妙な事情があっても不思議はないかなって思うよ」


 シフとマリスの言葉の後を、ウォルが引き継いだ。


「それと、まあ、俺たち冒険者だからさ……冒険者ってのは、あまり互いのことを聞かないし、教えない。隠し事があっても詮索しないのがマナーだ。そして、それの有無が互いの信頼を傷つけることもない。だから、イツキが言いたくないのなら、言わなくていい」


「……ありがとうございます……」


 そんな気遣いがイツキには嬉しかった。彼らと仲間になれて本当に良かったと思えた。

 そこで、ウォルが話題を変える。


「そういや、どうして、イツキは生産職ギルドにいるんだ? あそこで働いているのか?」


「ああ、いや、そうではなくてですね――実は厄介な依頼を受けまして……高性能の装備をいくらでも作ってくれと頼まれているんです」


「そりゃ、イツキの装備だといくらでも欲しいよな」


「そう思っていただけるのはありがたいのですが、理由は言えないとなると、あまり労働意欲がわかないのも事実です」


「ま、そりゃそうだな。気持ちはわかる。俺だって、変な隠し事をされたらやる気なくすもんな」


 そう言ってから、ウォルはこう続けた。


「だけど、その仕事なら疑う必要はない。変な理由じゃないぜ。なんなら、俺が教えてやろうか?」


「え?」


 予想外の言葉に目を丸くするイツキにウォルはこう告げた。


「俺も参加メンバーなんだよ――暗黒竜ラハーデン討伐の依頼はな」

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