賞金首(3)

 そして。正次もまた、敵と出くわしていた。

 音と光の霊術である程度は偽装され、隠し玉として連れてこられていた姉弟の協力者。

 サラトバ姉弟の、表向きは確認されていない長男と呼ばれる存在。

 スラックスのような下履きをつけ、上半身は筋肉を露出させている。だが、単に素肌というわけではなく何かがその肌の上をコーティングしているようだった。

 まるで流動する紫の泥、あるいはタトゥーのように肌を奇怪な模様が巡っている。

 今まで正次が知る、あらゆる人種に属するとも思えない……薄暗くうねる肌。


「レガシー・イーターどもを始末するのは本来俺の役割なんだ。それをまぁ……誰だかわからん第三者が邪魔してくるなよ。皆殺し。やらないとダメだろ? なあ、ニンゲン」

 拳を握りしめ、男は見知らぬ相手である正次にどこか馴れ馴れしく、しかし怪しむようにして絡む。

 

 周囲には、倒れ伏すも死んではいないレガシー・イーターの別部隊。どうやら、この長男の存在を知って秘密裏に来ていた救援のようだが。

(アイツらを倒すってことは少なくとも味方じゃねぇ。だが殺さねえってことは……敵でもねぇか)

 長男は見た。

 自身が殺しきる前にレガシー・イーターの連中を、死角から襲来したこの男が一掃するように拳ひとつで叩き落としていった姿を。

 助けたのか? 邪魔しに来たのか? 酷く半端な対応だ。


「まるで」

「ん?」

「まるで自分は人じゃない――そんな口ぶりだな」

「人じゃないさ」


 渦巻く力に白目が浸食され、瞬く。


「霊術実験による瘴気の利用――お前が誰なのかは知らんが見せてやろう。人を超えた……濁種の力をな」


 事前に正次も説明は受けていた。汚染地帯に出没する生命体――いや、生命であるかどうかも謎の種族、濁種。

 その力を移植されたいわば「こちら」の技術による改造の産物。

 その身はもう。ニンゲンでは、ない。


(いや。素体である事を鑑みれば元から……か。俺も親父も、母ちゃんも――)

「人を超えた、か」

 珍しく、苛立ちの混じった声が正次から出た。


「おいお前。人がゴミにしか思えないのなら――お前は何故、たかがゴミを超えた程度で威張れるんだ?」

「あ?」

「人間を超えたからなんだってんだ。それで何かが全部どうにかできると思ってるのか……」

 それは真っ当な怒りと言うより――あたかも世間知らずな相手に対し「能天気で的外れなことを言いやがって」と毒づくような、八つ当たりじみた声音と口調だった。

 相手からしたら支離滅裂にキレられているのに等しい。なんだこいつ、とでも言いたげに濁種は眉をひそめた。

「なんだ? なにを苛立っている? いや……」

(怖がってるのか? こいつ――状況の変化か力にかは知らんが、戸惑ってやがる。癇癪で揺れてる今の内にこの場で始末するか……!)


 模様が腕に集中していく。纏う瘴気は力場となって、あらゆるものを破壊する矛ととなる。ある種の膜のように、盾ともなる。

 その侵蝕するような破壊の拳を放たれた正次は――黙って、その拳を受け流した。

 瘴気の衝撃ごと。

 そらされた瘴気は地面を揺らし、岩を砕き抉る。

 ご丁寧に、部隊が倒れていない場所を選んで炸裂するよう誘導された。

 模様以上にぬるりと滑るような異様になめらかな動きに、サラトバの長兄はつんのめったままあっけにとられた。


「なんだお前……おかしな動きをっ」

 そのポカンとした隙を逃さず、正次は既に次の攻撃を開始していた。

「リキュファクション」

 単語は勝手に脳裏から浮かんだ。弾けるような音と共に掌を打ち下ろす。

「な……」

 と、同時に長兄は沈んでいく。

「少しばかり、ここらの地面の原子構造に活をな」


 液状化現象。主に地震などの振動で地面に含まれる水分のバランスが崩れ、液状になる状態を指す。

 それに加えて打撃の衝撃で地面その物をぐずぐずに砕くことにより……目の前の地面は一時的に沼地と化したのだ。

 中国拳法の持つ多様な概念のひとつに人体を水分の塊と捉える物があるが――正次の力はある種それに似ていて、そして更に無差別な理屈の代物。

 我の水を制御し他の水を穿つ。それが吉戸の力の在り様だった。


(ただ……中国拳法だとか言っても、俺は地球で産まれてすらいなかったんだよなぁ)


 ここが怪しげな術の蠢く異世界である、なんて事実には適応できても……まだ、あの町が地球を真似た箱庭だったという実感が今一つ持てない。信じ難いからではない。どうにも当たり前すぎる物として受け入れてしまっているのだ。


 すると、拳から血を拭いながら女が近づいてくる。こちらの動向を終始感じ取っていたその女性は――

「カーレンか」

「はい。初戦は上々のようですね。殺しましたか?」

「いや。たぶん生きてる。濁種って言ったっけ。ニンゲンやめててアレくらいじゃ死なないんだろ。あとはレガシー・イーターってやつらが捕まえればいいさ。こっちの連中はみんな生きてる」


 その言葉にカーレンは一瞬、咎めるような目をして――何か言いたそうにしたが、やめた。

 甘さ故に死んだり苦しんだところで、それは自己責任だからだ。

 それに、確かに必ずしもあらゆる任務で始末が絶対条件ではない。カーレン自身も殺人鬼じみて殺しに固執する趣味などない。あくまで任務遂行および自身の生存を天秤にかけて殺しただけだ。

 その場でレガシー・イーターの部隊をみすみす死なせたのも、彼らの安否を気にし、生かして返す余裕が自分にはあまり無かっただけに過ぎない。

 余裕綽々に見えがちだが、カーレンは本来直接戦闘には向かないのだから。


「ええ。最も彼はあちらの技術で改造されたもの……ですがね。貴方の能力、純粋な格闘能力――だけでもなさそうですね」

 今のは物質改造者の持つ特別な機能としての能力ではなく単純な技法に近い。人間技でないだけで技ではあった。

 カーレンの私見ではあるが……まだ、底を見せている感じではない。


(でも――殺しを忌避している割に……私を嫌わないんですね。押しつけだって思っているのかな)

 どうにもそこが、カーレンからするとつかみどころがない男である。

 表向きはそれなりに隣人として付き合ってきたはずだが。


 何かが噛み合わない、正次自身がそう思っていた格闘能力が逆に奇妙なほど自分の身近な道具として浸透していく。

 能力の強さや性質と言うよりその「しっくり来る」感覚が彼の心身を急速に落ちついた物へと変貌させていた。

 

(命を賭け……明らかにおかしい、非日常らしき世界へと踏み込んでいるはずなのに。どこかで「ああ、そんな物か」と思っている自分が居る)

 今までと比べて辛かったり、稀有だったりといったことは無論比較としてある。しかしそれも、人やコミュニティによって変わる基準でしかなく――何処まで行っても変わらない。


 元々、誰かに何かをされたわけでもなく自然と成長過程で熱意が削れていった人間である。今さら環境が激変した程度で、変わる物でもなかった。

 ただ、真剣でない……わけでもないのだが。


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