賞金首

賞金首(1)

 賞金首。

 犯罪者の中で彼らがそのカテゴリーに入る基準は世間一般からすると謎である。

 少なくとも重犯罪者がなるのは明らかだが、必ずしもその全てがそうなるとは限らない。

 かつてある高名な霊術師が蓄えた莫大な……国家的規模の財産を、死後管理するよう命じられた団体が賞金として振り分け、賞金首の基準もそこが定めている。そして彼の財産から振り分けられた金は通称「死に金」と呼ばれ、賞金首以外にも公的基金のような形で世界各地に様々な用途で使われていた。


 そしてここにもその賞金を定められた存在が居る。


 連続殺人を引き起こした霊術師のサラトバ姉弟。

 この姉弟を狩るため、賞金稼ぎの部隊として離れの廃村に彼らが集結していた。彼らが属するのは無数の部隊を抱えた極大の組織。ある意味では動き点在するきわめて小さな国家とも呼ばれるそれは、死に金に使われる者……その蔑称、あるいは時に自嘲による自称や畏れも混じってかいつしかこう呼ばれ、そして組織の正式名称ともなっていた。

死に金喰い虫レガシー・イーター」と。


 とはいえ今となっては実際そこまで常に彼らが嫌われているというわけではない。頼りにされている場合も往々にして多い。だが、一度定着してしまった名称を変える気にもならないだけである。

 事実どこぞの誰かの遺産が飯のタネなのだからと冗談として笑って言う者も、少なくはない。というよりある種の鉄板ジョークな節があったりする。


 そんなレガシー・イーターの部隊がひとつ、廃村の近くで息を隠している。

 隊長はサラトバ姉弟の位置を確かめると、部隊へ念を押すように喋る。

「再度確認するが奴さんは凄腕の「感覚潰し」……認識干渉系の霊術師だ。耐認識干渉の装備はしてきたな?」

 隊の各々が揃って同意する。

 霊術の効果を持つ物質類、即ち術符として精製された装備は特定の霊術に対して高い抵抗値を持つ。

 莫大な組織力に任せ、その相手に応じた、あるいは特化したと言えるレベルの術符装備を使いこなす。ある意味ではこれがレガシー・イーターの強みでもあった。

 弟の方は確認された小屋の中で寝息を立てている……ようだが。


(ブラフだな)


 弱者を狙い殺人を続けているとはいえ、それなりに逃げ続けるには実力、あるいはそれに匹敵する何かが必要だ。何よりどうにも行動がわざとらしい。

(だが、どちらにせよ分断できている今がチャンスと言えばチャンスか。これが作戦ではなく慢心故の誘いだとしたら……むしろ攻めていく方が正解か?)

 結局、部隊を二分。三割ほどの人員を姉の足止めに徹させ、残りの七割を弟の殲滅に回すことにした。

 足音を霊術で消し、ある者は戸から、ある者は壁を壊しながら各々が小屋の中へと突撃する――と。

 

 閃光が走る。

 目を焼き尽くさんとする光だが、反射的に目を覆う。

 光の霊術でたまに見られる目くらましだ。戦闘不能にはならぬものの、数瞬の隙を突いて何者かが天へ跳んだ。

「外だ――!」

 と言う掛け声と共に、逃がすかと部隊は熱波の霊術を放ち小屋を外側に吹き飛ばして、躍り出た。


 気取った男が、別の投棄された廃屋の上に立って部隊を見下ろしていた。

 髪をおかっぱ状にバッサリと切りそろえた細身で線の整った男。だが、見下す所作がやけにこなれていて嫌味ったらしく思える。

 状況的にも、そして事前に得ていた人相としてもサラトバ姉弟の内の弟なのは一目瞭然だった。


「対応が速いなぁ。反応がいい。流石噂に聞くレガシー・イーターのみなさん。これはどうにも逃げ切れる気がしない」

 だから。逃げずにこの場で……と言いながら弟の光が渦を巻き、何事かと部隊が注視したその時。

 部隊の皆が、武器を取り落した。

 直後吐き気と不安定な気分が周囲の全員を襲う。

「馬鹿な……感覚、潰しは術符を……」

 残念ザンネンとニヤついて弟が言い放つ。

「これ自体はただの光なんだよ……不気味なだけな……ね!」


 認識干渉系統の霊術には符で抵抗していたはずだった。

 だが違う。

 これは特定の明滅など光り方によってこちらの意識に負荷をかけているのであって、それ自体はただの強めに光る霊術に過ぎなかった。

 要は生理的に嫌な、気持ち悪くなるタイミングと形の光を放っているというだけで、正確無比に同じ光量や明滅をする物でさえあれば霊術でなくても再現可能な代物――であるが故に精神攻撃などの術に対する抵抗力は無意味だった。この霊術の影響自体はただ歪んでいるだけの光情報に過ぎないのだから。

 部隊長の意識が遠のく。例え攻撃霊術で倒される事はあっても、この装備で感覚潰しをされることだけはあるまいと注意深く相手を見てしまったのがまずかった。


「皆、筋力貸与術符を――う、ぐ」

 注意をひきつけ、タイミングを計っていた。

 そして弟はその隙を逃さない。部隊それぞれの着込んだ鎧が最も弱いポイント、角度を定め悠々と、じっくりと攻撃霊術を練っていく。中空にオレンジ色の澄んだ光球がひとつ、またひとつと設置される。

 弟の得意とする本来の霊術とは既に言うまでもなく光――光球は準備完了とばかりに膨らみ、そして放たれた。

 波長の揃った光は霊的な熱量と破壊を伴った光線レイとなって収束し、鎧を貫通……通過点にある戦士たちの頭蓋を破壊し突き抜けてから、霧散した。

 鎧が全て倒れ。くっくっくと、弟の笑いだけが響く……いや、それだけではなかった。

 ふと、他の物音があることに気付き、弟がその方向を向く。

 そこからは――かつ、かつ、と。

 靴音と共に。

 女が――


  ❖


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