Beyond Vanish

大葉区陸

駆ける伝道者

Introduction

「だから。アナタこの街を出たことあります? ないでしょう」

 そう、気の抜けた声で女が問うてくる。

 それは確かにない。俺はこの街から出たことがない。旅行だなんだと出かける気にもならない家庭に育った身であり、別段それを苦に思った事もない人間だからだ。

 しかし――行った事がない場所であるからと言って、世の中を全く知らぬわけでもないだろう。

 だから信じられなかった。

 この街の外が、日本どころか地球ですらない――そんな事実は。

 目の前に広がる馬鹿みたいに大きな、黒い森。後にそれが「闇刻み」と言われる、国家群も手を出せぬ一種の不可侵領域とされる大森林であることを私は知るのだが……それを不自然に隆起した高さの地面から見渡す。

 隣には退屈げに掌を開いたり閉じたりして、関節をごきりごきりと鳴らす女が居た。

 不自然に高くなった地面。それは彼女のチカラによる物である。

 物質改造をされた人型兵器カーレン。それはこの街に隣接する異世界にとっても紛れもない異形であり……ただの人間だと思い込んでいた自分にとっては完成品と言うべき先輩でもあった。

 そう、この世界の裏で暗躍する組織であり、誰も知らない街の支配者――越境連盟の構成員。

 俺の名は吉戸きっど正次せいじ。新人の物質改造者だ。


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