3

 日が変わって——。

 わたしは憂鬱の気分のまま、葵くんたちとまた港に行った。恵比寿様は、やっぱり同じ場所にいてくれていた。

 わたしたちは、恵比寿様に三度目の挑戦をした。

 だけど……。わたしの竿には、魚は全然かからない。どうしてかな。わたしの釣竿にだけ、なぜか魚が寄ってきてくれないの。この調子だと今日も一匹も釣れないで、また負けちゃうよ。

 そんなわたしとは反対に、すっかりコツをつかんだ葵くんは、ひょいひょいと魚を釣っていく。

 だけど葵くんと同じくらいのペースで、恵比寿様も魚を釣り上げていく。わたし一人だけがまだゼロ匹だ。一匹も釣れない。

 このままだと勝負にまた負けちゃう。わたしってば、すっかり足手まといだ。

 お願い、一匹でもいいから釣れて……!

 わたしは心の中で必死に祈る。けれど、それでも魚はかかってくれない。

 その隣では葵くんが十匹目の魚を釣り上げた。だけど恵比寿様は、十一匹目を釣り上げる。

 だめだ、今日も負けちゃう。ううん。もしかしたら一生勝てないかもしれない。そしたら神様全員が皇神社に戻って来てくれることも……。

「……ごめんね、葵くん」

「はあ? なにがだよ」

「だから、お魚、全然釣れなくて」

 わたしは、じっと水面を見つめながら、

「役立たずでごめんね」

と、もう一度告げる。

 葵くん、怒ってるよね。だって今日で三日目だもん。一日も早く神様を集めたいのに、こんなところで、くすぶっちゃってるんだもん。

 葵くんの顔を見れないでいると、葵くんの、「はあ」というため息が聞こえてきた。葵くん、やっぱり怒ってる。

 そう思っていると葵くんは、

「なんだ、気にしてたのか?」

 わたしは素直にうなずくと、葵くんは、

「誰にだって向き、不向きはあるだろ。それを責めたって得意になる訳でもないし。仕方ないだろ」

 そう言ってくれた。

「それにお前、いつも一生懸命じゃん。二柱の神様が集まったのも、お前のおかげだ。だから。気にするなよ」

 葵くん、そんな風に思ってくれていたんだ……!

 葵くんのその言葉に、心臓が、どくんと一つ脈を打った。

 どくどくとその余韻に浸っていると、葵くんは、ぐにゃりと眉を大きくゆがめて、

「なんだよ。お前こそ、オレのこと鬼とでも思ってるのか?」

 心外だという顔をする。そこまでは思ってないけど、でも、ね。

 思わず笑っちゃうと、葵くんは、ますます眉間にしわを寄せた。

 だけど葵くんは急に顔色を変えて、

「おい、水引。糸、引いてるぞ!」

と叫んだ。

「えっ……?」

 葵くんの言う通り、竿の先の糸を見ると、くいくいと下に向かって引かれていた。うそ、魚がかかったの? どうしよう!

 魚は、ものすごい力で糸を引っ張り出す。竿ごと持っていかれちゃいそうな勢いだ。

 ついあせっちゃうと、

「いいか、水引。あせるなよ」

と葵くんが一緒に竿を支えてくれた。

 わたしは重たいリールをそれでも手に力を込めて巻いていく。ぐいぐい、ぐいぐい、途中で糸が切れちゃうんじゃないかな。そう不安になりながらも必死に糸を巻き続ける。

 リールを巻ききると、魚が、ばっしゃーん! と、すごい勢いで水面から顔を見せた。

 やっ、やった。やっと釣れた……!

 魚は元気良く、びちびちと地面の上で大きく跳ねる。そのせいで魚の表面に付いていた水が、魚の動きに合わせて四方八方に飛び散った。

 恵比寿様は、わたしが釣り上げた魚を見て、

「ほう。この辺りの海の主じゃな」

と言った。

「海の主?」

「左様。王様のようなものじゃ」

 恵比寿様は、ほほほ……と朗らかに笑った。

 ここで制限時間になり、わたしたちは釣った魚の数を数えていく。

 恵比寿様は十四匹で、わたしは、さっき釣った、海の主一匹だけだ。だけど葵くんは十四匹も釣り上げてくれていた。

 あれ……。ということは、わたしの一匹と葵くんの十四匹で、合わせて十五匹だから……。

 わたしは葵くんに顔を向ける。葵くんもわたしの顔を見て、

「やっ……、やったあっ……!!」

「よっしゃあーっ!!」

 同時に大きな声を上げた。

 葵くんは恵比寿様に勝てて、よほどうれしかったみたい。こんなにも笑ってる葵くん、初めて見た。

 勝負に負けた恵比寿様も、わたしたちと一緒になって笑ってくれて、

「楽しかったぞよ」

 そう言うと恵比寿様は、葵くんが持っていた御朱印帳に手をかざした。ページはひとりでに開き、その中に恵比寿様は飛び込んだ。するとページは光り出し、恵比寿様の名が刻まれた。

 神様との縁が、——繋がった。

 真っ赤に燃えたお日様が、海に向かってゆっくりと沈んでいく。日の色を受けた海も橙色に染まっていて、とってもきれいで。

 そんな海と空を眺めながら、わたしと葵くんは、肩を並べて帰って行った。

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