第三柱:恵比寿様
1
五年生に進級して、新しいクラスに——、春日くんと同じクラスになれて。少しずつだけど以前より春日くんとの距離が縮まっているような気がする。
今日も春日くんが朝一番に顔が合うと、
「水引さん、おはよう」
とあいさつしてくれた。
朝から春日くんと話せるなんて幸せ……! 最近、良いことづくめで、なんだかこわいな。
なんて思いながら自分の席に着いてランドセルの中身を机に移していたら、
「水引さん。ちょっといい?」
その光景に、わたしの体は石みたいに、びしりと固まる。だけど本宮さんたちは、「顔を貸して」と繰り返す。
「ちょっと、本宮さん。心結に用事? なあに?」
騒ぎに気付いた千早ちゃんが、わたしと本宮さんの間に入ってくれた。千早ちゃんの後ろには、心配そうな顔をしている梓ちゃんもいる。
本宮さんは千早ちゃんの方に視線を向けて、
「
と、きっぱりと言った。
「関係ないって……。人に言えないようなことなの?」
「葦原さんには関係ないからだって言ったでしょう。私が用があるのは、水引さんなの」
千早ちゃんと本宮さんは、ばちばちと火花を散らし合う。
わたしは、あわててイスから立ち上がり、
「千早ちゃん、わたしなら大丈夫だから、ね」
千早ちゃんにそう言い聞かすと、わたしは本宮さんたちの後に素直に続いて教室を出る。
新しいクラスになってからまだ数日しか経っていないけど、積極的ではっきりとした性格の本宮さんは、もう女子のリーダー的存在になっていた。
そんな本宮さん率いる彼女の付き人たちが、わたしに一体なんの用だろう……って、そんなこと、訊かなくても分かってる。一体どこまで行くんだろう……。心臓がどくん、どくんと不安で揺れる中、着いた先は人気のない空き教室だった。
教室の中に入り、ぴしゃんと扉が閉められると、本宮さんは大きな瞳をつんととがらせて、
「水引さんって、葵くんのこと、好きなの?」
とド直球に訊いてきた。
わたしは即座に首をぶんぶんと横に振る。
「それじゃあ、どうして葵くんとばかりいるの?」
「それは……」
じっと、わたしのことを見つめてくる本宮さんたちから、わたしはふよふよと視線をそらす。
まさか神様集めのためだなんて、そんなこと言えないよね。言ったところで信じてもらえないだろうし、「変な冗談言わないでよ!」って、かえって怒られちゃうかも。
一つ本宮さんたちは誤解してるけど、わたしからじゃなくて、葵くんの方から寄ってくるのに……。目当ては、わたしじゃなくて神様だけど。
わたしは悩んだ末、
「わたしが葵くんの家の神社の大切なものをだめにしちゃって。それで、その責任をとって、いろいろお手伝いしてて……」
しどろもどろながらも、どうにか言い訳を述べる。当たり障りがないよう、それも本宮さんたちが納得してくれるように説明するのって、とってもむずかしい。
一応、本宮さんは、「そうなの」と口先では言ってくれた。でも顔は納得してくれていない。小声でひそひそと、「本当かなあ?」と、みんなで言い合っている。
どうしよう。これ以上は、なにも言えないよ。
大体、わたしが好きなのは葵くんじゃなくて、春日くんなのに。そのことを話したら、本宮さんたち、分かってくれるかな。でも、もし他の子にも言い触らされたら嫌だな。その上、春日くん本人の耳にまで届いたら、学校に行けなくなっちゃうよ!
本当にそれだけだから、とわたしは本宮さんたちに何度も言い聞かせる。すると予鈴が鳴ってくれたので、本宮さんたちもそれ以上の追求は止めてくれた。
だけど教室への帰り道、
「神社のお手伝いって言うけど、ちゃんと葵くんの役に立ててるの? 水引さん、鈍臭そうだけど」
と本宮さんが訊いてきた。
葵くんの役に……。わたしの胸は、ずきりと軋んだ。
本宮さんの言う通り、わたし、葵くんの役に立ててるのかな……? そもそも、わたしのせいで神様集めをすることになっちゃったんだよね。
本宮さんの言葉が、べったりと頭の中に張り付いて離れない。真っ白なペンキで塗りたくったみたいに。
それをはがせないまま、わたしは重い足取りで教室の中へと入って行った。
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