好きな人に好かれるブック!

 のぞみは、今、初めて恋をしている。

 同じクラスの新太あらたくん。

 勉強も、スポーツもできて、クラスの人気者だ。

 望は今まで、恋をしたことがなかった。

 周りの女子たちの恋バナを聞いているだけで、幸せだった。

(自分はまだまだ、恋なんてできそうにないな……)

 そう思っていたのは、つい数ヶ月前までのこと。

 中学生になり、数ヶ月経った今。彼女は新太くんに恋をしている。


 そんな彼女に、チャンスが訪れた。

 望のクラスでは、毎月席替えが行われる。

 席替えは、クジで決まるのだが今日、望の隣の席に、新太くんがやってきたのだ。


「神様、ありがとおおおおお!」


 心の中で、望はそう叫んでいた。

 なんとか席を替えてほしい女子が何人か声をかけてきたが、断った。

 だって、自分たちだって最初からこの席だったら、断るに決まっているから。

 

 るんるん気分で席に着いた彼女。けれど、自分の致命的な短所に気付いたのだ。

 彼女は、男の子とあまり話したことがない。

 そのため、せっかく隣の席になっても、何を話せばいいのか、どう話しかけたらいいのか、ちっとも分からなかったのだ。


「ああ、終わった。……一言も、話せずに一日が、終わった……」


 まだ席替えして一日目。まだまだ時間はある。

 けれど、時間はあっても勝手に会話できる力はつかない。

 そして時間は待ってはくれない。

 望は途方にくれていた。


「なんや、青春やなぁ」


 とぼとぼと歩く学校の帰り道、突然声をかけられた。

 振り返ると、そこには派手な格好の少女が立っていた。

 ピンクと紫色の髪をしたその少女は、望の方へ歩いてきて行った。


「その顔、いかにも恋する乙女って感じやな」

「……残念ながら、うまく行ってない乙女の状態ですけどね」


 そうすらすらと言葉が出てきておどろく。

 いつもなら、すぐに言葉なんて出てこないのに。


 びっくりしている望をよそに、少女はニカッと笑う。


「アンタにぴったりの本、見つけたる」

「私に、ぴったりの本……」

「ウチ、ジーニって言うねん。ジーニちゃんって呼んでな」


 そう言いながら、少女……――、ジーニは背負っていたリュックサックを地面に降ろした。


 リュックサックを開くと、小さな本棚が姿を現した。

 本棚の中から一冊飛び出た本を、ジーニは開く。


『望は、中学生になって初めて、恋をした。今まではマンガやアニメを見るのが楽しみだった彼女。その彼女に現実世界での『推し』が誕生したのだ。望は現実世界の『推し』を見るため、毎日の学校が楽しみになった。推しのどんな姿を見ても、幸せな気持ちになり、ああ、推しとお話できたらいいのに、と思うようになった。そんなある日、ついに彼女は席替えで推しの隣の席をゲットする。飛び上がるくらい喜んだ彼女だったが、うまく推しに話しかけることができず、落ち込んでいた。よく考えたら今まで、男の子とまともに話をしたことがなかったのだ。彼女が今までやってきたゲームは、恋愛シミュレーションゲーム。恋愛趣味レーションゲームでは、攻略対象の男の子の好感度を上げるために、様々な会話から、選択肢を選ばなくてはいけない。選択肢によっては男の子に嫌われること、反対に好かれることもある。一つ一つの選択肢でそういった判定が行われるので、慎重に選択肢を選ぶのだが。現実世界での会話において、選択肢は勝手に出てこない。自分の頭の中で選択肢を用意して、その中から選ぶことはできても、最初から用意されているわけではないのだ』


「ほうほう。つまりは、ゲームでしか男の子とまともに話したことがない女子が、なんとか男の子とお話をできるようにしたい、という心温まるストーリーなんやな」


 望はまるで自分のことが書かれているような本を、じっと見つめた。

 ジーニは望を見上げて言った。


「アンタにぴったりの本、見つけたるからついといで」


 彼女が本を元通りに直すと、リュックサックに大きな穴が現れた。

 その中に、ジーニは何のためらいもなく飛び込む。


 望は少し悩んだ。

 正直、自分の力で明日から彼と話せるようになるとは思えない。

 少しでもいい、何か、きっかけが欲しい。

 そのきっかけがこの穴の先にあるのなら。

 飛び込むしかない!


 望は勇気を出して、穴の中に飛び込んだ。


「初恋か、ええなぁ」


 ジーニと望は、ゆっくりと落下していた。


「恋愛シミュレーションゲームをいっぱいしてたってことは、恋がしたかったってことやんな?」

「そういうわけではないんです」


 望は首を横に振る。


「もちろん、恋がしたくて恋愛趣味レーションゲームをする人もいると思います。でも私は、そこに出てくるキャラクターが好きだから、推しを眺めるためにプレイしてたんです」


 読書好きの中にも色々いて。

 冒険ファンタジーが好きな人すべてが、実際に冒険に出たいわけではなく。

 自分自身が冒険に出られないからこそ、物語の中で主人公と一緒に冒険の旅に出たいという人もいる。

 物語の中であれば、自分が実際に命を失うこともない。

 けれど、冒険に出たという気持ちだけが、読書で得られる。


 同じように恋愛趣味レーションゲームをする人たちも、『好き』の形が色々ある。

 そう、ジーニに伝えたかった。


「そうか。勘違いしてたわ。別に恋愛趣味レーションゲームが好きやからって、恋愛するの自体が好きとは限らんのやね」

「まぁ、自分が絶対できないであろうイケメンとの恋愛ができるのもウリの一つですけどね」


 ジーニは、望に向き直って言った。


「それじゃ、聞くわ。……アンタに必要な本って、どんな本や?」

「選択肢をくれる本です」


 すらすらと言葉が出てきた。


「恋愛シミュレーションゲームでは、攻略本があって選択肢の正解が分かります。けれど、現実の恋愛や、人生には選択肢はなくて、選択肢自体を自分自身で考える必要があります。もちろん、選択肢なんてなくても勝手に選べることもあるかもしれません。でも、選択肢の中から答えを選びたいときもある。そういう時に、選択肢を用意してくれる本が欲しいんです」


「アンタの必要な本、理解したで」


 ジーニが指を鳴らす。すると、二人はいつの間にか地面に着地していた。

 所せましと並んだ本棚の中に、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた本。

 その中で望は一冊、光っている本を見つけた。


「見つけたみたいやな、アンタだけの本を」


 ジーニが笑う。


「私だけの本」

「せや。ここに来た人はみんな、ここにある本のどれかの持ち主になるためにやってくる。でも、これだけたくさんの本の中から目的の本を探すのは大変やろ。せやから、持ち主になってほしい人に気付いてもらうために、その人にだけ分かるように、本が光るねん」


 本が光る。それは、なかなか信じにくいものではあった。

 しかし、望の目の前にあるこの本は、確かに光っている。

 他の本棚を見回しても、光っている本はない。

 つまり、ジーニの言う通りなら、この本こそが、望を持ち主に選んだ本、ということになる。


「本が、生きてるんですね……」

「まぁ、そういうことやな。人間が持ち物を選ぶように、本もまた、持ち主を選ぶ権利がある。ウチがやってるのは、新しい持ち主がほしい本たちに、新しい持ち主を連れてくる仕事や」


 ジーニが得意げに鼻を鳴らす。

 望はそっと、光っている本を本棚から抜き出した。

 すると、本はふわりと浮いて、ジーニの手元におさまる。


「ああ、この本。つい最近ここへ来た本やったんやけど。よかったな、すぐ新しい持ち主、見つかったやん」

「え……」


 おどろく望に、ジーニは本を見せてくる。


「これは、『かわいい女の子になりたい』っていうタイトルの本や。タイトル通り、かわいい女の子になるために、どんな服を着るといい、とか色々書いてある本や。ただ、元の持ち主は一度もこの本を読んでへん。この本より、妖怪図鑑が好きやったからな」


 妖怪図鑑、と聞いてふと望は思い出す。

 そういえば、今日初めて同じ班になった友理奈が、そういう本を持っていた気がする。タイトルは確か、『目に見えないもの図鑑』。


 もしかしたら、友理奈もジーニに会って、自分に合う一冊を手に入れたのかもしれない。今度話をしてみよう、そう思った。


「ここでは、代金は必要ない。必要なのは、今アンタが必要としている本と、必要でない本。それだけや」

「必要じゃない本……」


 そう呟いた彼女の手元に、一冊の本が現れた。

 その本は、おばあちゃんが昔、買ってくれた本だった。

『新聞に載っていて、テレビでもやっていたのよ』

 そう自慢じまんげに言いながら渡されたその本は、少し望には難しすぎた。

 そのため、数ページ読んでそれからは、本棚にしまったままになっていた。


「うん、うん。……本自体には思い出はありそうやけど、今は必要ないみたいやな」

「はい」


 タイトルは、覚えている。必要なら、もっと大人になってから読めばいい。

 そう思い、望は大きくうなずいた。


「それじゃ、交渉成立や」


 ジーニがそう言ったのと同時に、望の本だったものは浮かび上がり、本棚に入っていった。

 そして、ジーニの腕の中に納まっていた本が、さっきよりさらに、光り始める。

 光が収まった時、ジーニの腕の中にあったのは、全く別の本だった。


 タイトルは、『好きな人に好かれるブック!』。


「それじゃ、この本について簡単に説明するわな」


 ジーニが望に向かって言う。


「この本は、開けばアンタの好きな恋愛シミュレーションゲームのように、選択肢を出してくれるんや。相手は、ラブな人でもライクな人でもええ」

「ラブな人と、ライクな人……?」

「せや。ラブは、愛している人、やね。ライクな人は、尊敬している人や、友達になりたい人、大事にしたい人間関係の人全部を含めるねん」


 ジーニが言うには、好きな人だけではなく人間関係すべてに使えるすごい本だということが、望には分かった。


「当たり前やけど、本の出した選択肢が全てちゃう。自分で選択肢を考えられるようになったら、本を見なくてもええ。あくまで参考程度に使うんやで」

「はい」


 話題を作ったりできるようになったら、使うのはすぐにやめよう、そう彼女は思った。


「まいど、ありがとうございます。本と、そしてあなたが幸せでありますように」


 その言葉を聞き終わるのとほぼ同時。

 望は通学路に戻ってきていた。

 腕には、『好きな人に好かれるブック!』を持っていた。


 次の日、さっそく、教室に新太くんが入ってくるのを見計らって、望は本を開いてみた。

 その状態で彼の方を見ると、選択肢が四つ、本の中に浮かび上がってきた。

 その中から一つを選び取り、望は話しかけてみる。


「お、おはよう……」

「おう、おはよう」

「今日の宿題、終わった?」

「それがさ、一つできてねぇのがあって……」


 新太が頭をかく。あわてて選択肢を見ようとした望。

 けれど、これはすぐに答えが出せると思い言った。


「よ、よかったら……、あたしの宿題、見る?」


 答えを写していいよ、とは言いにくい。

 だから、参考程度に見ていい、と伝えたかったのだ。


「え、ホント!? 助かる! お礼に今度、そっちが宿題忘れた時、助けるな」

「う、うん。……ありがとう」


 そして、今度は斜め後ろの席の友理奈を見た。

 すると、本が心なしか喜んでいるように見えた。

 ページのまわりに花やハートが浮かび上がっている。


 昨日、ジーニに会ったとき、そしてこの本をもらった時、彼女が言っていた。


『この本は、最近ここに来た本で、元の持ち主は妖怪図鑑が好きな女の子だった』と。

 きっと、目の前にいる友理奈がこの本の元の持ち主だったに違いない。

 そう彼女は思っていた。

 本に、新しい選択肢が浮かび始める。

 友理奈は、最近ずっと読んでいる本を今日も読んでいる。


 現れた選択肢は四つ。

『今読んでる本のこと』

『今日の宿題、難しかったよね』

『今日の体育、バレーボールだって』

『自分の本のこと』


 いきなり、相手の本の話をすると警戒される。

 相手のことを知りたければ、自分から。

 そう思って、自分の本の話を選択する。


「友理奈ちゃん、あのね。昨日、不思議な本を手に入れたの」

「え……」


 友理奈が顔を上げる。少なくとも、興味は持ってくれたように感じられた。

 望は小声で、友理奈に自分が手に入れた本の話をした。

 そして、友理奈が興味を持ってくれているのを確信したあと、その本の元の持ち主の話をした。


「それ、私の本だった……かも」

「そうだよね、そうだと思った!」


 これをきっかけに、教室に友達がいなかった望は、友理奈という友達を手に入れた。

 友理奈もまた、望という友達を手に入れた。

 望は、目に見えないものたち、妖怪たちを気味悪がったりしなかった。

 友理奈、友達が好きなもの、そういうものが好きな人もいると相手にも興味を持った。


 そして、宿題の話から新太とも望は仲良くなった。

 残念ながら、新太には好きな人がいた。

 そのため、告白こそしなかったが、恋の相談をしあう仲になった。


 大人になっても、望は『好きな人に好かれるブック!』を持ち歩いた。

 初対面の人と話をしないといけないときは、どうしても緊張する。

 そのため、少なくとも最初は選択肢に頼ることにしているのだ。


 『好きな人に好かれるブック』というタイトルだが、苦手な人間にも使えることが、使っていて望にも分かっていた。

 たとえ苦手な人であっても、嫌いな人ではない。人間関係は持っておきたいという望の願いに、本は答えてくれた。

 本というお守りを手に入れた望は、人間関係を円滑に行うことができ、好きな仕事を楽しくこなすことができたそうだ。




 


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