第12話 クリーム・ブリュレ
☆☆☆
それから一週間ほど経った。
私はあれ以来ずっと木乃葉とまともに会話していない。幸か不幸か近くでヴィランの襲撃もないから、マンゴープリンちゃん状態の木乃葉に遭遇したこともない。相変わらず木乃葉は家でぐうたらしてるだけだった。
そして今日もお母さんにおつかいを頼まれて、学校帰りにスーパーに寄っていたのだが、そこで私は意外な人物に遭遇した。
「あ、遥香ちゃんじゃん!……久しぶり〜」
「……こんにちは、楓花ちゃん」
魔法少女【コットンキャンディー】の楓花だ。彼女は買い物かごを持って店内を歩いていたようで、偶然私を見つけたようだ。
「こんなところで会うなんて奇遇だねぇ〜。なに買いに来たのぉ〜?」
「え? あぁうん、夕飯のおかずを買いにね。楓花ちゃんは?」
「わたしはお菓子の材料だよ。明日は友達の誕生日パーティーがあるからケーキ焼くの」
「へぇ、そうなんだ。楓花ちゃん料理上手なんだね」
「ふふん、まぁね〜。遥香ちゃんも今度一緒に作ろうよ。わたしが手取り足取り教えてあげるよ?」
「いや、遠慮しておくかな……」
「そんなこと言わずにさぁ。あ、そうだ! この後ちょっと時間あるー?」
自然な流れで私からまたしてもマンゴープリンちゃんの情報を聞き出そうとしている。
この前は木乃葉のことを考えて秘密は守ったけど、あいつは自分のことを守らなくてもいいと言っていた。だから、楓花に協力してマンゴープリンちゃんのことを話してしまうのもありかもしれない。それに、彼女なら気まぐれな木乃葉と違って信用できる気がする。
「いいよ。じゃあお菓子でも食べながらお話しよ?」
「やったー! それじゃあさっそくスイーツカフェに行こ! 駅前にいいお店があるのー!」
「わかったから引っ張らないで……」
私は楓花に腕を引っ張られながら、彼女に付き合うことにした。
「お待たせしました! 季節のフルーツタルトとチーズケーキになります! ごゆっくりどうぞ!」
店員さんがテーブルの上に注文した品を並べると、私たちは早速ケーキを食べ始めた。
「美味しいね! ここのケーキ屋さんのお菓子はどれも絶品なんだよぉ」
「確かに。甘さ控えめだけどすごくおいしい……」
「でしょ〜? 甘いものが苦手な人でも食べられるようにって工夫されてるんだよ」
「……なるほど。そういうところまで考えて作られているんだ」
「やっぱり遥香ちゃんは話がわかるなぁ。あのさ、一つ聞いてもいい?」
ほらきた。どうせマンゴープリンちゃんのことを聞かれるに決まってる。私は身構えた。
「う、うん。いいよ」
「遥香ちゃん、魔法少女になる気はない?」
「ええっ!?」
予想外の質問に思わず大きな声を出してしまった。
「ど、どういうこと……?」
「そのまんまだよ。遥香ちゃん、素質ありそうだったから勧誘してみたの」
「そ、それは嬉しいんだけど……。どうして私なのかな?」
「ん〜、なんとなくだよ。直感っていうかぁ。強いて言えば、ショッピングモールでのあの行動力かなぁ……。遥香ちゃんならきっと強い魔法少女になれるし、わたしも心強い」
確かに、私が自分で自分の身を守れるようになるのはいいことかもしれないし、今まで木乃葉や緋奈子を守ったり、一緒に戦ったりできないのをもどかしく感じていたところはあったので、悪い話ではないのかもしれない。
「でも、魔法少女ってそんなに簡単になれるものなの? なんか強い願いとか、ちょっとしたきっかけがあったり、変な生き物と出会ったりしなきゃいけないって聞いたことあるけど……」
「実はね……」
私が疑問を呈すると、楓花は身を乗り出しながら小声で耳打ちしてきた。
「魔法少女協会で、人工的に魔法少女に開花させるアイテムが開発されたの」
「えぇっ!? そんなのあるの?」
「もちろん極秘情報だよ。わたしも最近知ったばっかりだし……。それで、遥香ちゃんにはそれを試してみて欲しいなって思ってるの。どうかなぁ?」
「…………」
「まだ実験段階だけど、成功すれば魔法少女が不足している今の状況を打開することができる。だから、遥香ちゃんには人工的な魔法少女の最初の一人になってほしいの」
要は実験台になれってことだろうか。でも、力が欲しいのは事実だし……。
私は悩んだ。そして、決断した。
「わかった。話だけは聞きに行ってあげる」
「ほんと? ありがとう!」
楓花が笑顔を見せる。本当に嬉しそうだ。
「じゃあ明日の放課後、学校に迎えに行くから。詳しい話は協会本部でするから」
「うん、わかったよ」
こうして私は、楓花に連れられて魔法少女協会なるところに行くことになった。
☆☆☆
翌日、私は色々考えた末に昨日楓花に持ちかけられた話を緋奈子にすることにした。
私が人工的な魔法少女になると話した瞬間、緋奈子の表情が変わった。
「えっ、それって大丈夫なのハルちゃん?」
「なにが? 魔法少女協会が開発したものだから大丈夫じゃない?」
「でも、魔法少女って力を得る代わりに大抵なにか大切なものを失っているの。だからその……人工魔法少女っていうのもノーリスクってことは考えにくいんだけど」
「大切なもの……?」
なにを失うというのか。それがわからない限り、判断はできないだろう。
「たとえば酷い場合だと、魔法の力を使えるようになった代償に人としての心を失い、人間の姿から動物のような姿に変化したり、感情がなくなったりするらしい。 ヴィランの中にはそうやって生まれたものもいるらしいよ」
「えっ……!? そうなの!? じゃあヒナちゃんやマンゴープリンちゃんもなにか大切なものを失ってるんだ」
「うん……。でもね、自分のことについてはもう受け入れてるんだよ。私たちはみんな何かしらの犠牲を払って魔法少女になったわけだからね」
「そっか……。ちなみに、緋奈子は何を失ったの?」
「うーん……、秘密かな。まぁ、いつか話す時が来ると思うけど……」
そう言って、緋奈子はどこか寂しげに笑った。
「でね。人工的に魔法少女になるってことは、そういうリスクを負わなければならない──もしくは、そうじゃなかったとしても、何かしらのデメリットがあるはずなの。ハルちゃんはそれでも魔法少女になりたい?」
「……私は」
私はしばらく考えて答えを出した。
「なりたい。このまま何もせずに後悔するのは嫌だ。それに、このままヒナちゃんやマンゴープリンちゃんたちに守られてばかりなのも嫌」
「ハルちゃん……」
「それに、私の力を必要としてくれる人がいるなら、それに応えたいとも思う。だから私、なるよ」
私は緋奈子の瞳をまっすぐ見据えながら答えた。
「……そこまで真剣に考えてるなら止めないよ。ただ、一つだけ約束して。絶対に無理はしないって」
「うん。約束する」
それでも緋奈子は不安そうだった。
「そんなに私頼りないかな……。新米だけど、ハルちゃんのこと精一杯守るって決めてたのに」
「ううん、そうじゃないよ。私もヒナちゃんと同じところに立って、同じ景色がみたい。そう思ってる」
「そっか……」
「でも、心配してくれてありがとね」
「どういたしまして。ハルちゃんも頑張ってるもんね。応援するよ、どんな形になってもね」
「うん。ありがとう……」
私は緋奈子と握手を交わし、固く誓い合った。
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