第29話

 事態に気付いたレクトアが駆け寄ってきて、地面に落ちた銃に気付く。彼女はなにかを言って久悠を抱きしめたが、その言葉は久悠には届かなかった。

 人に銃を向ける。それは本来の使用方法とは異なる猟銃の扱いだ。だれかの通報によって駆け付けた警察車両がパトランプを回して地上や上空からやってくる。一人の警察官が猟銃を拾い上げ、幸いにして実弾は装填されていなかったことを確認する。殺人未遂の線は避けられそうだなと、その警察官は別のだれかに話していた。しかし、どんなに軽くても久悠の銃所持取り消しは確実だった。

 おれは一体なにをしたのだろう。

 久悠は考えていた。

 元々、久悠は竜を殺す仕事をしていた。野生竜を駆除する生業にはいくつかの呼び名がある。猟師。賞金稼ぎ。竜撃ち。そのうちどれを名乗るかは、その人次第だった。

 久悠は猟師だった。しかしその前は、どこにでもいる学生だった。特に論文を書くでもなく、研究に打ち込むでもなく、大手企業への就労訓練所として大学に通っていた。友人は多くも少なくもなく、恋人はいたりいなかったりし、たまにアルバイトをして、奨学金というローンを借りて生活費に充てながら、大した不自由なく暮らしていた。けれど、学生はどこか孤独だった。友人らと飲みに出かけバカ騒ぎしていても、今では名前も忘れてしまった恋人と薄暗闇の中で抱き合っていても、得体の知れない寂しさが込み上げていた。

 竜を飼ってみてはどうだろう。

 両親から勧められて、学生でも飼える小型竜の飼育をはじめた。ペットショップで一目ぼれしたニホンカナリヤリュウという鳴き声が鳥のように美しい竜だった。鱗は緑色で、生まれたばかりのその竜はまだハムスターよりも小さかった。小動物用のケージに入れて、時々入れ替わる恋人と一緒に仲良く世話をした。

 一年もすると、その竜は猫よりも大きくなった。食欲も体力も好奇心も増して、学生一人では手に負えなくなりはじめていた。しかし当時、それはどこにでもいる学生のよくある悩み事だった。竜の里親を探そうにも窓口は常にパンク状態で、シェルターも順番待ちの状態。保健所は竜の死に直結していると噂があったので、問い合わせることは憚られた。とはいえ、野山に捨てることも社会問題化しはじめていて抵抗がある。そこで久悠は、この竜を生産しているブリーダーを訪ねることにした。ブリーダーは竜のDNAをデザインしたデザイナーその人であったり、また別の人であったりする。ニホンカナリヤリュウのブリーダーはデザイナーから生産を請け負っている人物のようだった。貯蓄したバイト代をはたいて新幹線にのり、山陰の山奥の街へと出かけた。一匹くらい戻しても迷惑は掛からないだろう。久悠はそう安直に考えていた。だが、それは間違いだった。

 久悠が訪れたのは、人里離れた山の中だった。一目から避けるようにして建てられた家が一軒。その裏手に手作りの小屋が並び、そのうち一つには胚の培養設備と、それ以外の小屋には冷たい鉄製の檻が積み重ねられていた。久悠が家のチャイムを鳴らす前から、どこかから男の罵声が響き、本来美しいとされるニホンカナリヤリュウの鳴き声はどれも叫び声のように悲痛だった。久悠が家の裏手に回ってみると、途端に腐臭が鼻をついた。森と庭の境目付近に穴が掘られ、そこに霧状となった蝿かなにかが群れを成して飛んでいる。

「また出来損ないかよ! クソが!」

 今度は罵声が明瞭に聞き取れた。男の姿も確認できた。まだ生まれたばかりの小さな竜を両手で真っ二つに折り、鈍い音がして、それを先の穴に投げ入れていた。あとで知ったことだが、その穴に投げ入れられた竜の死骸は竜専用のペットフードの素材として活用されているらしい。当時の久悠はその光景に衝撃を受け、とてもじゃないが自分の竜を任せることはできないと悟った。殺されなかった竜たちも、ペットショップに出荷されるまでにどんな虐待を受けているかわからない。ACMSに通報したが、それが竜の生産現場の実態だと言われ相手にされなかった。もはや竜は、野山に逃がすしかない。久悠は近隣の山へと足を踏み入れたが、そこで道に迷って遭難した時、フィンベア338口径マグナムを持つ彼と出会ったのだ。

 久悠は一週間、警察の拘置所に拘留されていた。そこで何度か取り調べを受け、猟師になった経緯や猟銃の入手方法について何度も同じことを聞かれ、何度も同じ回答をした。ACMSはことを穏便に済まそうとしてくれているようで、特に被害届等は提出されない見込みだった。そのため久悠に対する刑事罰は科せられないことになったが、しかし、猟銃及び空気銃の所持に関する法令に則り、久悠の猟銃所持資格は剥奪された。

 久悠の両親とは連絡がつかない。父も母もすでに離婚し、それぞれ再婚して別の家庭を持っていた。そのため身元引受人をだれにするかと警察官から聞かれた時、何人かの知り合いに連絡を取ってもらった。

 レクトアとは連絡がつかなかった。彼女は久悠とはまた別の問題で多忙のようだった。マイナも同様で、久悠からの依頼には応じられない状況であるらしい。不思議とウェルメも連絡に出ず、かといってタールスタングに依頼するのはありえないことだった。頼れる人物がいないことに久悠が気付いた時、一人の男が久悠の身元引受人として手を上げた。ラツェッドだった。

「やぁ」と、警察署に久悠を迎えにきたラツェッドは軽く挨拶をした。「落ち着いて対面するのはこれがはじめてか。僕はラツェッド。ACMS管理一課の……色々おかしな役職を複数あてがわれる不憫な男だ」

「なんの用だ」と久悠は淡白に聞いた。「聞きたいことがあるなら面会で済ませればよかったはずだ。なんでわざわざ身元引受人なんかに名乗り出た」

「良い機会だと思ってね。結局、リュウやアオについてわからないことが多い。マイナは出勤停止中で、しばらくして日本以外のどこか辺境に飛ばされる予定だ。本部からは、所員は彼女と接触しないよう警告されている。これでも僕はキャリア志向でね。上からの命令には従うよう心掛けている。マイナから情報は聞けない。だからあの竜二匹のことを知るために、君と話をしたかった。たしかに面会でも済ませられるが、取り引きのための駆け引きは性に合わない。恩を売れるなら先に売っておく」

「取り引き? リュウとアオについての情報か」

「あぁ。まぁ、そうだ」

「だったらレクトアに聞いた方がいい。あの二匹の〈メチルロック〉を解除したのは彼女だ」

「彼女は消えたよ」

「消えた?」

「辞任したんだ。再提出すべき正直な報告書を残して、シェルターの管理者をね。界隈で騒がれている〈メチルロック〉解除の研究資料と共に、彼女はどこかに行ってしまった」

 歩きながら話そうと、ラツェッドは警察署から出た。その後を追い、二人はしばらく街中を歩く。道路を半浮遊自動車が走り、時折、水素エンジンの音がすると、もしかしたらレクトアなのではないかと思い久悠は顔をあげるが、それはまったく別のバイクや車だった。

「ACMSはそれで良しとする方針だ」ラツェッドが話しはじめるまでに少し間があったので、一瞬、久悠はなんの話かわからなかった。「シェルターの限度頭数超過も虚偽申告も、正直にやり直してくれればこちらはそれで構わない。簡単な処分は下されるだろうが、不正を牽引した人物もいなくなり、シェルターは晴れて再スタートだ。問題は解決した」

「卵はどうなった」

「卵? なんだそれは」

 レクトアが〈メチルロック〉解除の研究をしていることはどうやら周知のことのようなので、それならもはや隠す意味もないだろうと、久悠は話をはじめた。駆除対象だったセレストウィングドラゴンが卵を産み、それが二つ孵化をした。はじめに久悠の手元でリュウが生まれ、次いでレクトアの元でアオが生まれた。二匹の飼育をシェルターで開始した。遺伝子保護のためにゲノム編集を試みて、現状、後天的な遺伝子の暗号化は成功しているようだった。そんな折、バハムートが産んだ卵の中で、胚が成長していた。

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