【先輩と、一つの真実】



「ところで、きみ、私と出会った日のことを覚えているかい?」


 また唐突ですね……。


「いいじゃないか、たまには思い出話も。私ももうすぐ卒業なんだから」


 ……そうですね。

 もう、丸二年になりますね、先輩と出会ってから。


 高校に入学した僕は、何の部活にも同好会にも入る気が起きず、校内をぶらぶらしていた。

 そんな時に、中学の先輩から、「この学校には秘密のサークルがあるんだ」と騙されて辿り着いたのが、ここ、ミステリー研究会。

 そして、そこにいたのが先輩、あなたです。


 長い付き合いになっちゃいましたね。


「ふふ……」


 ……先輩?

 どうしたんです?


「きみ、嘘はいけないよ」


 嘘?


「普段ならば笑って見逃すところなんだが、今日ばかりは指摘させてもらうよ。何せ、私にはもう時間がないからね。登校日もあと数日だ」


 …………。

 ……何が、言いたいんですか?


「私ときみが出会ったのは、もっと前ってことさ。

 そう、あれは私が高一で、きみが中三の頃だった。きみだって覚えているんだろう?」


 それは……。


「秋の文化祭だったね。

 私のクラスの出し物はチープな演劇で、私はお姫様役だった。

 体育館に造られた簡素なステージ。

 きみは、彼女――中学の先輩と一緒に、最前列に座っていたね。

 あの頃のきみは、今よりももっと髪が長くて、大人しそうな見た目をしていた。

 でも、私を真っ直ぐに見つめるその目は、今と変わらないね。

 気取った風に装っていても、可愛らしい横顔は、あの時のままだ」


 知っていたんですか……?

 いつから……?


「最初から、最初からさ。ずっと、最初から。

 ……舞台の後、少しだけ話したよね。彼女と私が話す間、きみは隣で、恥ずかしそうに俯いていたけれど、ふとした瞬間、言ったんだ。

 『私、凄く感動しました』

 『凄く綺麗でした』

 って。

 今でもはっきりと思い出せるよ。

 ……それが、私ときみとの出会いだ」


 ……そっか。

 先輩、分かってたんですね。


 結構、変わったと思ってたんだけどな……。

 気付いてたんだ……。

 高校デビューじゃないけれど、髪を短くして、喋り方も男っぽくして……。


 あの時の――中学の頃を知る先輩からすれば、バカみたいに見えたんでしょうね。


「そんなことはないよ。少しばかり、驚いたのは否定しないけどね」


 そりゃ驚きますね。

 あんな風に陰気だった少女が、男っぽく振る舞っていたら。


「それも驚いたし、この部室ではじめて会った時、『はじめまして』と言われたことにも驚いたよ。何か考えがあるんだと思って、こっちも、はじめましてと言っておいたけど」


 分からないけれど、多分……。

 出会いをやり直したかったんだと思います。


 自分が誇れる自分になってから、もう一度、先輩に出会いたかった。

 今思うと、何やってんだろ、って感じですけどね。

 でも、当時の自分はそう思っていたんです。


 ……それにしても、よく私だと分かりましたね。

 中学の友達だって誰も分からないくらいの変わりようだったのに。


「伊達にミステリー研究会の部長はやってないよ」


 そっか。


「そうさ」


 ……どうして。

 どうして、今になって、そんなことを……?


 何も言わないまま、気付いていないフリをしたまま、卒業してくれても良かったのに。


「私自身、分からないんだが……。なんだか、フェアじゃない気がしてね」


 フェアじゃない?


「私は、この部室にやってきたきみが、あの時の少女だと気付いていた。

 はじめましてと言われたから、とりあえず調子を合わせておいた。

 そうこうしている内に二人の日々が始まって、他愛もない日常が過ぎていって……。

 そんな時間も、もうすぐ終わる。

 その前に言っておかないと、なんだか、きみを騙したまま別れることになってしまう気がしてさ」


 ふふっ。

 何言ってるんですか、先輩。

 騙していたのは、私の方でしょう?


 ……ううん、ちょっと違うな。

 私が騙そうとして、でも、先輩は引っ掛からなかった。

 これは、それだけのことなんです。


「そうか。それだけのことか」


 そうですよ。

 それだけのことです。


「しかし、これでようやく、心残りがなくなった。悔いなく卒業できるよ。可愛い後輩を残していくのは心配だが、仕方ない。青春とはそういうものだからな。きみ、どうかミステリー研究会の今後をよろしく頼むよ」


 ふふっ、無理ですよ、そんなの。

 ミステリー研究会は私の代で終わりです。


 いえ……。

 私達の代で――終わりです。


「……そうか。それは、残念だな」


 帰るんですか?


「まあね。言うべきことは言ったからな」


 いつもみたいに、送りましょうか?


「ありがたいが、今日は遠慮しておくよ。少しばかり、一人になりたい気分なんだ。きみもそうなんじゃないか?」


 そうかも……しれませんね。


「じゃあ、また」


 はい。

 さようなら、先輩。


 さようなら。



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