1.四日前(1)‐ v

 それはそれとして引っかかったことを小野寺へ訊こうとしたところ、その前に小野寺が続けて言った。


「で、、お前はどう考える?」


 どうもこうも、小野寺が判断しかねるならお手上げ、というのが柴塚の回答だが、柴塚に向けられる小野寺の目は真剣そのものだ。


 小野寺の言いたいことは分かる。

 この噂話、凶器がただのまぐれ当たりならば、正真正銘ただの噂話にすぎない。小野寺の感触ではおそらくこちらなのだろう。

 しかし、まぐれ当たりでないのならば? それは一体、何を意味するのだろうか? どうやら小野寺は一抹の違和感を、捜査に関わりのない流言飛語と切り捨てられないを感じているようだ。


 柴塚の脳の一部が思考に沈み込む。


 柴塚が“犬”と揶揄される要因は、一つには犯人を追い続ける姿勢だが、捜査に関しては妙に直感が働くことが挙げられる。それが“鼻が利く”=“犬”とつながっているわけだ。

 しかし、それはそれこそそう見えるだけで、実のところ、柴塚は直感力に秀でているわけではない。


 そう見える理由は、彼の頭の片隅、脳の一部に、からだ。


 は柴塚と情報を共有して、事実を比較検討し、あるいは経験則から可能性を算定し、柴塚へと推論を提示する。それは必ずしも論理的思考に徹したものとは限らないが、少なくとも柴塚本人よりも理論派だった。が柴塚に指摘し、柴塚と意見を交わし、時には討論を繰り広げることで、端からは直感が働いているように見える行動へとつながっている。


 …………


 ……凶器でまぐれ当たりがあっただけか?


【まぐれかどうかは断言できない。『ビニロンロープ』と『金槌』が指摘されていることは事実】


 だが、犯行声明とやらが無いことも事実だ。少なくともこちらの現場では無かった。


【そこに異論はない】


 そもそも諸説乱立、流言飛語が飛び交う状態らしい。そんな中で凶器が当てられたとしても、真に受ける必要はないのでは?


【ならば、そもそも、それほどまでに拡散するようなネタか?】


 ? ネット上の広がり方が異常だと?


【判断できない。情報及び経験が不足している。しかし、副市長の弟とはいえ一地方都市の事件にすぎない。それほど注目が集まるものか?】


 情報の拡散だと?


【判断できない。が、作為だと仮定すると、その作為は犯行声明実在しないもの、とも取れる】


 ? もしくはと?


【繰り返すが、情報及び経験が不足しているため判断できない。作為か否かの調査及び判断には小野寺が適任と考えられる】


 確かに、自分より適している……


 …………


「そもそも、その噂の拡散は自然発生的なものか?」


 柴塚の呟きに、小野寺が目を数回またたいた。


「あー……そうやな、確かに変か。狙ってバズらせるのは無理やと思うけど、何か不自然な感じもするな。もし仕掛け人がおるんやったら、話が違ってくるか」


 空を見上げるように目を泳がせながら呟いてから、「うっわ気付かんかったわ、何でやねん恥ずかしっ」と手で額を打つ小野寺。


「洗えるか?」


「いや、だから俺は装備係でサイバー対策課ちゃうっつーの……まあ、出来るだけやってみよか」


 腕組みして唸りながらも、小野寺はうなずいてみせる。それから、「お前に訊くと、良く気付かせてもらえるわ」とにこやかに笑ってみせた。

 柴塚はのことは説明してはいないのだが、小野寺は何となく理解しているようだった。


 柴塚の手の煙草が尽きる頃合い、同時にそれは温度湿度共に許容値を超えている重苦しい大気に嫌気が差し始める時だ。柴塚の額にも汗の玉が浮き始め、既に滝汗を拭いている小野寺に「戻ろか。暑いわ」と言われてうなずいてみせる。

 吸い殻を灰皿へ捨てたところに、柴塚と小野寺が出てきた扉が開いて、若い男が二人を見つけた。


「あ、やっぱここっすか」

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