第43話 拡大される屈折



 ──やっぱり。

 前もってミンチルからの推測を聞いていたが、自分の正体を疑いつつも知っている清水の告白を受け小夏はショックで視界が暗くなった。


「姫がおかしくなったのは、タイダルテールが世間に現れたころからでした。前はあんなふうじゃ……あれほどじゃなかったんです」


 画面越しで、清水が沈痛な面持ちで姫子の変化について語る。


「あたし、一年の時はクラスが一緒だったのにあんまり親しくなかったけど、清水君から見てどうだったの? ていうか、なんで清水君は姫子さんと隠れて仲が良かったの?」


「最初はいじめられていた僕を助けてくれたんです。まあ、僕を利用するつもりだったんですが、それはいいんです」

「いいんだ」

「む、むしろ嬉しかったです」

「嬉しい?」

「僕の能力を見込んでくれているわけですから。それに、こう姫に使われるのもいいかと……」

「……お、おう」


 小夏がちょっと画面から遠ざかった。

 

「なんだかよくわからない実験をやらされたり、調べものさせられたり、ちょっと犯罪になるようなこともさせられました。そりゃ、多少怖いところとかありましたけど」


「怖いんだ、姫子さん」

 意外な一面に、小夏は寒気を感じた。あの美少女が怖い様子を想像し、それはそれでいいのでは、と思い身震いする小夏もいた。彼女は清水のことをあれこれ言えない性格である。


「でも、前はもっと優しいというか、どこか怪しいだけで実はそんなに怪しくないというか、ただこうなんていうか……ふへっ」


 清水のだらしなく弛んだ。その男子特有の顔を見て、小夏はエッチなことを想像している顔だと直観的に理解した。

 女の子はこの手に関して鋭いのである。

 

「なにその変顔! あたしの……みんなの姫子さんに何したの?」


「え? いえ、なんにもしてないです!」


「まあまあ、そこにこだわらないで。清水君? だっけ? も話をちゃんと進めて」


 男女の関係が重要な小夏に対し、それがわからないミンチルは宥めて話の進行を促す。

 机の下から顔だしてしゃべりだした猫を見て、清水は跳ねるように驚いた。


「わ、猫がしゃべったっ! ……やっぱり、小夏さんがクレスちゃんなんですね」


 認識阻害の影響で、どこかまだ疑っていたのか。清水は会話に割って入ってきたミンチルを見て、やっと小夏がスコラリス・クレキストと信じたようである。


「ねえ。あたしとか魔法少女に認識阻害があっても、あたしといるミンチルがしゃべってるところ見たら異常事態ってことで、スコラリス・クレキストだと信じられちゃうのセキュリティの穴じゃない?」


「それを意識して、なるべくスコラリス・クレキストの状態の小夏ちゃんと一緒に人前にでないようにしてるんだよ」


 小夏の心配に、これでも注意してるんだよ。とミンチルが反論した。事実、ミンチルは変身した小夏の周囲に姿を現わさないように気を付けている。

 

「あ、そうなんだ。ごめん。じゃあ清水君。続けて、ごめんね」


 小夏は二方向に謝り、清水は本題を進める。


「は、はい。ええっと、タイダルテールが現れてから、姫は変わってしまいました。以前は世間から隠れるため、姫は自分の持つ力が人に気が付かれないようにするため、僕を利用してたんです。彼女の使う魔法も、こんなに怖いものじゃなかったんです。ですがタイダルテールの登場から、姫は活動的に……なんていうか貪欲になりました」


「もしかして……タイダルテールが何かしたのかな?」


 話を聞いてタイダルテールを疑う小夏は、どこかで姫子の善性を信じていた。


「うーん。僕としてはどうやって彼女が、魔法を使えるようになったのか気になるんだけど?」


 ミンチルは姫子への好感も先入観もなかったため、気になる点が違っていた。

 本来、この世界にも魔法はあった。

 だが、それは過去の隠れた偉人によって、世界的に封印ロックされた状態である。

 ミンチルは知らないが、それを部分的にディスキプリーナが解除したから、小夏は魔法を使うことができる。それを自分が解除したと、ミンチルは思わされているプログラムされている

 

 そして魔法少女候補だったとはいえ、ディスキプリーナは姫子の封印を解除してはいない。むろん、ミンチルも解除していいないし、そんなことはできない。


「僕もそのあたりは、ちょっとよくわからないんですけど……。小夏さんは姫子さんの友人で真庭麻美さんって知ってます?」


「ああ、あのおっぱい大きい子!」

「お、おっぱ……はい、そうです」


 姫子の特に近しい取り巻き三人の内一人が、真庭麻美である。活動的で社交的な他の取り巻き二人と違い、真庭という少女は印象が薄い。手入れのあまりよくない長髪で片目が前髪に隠れ、暗い印象がある女の子だ。しかし胸の大きさから、男子や小夏に人気があった。


「姫がちょっと話してくれたんですけど……。真庭さんってオカルトとか好きで、姫を呪ったことがあるそうです」

「あー、なんかそんな感じするね。なんかすごいこと聞いちゃった……」

「まさか、真庭麻美という子も魔法を使えるのかい?」


 少し失礼な納得の仕方をする小夏と、鋭く切り込み情報を得ようとするミンチル。


「いえ、その呪いはほとんど効果が無く、無意味だったそうですが、姫はそれでそういった力があると認識できるようになったんです」


「ほうほう。呪いを感じ取ってしまったと……。そういえばさあ。確か去年の今頃だったかなぁ。急に姫子さんと真庭さんが仲良くなったような気がするけど。その時かな?」

「はい。それでその……姫は真庭さんにいろいろ……その、なんかして、力を使えるようになったようで」


 言葉を濁す清水に、何かを感じ取る小夏。


「いろいろってなに?」

「そ、それはその、なんですか……なんかいろいろ」

「だから具体的になに?」

「あ、はいええ……」


 顔を真っ赤にさせる清水を見て、小夏は間違いないと確信する。


「食いつくなぁ……。もう少し自重してよ、小夏」

「えー。しょうがないなぁ。あ、やだ噛まないで! わかったってば、ミンチル。後で聞くからね、清水君」

「……はい」


 飽くなき追求はネコによって止められた。


「まったく小夏は……。で、キミの話から推測するしてみるけど。わずかに封印を解除できるほど、知識と才能と情念があった真庭麻美。その呪いに触発されて、姫子が覚醒してしまったということか」


「多分そうかと。いろいろ怪しげな本の取り寄せや、ネットでの情報収集までさせられて、スキャンやら幾何学模様や図形の作画やデータの打ち込みまでさせられて……」


 どうやら清水も得意のデジタル技術で、姫子の覚醒に協力したようである。


「でも、ほんと。無理難題はあったけど、姫は悪いことなんて……あんな恐ろしいことをしようなんてしてませんでした!」


「で、それがタイダルテール出現のころ変わったと、清水君は見てるんだね?」


「はい」


 悲しそうにうつむく清水。


「任せて! あたしにいい考えある!」


 そう言って胸を張る小夏に、頼んだ立場であるはずの清水の方が不安を覚えた。

 果たして、清水の不安は部分的に的中し、被害は主にタイダルテールへ直撃するのであった。



  

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