第31話 アジトと報酬と……蜘蛛?


 海からの帰り道。小夏はバス停で腕時計を見た後、ベンチに腰を下ろして深い溜め息をついた。


「疲れちゃったなぁ」


「大変だったねぇ」


 ミンチルもベンチに飛び乗り、慰めるように小夏の腕に頬擦りした。寂しさからミンチルを抱き上げ、膝の上に乗せる。

 

「おばあちゃん家に来たはずなのに、なんでタイダルテールの怪人が出てくるからなぁ……。あんまりお手伝いできなかったよ」


「おや? お小遣いもらってなかったかい?」

「あれはご挨拶でもらったの。お店のお手伝いして、バイト代で貰うつもりだったの」


「意外と立派なんだねぇ」


 感心感心と、膝の上で丸くなる。

 小夏は不満気味である。


「最初に貰ったお小遣いだけじゃ、電車代バス代、駅で食べたパンケーキ分で消えちゃうよ。あーあ、タイダルテールの怪人のせいでご破算にされちゃった」


 彼女の祖母はまだ五十五歳で、オシャレでまだまだ若々しい女性だ。

 叔父と共にサーファー相手の店を経営している。小夏はそこで軽いお手伝いで、バイト代と評した多めの小遣い獲得を考えていた。


 なお諸悪の根源であるタイダルテールは、その多忙さから小夏のスケジュールやその目的を表面でしか確認していない。今回も「海にきたから、ここでやろう!」ってノリで始めてしまったのだ。

 彼女のお小遣い獲得計画など、知る余地もない。


「まったく、タイダルテールのせいで大変! 学生生活に影響でたらどうしよう」 


「アジトが完成すれば、そのあたりの負担も減るよ、小夏ちゃん」


「あー、うん。言ってたね、アジト。アジトってどんな感じなの?」


 出会った当初、提案されたアジト。この話を掘り下げる。


「まず、そこでは時間の流れがちょっと違うんだ」


「それって浦島太郎的な?」


「うーん、逆だね」


 ミンチルは異次元の存在である。ディスキプリーナが作った設定では魔法の国の生まれにも拘らず、なぜか浦島太郎を知っていた。


「こちらの1時間は、アジトでは6時間になるんだ」


「へえ。つまり夜更かしした時、そこで8時間ぐっすり寝れば、こっちではまだ1時間と20分しかたってないってわけだね……」


 微笑を浮かべ、いきなり微悪用を思いつく小夏。しかし、それはすぐに否定される。


「残念。変身していないと入れないから寝れないよ、小夏ちゃん」


「え? 変身中って眠くならないの?」

「うん、それだけじゃなくて変身中はお腹も空かないし、成長も老化もしないんだ」

「へあー、そうなんだ。まあアジトで時間経ちすぎて、おばあちゃんになったりしてたら大変だもんね」


「いつでも好きな時に出れるし、時間比は六倍程度だから、そこまでならないとは思うけどね。とはいえ、そういった問題が起きたら大変だから、アジト内で変身解除しないでね。できないとは思うけど」


 あえて大げさにデメリットを説明した。


「わかった。成長しておっぱいが大きくなりすぎたりしたら、偽者だとパパとママに思われちゃうからね」


 あえて大げさに成長する姿を小夏は想像した。


「う、うん。そうだね」


 思うところがあったが特に何も言わず、膝の上で小夏の絶壁を見上げ、ミンチルは目を逸らした。

 気まずい沈黙が流れる。

 

「……あ、それとね。どこからでも一瞬でアジトに戻れるし、あといくつかの場所に移動できるようになるんだ」

「それは便利だね。早く完成しないかなぁ」


 アジトの便利さに、小夏も満足そうだ。他人事ながら、ミンチルも嬉しく感じた。


 これはミンチルの素体であるマスコットマシンとして、主人と喜びを分け合うプログラムによるものだ。改造されて本来の性質とは変わっているが、根源的な機能は変わっていない。

 

 加えるとアジト制作の機能も、拡張されているがマスコットマシンに元来備わっていた能力である。

 本来はプレイルームと呼ばれる機能で、子供の遊び場所と緊急時の避難場所を確保するためのものだ。時間の経過の違いはアジトの機能ではなく、ミンチルが作られた世界と繋がるため、そちらの時間が使われているためである。


「そうだ、ミンチル。あとさ、報酬の件なんだけどさ」

「ア、アジトが完成さえすれば……」


 魔法少女としてあるまじき生臭い話を持ちだされ、ミンチルは申し訳なさそうに答える。

 目を輝かせ、食いつく小夏。


「どうなるの? 何がもらえるの?」


「アジトで服とか、アクセサリとか、入手できるようになる。あと甘い美味しいお菓子が食べられるよ」


「お洋服とスイーツかぁ。それはいいねぇ。でもさぁ。どういう仕掛けでそんなのが手に入るの?」


「魔法少女に変身して魔法を使う度に、余剰の魔力が周囲に発生してしまうから、それをアジトで消費して洋服とかにできるんだ。変身と魔法使用の副産物であると同時に、余剰魔力が魔物を造り出したりしないための安全弁だね」


 さらっと魔法使用のデメリットについて説明した。魔法の使用に安全弁がいる。普段、勘の鋭い小夏が、このことに気が付かなかった。報酬で目が曇っている。


「すごいねー。服ってどれくらい手に入るの?」


「どうかな。まあ今の感じだと、1回の戦闘で1枚か2枚かな? スイーツだとパンケーキ10枚相当? たぶん」


「お、多いのかなぁ? 最終的には一杯なんだろうけど、序盤が苦しいなぁ。そうだ。変身しまくって魔法を使いまくれば……」


「普通に倒れちゃうからやめてね。いざってときに負けちゃうよ。あとブランド品のコピーとかしないでね。自分でちゃんとデザインしてね」


 思わぬところで使用制限がかかった。

 むむむ、と小夏は唸って目をつぶる。


「服のデザインかあ……」


 小夏は服のデザインをすることが好きだった友人を思いだす。小学校のころは仲が良かったが、中学にあがってからなんとなく疎遠となってしまった少女だ。


「服はなにかと難しいかもしれないけど、甘いモノは手軽でいいと思うよ。なんてったて太らない」

「太らない!」


 甘いモノを食べても太らない!

 ファッションや現金でも得られない報酬に、小夏は目の色が変わった。


「太らないといっても、こちらにある人工甘味料のお菓子なんかじゃないよ。文字通り魔法のお菓子。この世界では食べられないような美味しい味で、体力も回復するし、別に副作用もなし! 問題があるとすれば飲み物は作り出せないから、持ち込みになるくらいかな」


「いい、いいの。そんなのいくらでも持ち込むから! そっかぁ、太らない魔法のお菓子かぁ。楽しみだなぁ」


 まさに魔法! 

 小夏は心が躍った。

 さらに「甘いモノを食べたから糖分を脳でいっぱい使ったのに、なぜか身体の方に糖分がない! 騙された!」といった、脳の問題も起きないという。

 夢のような報酬である。


 ファッションに興味があるお年頃で、かつ育ちざかりの女の子である。無制限とはいかないが、服と甘いモノが報酬で得られるとなれば、がぜんやる気が出てくる。


 しかし、これもアジト……プレイルームが完成しないことにはどうにもならない。

 

「まあ、いっかー。期待してるからねー」

「ぜ、全力で前向きに対処します」


 ミンチルは小夏の期待に応え、夜中の作業を増やすため、うたたねしようと目を閉じた時──


 小夏とミンチルは、周囲を包む怪しい気配に気が付いた。


「この感じ」


 そっとミンチルを下ろし、身構える小夏。


「気を付けて、嫌な魔力が漂ってる」


「狙われてる感じするね。タイダルテール……め。あたしを狙ってきたか」


 正体がバレたと思い、少し小夏の顔色が悪い。家族や友人を危険に晒すかもしれないという恐怖があった。


 その恐怖心を吹き飛ばす、直近の脅威が小夏の前に飛び出した。


 小型の犬ほどもある大きな蜘蛛だった。

 遠近感が狂う大きな蜘蛛が、車道の反対側からやってくる。


 生理的な恐怖から、小夏は勝手に身体が反応した。バス停のベンチの背もたれ飛び越え、蜘蛛の飛び掛かりから逃げる。ミンチルは横に逃げた。

 直後、何かが降り立つ小さな音が、バス停の屋根の上から、いくつもいくつも聞こえてきた。


 まさか、と思って小夏が顔を上げるとそこには──。


 バス停の屋根に犇めく、蜘蛛の集団が目を赤く光らせていた。


「ひいいっ!」


 さすがの小夏でも、身を竦め震える悲鳴を上げるほどであった。

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