第25話 恐怖? 乗馬男?


 着替えを終え、お澄まし姿となった小夏は、玄関で靴を履きながら溜め息を吐いた。 

 

「もう、変身するのやめよっかな」

 

 魔法少女スコラリス・クレスキトのコスチュームが、レオタードではなくセパレートタイプの上下でパンツと変わらない。それを知った小夏は弱気な声を出した。

 さきほどまで全裸で自宅内を、闊歩した同一人物の発言とは思えない。


「まあまあ、そういわないでさ。どうせ、小夏だってバレないんだから」


 乙女心……いや、人の心がわからぬミンチルは、バッグから首を出して気軽に言う。

 小夏はミンチルの入ったバッグと、ヴァイオリンケースを持って玄関を出た。


「そうだとしてもさー。……もういい。考えない。いってきまーす」

 

 ネットに流れた自分のパンツ動画を一瞬考えたが、恥ずかしさのあまり思考を放棄した。


 誰もいない自宅に挨拶をして、顔を赤らめた小夏は近くのバス停へと向かう。

 ヴァイオリン教室へは駅前まで、バスで通っている。

 

「自転車でいかないの?」


 玄関脇のピンク色の自転車を差し、ミンチルが尋ねる。ミンチルは昨日、自転車で町内をあちこち移動し、気に入ったようである。


「自転車でも行ける距離だけど、これカゴに入れてガタガタってわけにはねー」


 ヴァイオリンケースを持ち上げて見せると、ミンチルもあー、と納得して見せバッグの中に潜った。


 練習用のヴァイオリンで、ケースも多少の衝撃に耐えられるとしても、自転車のカゴに入れて移動は小夏の気持ちの上で嫌だった。

 実際は少しくらい大丈夫なのだが、小夏は避けていた。

 

 両親が車で送り迎えできればいいのだが、共働きではそれは毎回行えない。


 両親は家庭教師も考えていた。しかし、自宅では全裸か半裸の小夏に、家庭教師は同性であってもどうかと保留となった。

 

 ヴァイオリンケースを右手で持ち、ミンチルの入ったバッグを左脇に下げて抱える。

 髪をアップにすれば、演奏会の小学生という見た目だ。


 やがて到着したバスに小夏は乗車した。乗客は少ない。どこの誰かは知らないが、誰もがバスで互いによく見る顔だ。


 本来、このバスでは専用のケースに入っていないペットの乗車は禁止である。だがミンチルはペットではないし、本人は知らないがなにより元が異世界のおもちゃである。じっとしていれば、リアルで高級な猫のぬいぐるみに見えることだろう。

 実際、生き物ではないので、セーフだ。


 停留所を六つほど通過して、バスは駅前に到着した。小夏が降りると、入れ替わりに多くの乗客が乗り込んだ。

 ヴァイオリン教室は駅前の楽器店ビルの五階にある。


「ちょっと早く着いちゃった」

 

 腕時計を見て、小夏は駅の前をぶらつく。

 教室は午後四時半からで、まだ三十分ほどあった。

 

 なにをして時間を潰そうかな、そう考えていたとき、駅前通りが騒がしくなった。

 道の先を指を差して、走っていく人々がいる。なにかイベントでもやっているのだろうか?

 小夏は興味を惹かれて、人の流れにそってそちらへ向かった。


 果たしてそこには、恐怖の怪人がいた!


「俺はタイダルテールの怪人! 乗馬男! 今からこの街を恐怖の底に落としてやる!」


 馬のマスクをして乗馬鞭を持つ男が、乗馬男とはちょっと世界観が独特な怪人である。


 乗馬男は短い鞭を振り回し、囲む群衆を遠ざけようとしていた。


「警察は!?」

 

 離れていたところで見ていた男性が、電話をしながら周囲に尋ねる。


「だめだ、きてない!」

「駅の反対に走れ!」


 駅前には交番があるが、運悪く繁華街のある反対側である。しかも、運悪く巡回中で詰めている警官が一人しかおらず、その一人も駅の反対側で起きた別の騒動に向かってしまっていた。


 警戒する小夏は、物陰から乗馬男と観衆を眺めていた。

 脇のバッグからミンチルが顔を出す。


「小夏ちゃん! 変身だ!」


「やだ」


 即答した。


 ミンチルはバッグの中から飛び出しそこねて、ぽて……と、路面に落ちた。


「なんでさ! ここで出て行かないと! 街に被害が……」


 変身を訴えるミンチルが指し示した先では、乗馬男が暴れていた。

 看板を倒したり、のぼり旗を倒したり……。

 ミンチルの声が小さくなっていく。


「……だい、じょうぶ、そうだね」


「ね、大丈夫でしょ? それにアレ、ちがくない? あんまり強そうじゃないし、安っぽいし……いや、今まで見た二人も安っぽかったけど」


「そうだね」


 ミンチル同意。即、同意。


 実際、安い。

 十字切り男は面当てと竹刀がなければ、コスチュームが三千円ほどだ。

 ウインドミルアッパー男は、ヘッドギアとグローブが高いためそこそこだが、ボクサーパンツは二千円の安物である。


 そういった意味で、乗馬服と乗馬靴に馬マスク、そして乗馬鞭を持つ乗馬男はまだお金がかかっているように見えた。


「でもまあ……ここで出て行かないで、なにか起きても気分が悪いし。……とりあえず、そうだなぁ。あ、おじさん! ちょっと預かってて!」


 小夏は覚悟を決め、楽器店に戻って知り合い店員にヴァイオリンケースを預ける。

 そして身軽になった状態で、店舗ビルの裏口から出て変身した。


 誰もいないところで、小夏が輝く。


 お澄まし服が、解けるように消え去り、小夏の裸体が光に変わる。

 まず大げさな飾り袖が小夏の手首を覆う。ついで音符を模したショートブーツ。

 袖なし肩だしだが、首元までピッタリしたタイトなトップスが光から現れお腹まで覆う。

 次に光が小夏を引き締め、パンツに変わった。パンツは前回と違う色だ。

 純白である。

 それは毎回、気分で下着を変えるため、その時の気分で色やデザインが変わるという仕様である。

 まだ彼女はその仕様に気が付いていない。


 最後に光が腰から伸びて、ふわりと全周囲に広がるスカートとなった。


「変身完了! さあ、覚悟しなさいよ! タイダルテール!」


 不敵な笑みで偽物のタイダルテールに、宣戦布告をする小夏。わりと楽しんでいるように見えた。


 ミンチルは裏路地で、小夏の変身姿を眺めながら思う。


「この子、なんで変身する時、嬉しそうなんだろう?」


 変身を頼んでいる側だが、心を持たず、そう仕組まれているだけでタイダルテールと戦おうと考えておらず、プログラムされただけの彼女の頭脳では理解できなかった。


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