第19話 世界は悪が思うほど甘くない


 タイダルテールと呼ばれる謎の組織と、スコラリス・クレスキトを名乗る謎の力を使う少女の出現。

 世間は大騒ぎしようとするものと、冷静に動向を見ようとするものに大きく分かれた。 


 ネットと日本の一部、そしてマスコミが話題とする中、日本政府の動きは見えなかった。


 しかし表面上とは違い、日本の対応は早かった。


 閣僚たちが「事態の確認を急いでおります」と紋切り型の答弁をする中、すでに積極的に動いている部署があった。


 その一つが、警察庁であった。

 マスコミやネットから、初動が遅い、現場への到着が遅い、対応できていないと無責任に警察は言われている。対して、現場の行動は適切であったと、実際十数分間の出来ごとなのでそうとしか言えない所轄が回答している中、警察庁は違っていた。


 厳密にいえば、内部部局のいくつかだ。


 近年、組織改編された際に、情報通信局を吸収して発足したサイバー局がその一つである。

 サイバー局が即座に対応したことには、いくつか理由がある。

 一つ目の理由は、新設された技術企画課と通信基盤課とは違い、もともと情報通信局という部局が庁内にあったこと。

 二つ目の理由は、刑事局という個人個人には捜査権がありながら、積極的に捜査と関わらなかい部局とは違い、ネットワークに限定する捜査権と、独自に初動捜査が行える権限があったこと。

 この新設部局は、すぐさま異常事態に対応した。


 局長付き、対策部室長の小桜こざくら警視が対応にあたっていた。警察庁のエリートらしく細身の鋭そうな男性だが、やや物腰が優雅なため歌舞伎役者のような印象を抱かせる。


 小桜室長は電算機器に囲まれた部屋で、壁の大型画面に映るウインドミルアッパー男の姿を肩越しに親指で差した。


「この男、ウインドミルアッパー男と名乗っていたそうだが……。三島くん、どう思う?」


 部屋の中には多くの技官がいるが、尋ねられた人物は目の間にいる三島という大男の巡査部長であった。彼は警察庁の人間ではない。しかし、格闘家に詳しい上に交流があり、なにより実力は常軌を逸脱したレベルに達しているためここに呼ばれた。


 画面内では他にも、ネットの騒ぎがログとなって流れている。訊ねられた大男の三島はこの画面を一瞥し、警官たるものかくやという立ち振る舞いで答える。


「はっ! 自分はこのような破壊活動を行える人物を、一人しか存じません!」

「敬礼はいい。それは何者かね?」


 敬礼を解き、三島は休めの体勢で答える。


「はっ! 失礼いたします。飛騨山中のご隠居。適菜翁であります」

「適菜翁か……。私は直接存じてないが、たしか去年に亡くなったと聞いたぞ?」


「はっ! 自分もそう伺っております。ですが、これほどの被害を見るに、常人では行えません。薫陶を受けている自分の師匠にも、映像を見てもらい確認をとりました。やはり適菜翁を除いて、おらぬと申されていました」


 三島の師匠は多くの伝説を、警察各所に残した常人を逸脱したかのような人物である。だが、それでも適菜志太と比べれば、百人抜きを片手間に行える逸話や、事故車両を一人持ち上げてケガ人を救出したなど常識的である。いや、常識的ではないが、まだそれでも説明ができるという常識の範疇だ。


「で、三島くん。君はこの風力発電機を素手で破壊した人物と、適菜翁が同一人物と思うかね?」

「はっ! 別人と思われます。自分の知る適菜志太とは年齢が合いません」


 思い当たる実力者は適菜翁しかいない。と、いいながらも、別人であるという。

 警察では推論をいくも並べるが、一度、あえて関連を絶って分けて考える節がある。


「あの少女の言う魔法というものが事実なら、その年齢すら……アテにならないだろう?」


 サブカルをまったく知らないような小桜室長の推測に、周囲できいていたパソコン前の技官が驚いている。技官たちは警察官でない者がおり、一部はやはりサブカルに詳しい。

 技官たちも魔法で若返っているという考え持っていた。しかし誰も口にしていないのに、小桜室長は同じことを考えついたのだ。


 キーボードを叩いていた技官たちのタイプ音が、一瞬止まった。


 ──同類か?

 ──アニメマニアか?

 ──オカルトの方か?

 ──魔法を信じてる?

 ──日朝か深夜か?


 静かになり、不信に思った小桜室長が技官たちへ目線を向けた。再びキーボードが鳴り響く。

 一方で、無骨て柔道一筋な三島は、室長の発言を飲み込むのに時間がかかった。


「はあ……まあ、そのとおりであります。ですが、自分の知る適菜翁は、このような一つのスタイルに捕らわれる格闘家ではありません。それにこの少女がいくら異常な身体能力を持っているしても、このくらいで、あの適菜翁が負けるとも思えません」


 三島は映像を見て、魔法少女スコラリス・クレスキトに勝てるとは思っていない。だが、部下と一丸となって対応すれば、無力化できると自信を持っていた。

 仮にその自信が間違いであったとしても……。


 三島が自信を持てるレベル程度の相手に、世界最強と言われる適菜翁が負けるはずがない。


「それほどか。いやそれほどだったのか? 適菜志太という人物は?」


 三島にそうまで言わしめる適菜という人物。お会いしたかったと、小桜は内心で思う。


「はっ! 隠居の翁にかかれば陸自やあのアメリカ陸軍でも、一部隊ではかないません……。まあさすがに空相手はできないかと思いますが。あ、ちなみに東南アジアでは5隻の魚雷艇を沈黙させ、フリゲート艦に乗り込んで無力化したという話も聞いております」


「……え? うん」


 話を聞いて、やっぱり会いたくないなと、小桜は考えを改めた。


「小桜室長殿。これは個人的な印象なのですが、このウインドミルアッパー男はむしろ……」


 三島の言葉が詰まる。


「むしろ?」


 続けろと目線で命令する小桜。


「30年ほど前に、ボクシング界から追放されたジョン・ジョーンズ・アポロンスターズのスタイルに似ていると愚考します」


 小桜はしばし考えたあと、一つの記憶を思い出す。子供のころに、活躍していたいささか乱暴なボクサーの姿を。


「ああ、名前くらいは知っている。たしかアフリカ系アメリカ人のボクサーだったはずだ。人種も年齢も合わないが……それもさきほど私が言った通りだな。年齢も人種も、性別すらアテにならない。彼の調査も所轄に伝えるか」


 小桜室長は常識的ではあるが、常識外の存在を受け入れて推理もできる男だった。


「……ああ、あと、馬場くん」


 コンピューターの前に座りきりだった技官を呼んだ。画面の中で、地面を転がりスカートを翻す魔法少女に向かって、器用にパンチを繰り返す男を指し示す。


「ネットでこの男が、ジョン・ジョーンズ・アポロンスターズのボクシングスタイルに似ていると流布してくれ。そしてその情報に反応して書き込まれた枝葉の情報と、書き込み主を重要度ごとに纏めておいてくれ」


「はい。わかりました」


 意図をくみ取った馬場技官は、直ちに別回線を使って書き込みを始める。


「三島くんはジョン・ジョーンズ・アポロンスターズの資料を馬場技官に」


「はっ! あの、小桜室長殿。いまひとつ、可能性が浮かびましたので申し上げても?」


「このさい推測でもいい。言ってくれ」

 

 三島は警察内でも、数少ない適菜翁と会ったことがある人物だ。その意見は大変に貴重である。


「適菜志太の弟子の中に生き残っていた者がいた。そう考えるのが、もっとも自然かと思います」


 若返りに人種や性別の変更まで考えていたが、最後には非常に常識的な発想を口にした。

 そしてそれは限りなく適菜志太を脅かす。


「なるほど。次世代か。弟子の育成には失敗していたと聞いていたが……欺瞞情報と考え、適菜翁に匹敵する人物が育ったとも可能性か。それも視野に入れておく」


「はっ! 自分が知る限りの弟子をリストアップしておきます」


「三島くん、ありがとう。あとでまた適菜翁やアポロンスターズについて教えてもらうこともあるだろう。リストアップが終わり次第、所轄に戻ってもらってかまわない」


「はっ! いつでもお呼びください!」


 三島は居住まいをただし、敬礼をして退出していった。


「では馬場技官以外は、通常の捜査とデータ取得を頼む。私は外務省への協力と、FBIが寄越す要求に対応するため、官房長官のところへ向かう」


 大まかな指示を部下たちに与えると、官房長官にアポイントを取って退出しようとドアに手をかけた。

 と、そこで小桜はふと思い立ち、私物のスマートフォンを取り出す。

 

「おっと、みんな。私も娘に連絡を入れておく。お前たちも、しばらくは帰れない家族に連絡しておきたまえ」


「はい。室長。娘さん、中学生でしたか? たしか」


 近くにいた技官が、手を止めず答えた。警官としてはあり得ない態度だが、彼は技官である。

 怜悧な小桜室長が、娘の話を振られるとわずかに温かみのある笑みを浮かべた。


「ああ。名前のせいか、お姫様のようで手を焼いてるよ……」



 ◇   □   ◇ 人 ◇   □   ◇



「まるで、お姫様みたいな名前だな」


 悪の組織タイダルテールの地下基地で、次の魔法少女候補の選定が行われていた。

 ホワイトボードに貼られた写真と、そのプロフィールを見て、志太はそんな感想をもらした。


 総統ディスキプリーナはホワイトボードのプロフィールを叩き、志太と戦闘員を前にして宣言する。


「次の魔法少女は、小桜こざくら 姫子ひめこ。こやつに決めたのじゃ!」

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