魔法少女の共犯者 ~マジカルガール/アコンプリス/アグレッサー~

大恵

第1話 恐怖! 怪人カラテキック男


 怪人カラテキック男は、園児バスにねられた!


 鋼の如く鍛え上げられた肉体も、園児バスの質量には敵わない。鬼の仮面を付け、毛皮に覆われた怪人が吹き飛んでいく。

 閑静かんせいな住宅街で起きた怪人よる園児バスジャック事件が、交通事故発生となった瞬間であった。


 カラテキック男は顔面から落下し、アスファルトの路面で鬼の仮面が削られ、転がりながら歩道まで飛んでいき、「とまれ」の標識にぶつかって止まった。


 ちゃっかり道路脇へ退避していた全身黒ずくめの悪の組織の戦闘員たちが、同僚である怪人カラテキック男を指さして笑った。


「ふはははっ! 止まった! 止まったゾ! 『とまれ』で止まったゾ!」

「園児バスに撥ねられた怪人とか、かつてないのでは?」

「バスジャックしようとして、アクセル踏まれてやんの!」


 世界は静かに侵略者の脅威にさらされていた。


 平和な日本も例外ではない。

 悪の組織ダイタルテールの格闘怪人が、日本の首都を狙っていた──はずである。たぶん。


「この戦闘員ども! 笑ってんじゃねぇっ!」


 さすが怪人。

 園児バスに撥ねられても、なんともない。

 仮面が破損し、目元が晒されているが気にしない精神も強い。

 だが、頭は弱いようだ。


 道路標識を引き抜いて、仲間であり部下である戦闘員3人へ殴りかかる。 


「逃げるんじゃねぇっ! そこになおれ!」 

 ぶんぶんと道路標識を振り回す怪人カラテキック男。


「こ、こりゃまて! 今日のオマエは怪人カラテキック男じゃろう?」

「とまれの標識を武器にするなど、プロレスラーか!」

 逃げる3人の戦闘員たち。


「そんなプロレスラー! 寡聞に知らねぇよ!」

「カラテキックつかえ、キック! せめてカラテチョップだろ!」


 カラテ要素もキック要素も、かけら一つとてない。


 閑静な住宅街で、暴力行為が振るわれている。

 

 ──繰り返す。

 世界は侵略者に狙われている。


 この平和な日本とて例外ではない。

 だが、不安を抱く市民たちには希望があった。

 怪人が暴れるこの街を、守る存在がいた。


 それが愛と友情と正義の魔法少女である!


 住宅街の屋根を駆け抜け、電柱を跳び渡り、朝日を横切って、短いスカートをひるがえし、青くポップな姿をした少女が園児バスの上に舞い降りた。

 立ち上がり、短い水色の髪が跳ね、愛らしい少女の顔が正面を向き、恐ろしい悪を前にしても笑顔が弾ける。

 

「そこまでよ、ダイタルテールの怪人め! 園児バスを狙うなんて許さないから! 魔法少女【スコラリス・クレスキト】ちゃん、ただいま参上ッ、なにこの惨状!?」


 標識を振り回して暴れる鬼仮面に毛皮姿で恐ろしい悪であるはずの怪人が、仲間であるはずの戦闘員三人を追いかけまわしている。

 その近くでは、狙われていたはずの園児バスから運転手らしき老人が降りて、凹んだフロント部分を確認している。

 園児たちはバスの窓から身を乗り出し、怪人に声援を送っているほどだ。


「はいはい、みんな。危ないから窓から出ないでね。おねえちゃんと約束だよ」


 ひとまず魔法少女スコラリス・クレキスト……通称クレスは、窓から身を乗り出している園児たちを車内へ戻るよう促した。


 街のトラブルを解決する人気者であるクレスの言うこと、園児たちは素直に聞いた。

 次は避難誘導だ。


「おじいちゃん。危ないですから、子供たちを乗せて安全なところに」

「え? はい、はい。わかりましたよ」


 車の様子を確認している老体の運転手に声をかけ、今は逃げるのが先だと諭す。


「こら、電柱を盾にすんな! それは今回の破壊対象じゃねぇんだぞ」

「そっちこそ、その標識は破壊対象ではなかろう」


 怪人たちは未だ暴れていた。だが被害はそれほど広がっていない。

 このままほっておけば、悪の組織が壊滅しそうだ。


 放置されていた魔法少女クレスだったが、ふと我に帰り――。  


「あっ! 隙あり! ハートアングルス・ショット!」


 この魔法少女、強い。

 絶対に強い。

 この状況で必殺技。しかも背後から。

 

 園児バスに撥ねられて仲間割れしている相手の背後に向け、フィニッシュ攻撃を行える精神力は無敵と称しても過言ではない。

 実力はさておき、弱いわけがない!


 ピンクのエフェクトが眩しい散弾が、怪人と戦闘員3人に直撃した。ハートの弾が光となり散って4人? は吹き飛んだ。

 ハートの尖った部分で攻撃するなど、この魔法少女は少々殺意が高すぎるではないだろうか。


 カラテキック男は衝撃で吹き飛ばされたが、しかし然る者。数回転がったがすぐに手を付き、体勢を整えて魔法少女を睨みつけた。


「貴様! 名乗りもなく後ろからとは卑怯だぞ!」

「名乗ったってば!」

「問答無用!」


 二重の意味で人の話を聞かないカラテキック男は、拳を握りしめ飛び出した!

 方向転換するためバックしていた園児バスの進行方向へ。


 怪人カラテキック男は園児バスに撥ねられた!


 吹き飛び、転がり、激突し、カラテキック男は動かない。

 魔法で吹き飛ばされただけの戦闘員たちは、まだなんとか動けるが、カラテキック男はもうダメだ。


「……回収!」

「ヘーイ!」

「ヘーイ!」


 リーダー格である戦闘員の号令のもと、二人の戦闘員が掛け声を上げつつ、すかさずカラテキック男を回収。

 悪の組織は路地裏に隠してあったトラックに乗り込み、素早く逃げ去った。


「え、えーっと、ね。今日もクレスちゃんの勝利! みんな、応援ありがとうね!」


 ポーズを決めて、集まっていた観衆にアピールをする魔法少女クレキスト。

 その前を園児バスが走っていく。


 この光景を見て、魔法少女クレキストは笑顔を絶やさず密かに思った。

 あの運転手、免許返納したほうがいいのでは? と……。

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