第3話 人類最強の事情




 数多の猛者を打ち倒し、彼らの血と挫折と恨みを糧に、己の人生をすべて捧げ、親族をも犠牲にして、他者を踏みにじり続け、得た力を持て余した七十余年。


 こうして世界最強の称号を得て幾十年。


 それが適菜てきな 志太しだという名の俺様だ。


 隠居先として暮らす日本山中……その奥深くに建てられた小屋。山は深く暗く、道中はろくな道もない。

 こんな俺様の隠居先に、久々の来客があった。


 もうよい歳の我が弟子と言える者たちが、小屋の冷たい床に正座をして深々と頭を下げる。

 そのいずれもが名の知れた日本スポーツ界の重鎮である。


「この度は、わたくしの弟子がオリンピックで三連覇いたしました。これもひとえに隠居殿のおかげにて達成したというほかなく……」


 初老の弟子が口上を長々と述べながら、孫弟子に頭を下げさせる。


 孫弟子は齢30を数えるが、まだ勢いのある肉体を持つ。

 100キログラム超級……だったか?

 無差別級はないのか?

 まあよい。

 なるほど、いい身体をしている。

 怪我で歪んでいるようすもない。

 しかし、あまりにも小粒・・だ。


 そんなオリンピック三連覇の猛者が、この俺様に深々と頭を下げる。


「再び翁にお会いでき、この幸運に打ち震えております……」


 孫弟子の慣れぬ言葉使いを聞き流し、一人物思いにふける。

 オリンピック。

 ……オリンピックか――。

 スポーツ格闘技を否定するわけではないが、望んでいた弟子の成功ではない。


 しかし、現在。世界に名を売るにそのよう場しかない。


 そして弟子たちの在り様は、俺様が技の伝承にこだわっていた頃に思い描いていた姿とかけ離れている。

 時代は変わったのだ。


 弟子たちが礼を述べ終えるが、俺様がうむと頷くだけ。興味はない。もはや弟子に……この世界に興味はない。


 世界最強は朽ちるだけだ。


「次は四連覇の報告を持ってまいります」

「うむ。期待しているぞ」


 現状であれば四連覇はするだろうが、期待はしていない。だが一応、口先だけでは期待していると答えた。

 勝つことは期待できるが、弟子の弟子がこれ以上、強くなることを期待していない。


 彼が強くなったとしても、俺様からすれば誤差だ。

 あとは老いが勝るだろう。


 そして何より、俺様の寿命を尽きていることだろう。


 報告と礼を終えた弟子たちを帰らせ、俺様はこの最強の肉体に無駄にムチを打つ。


 裏山に駆けてのぼり、急な川の水面を滑るようにさかのぼり、滝に向けて正拳を叩きこんで水流を叩き割る。

 欲求不満を吐き出す行程。この間、僅か数十秒。


 人の限界を超えた俺様の動きに、ついてくる存在があった。


 気配に察知し、俺様は喜びを隠しながら滝に向かい合う。

 これほどの存在は、60年前に中国だかインドだかどっちかわからん奥地で出会った達人以来か……。

 天寿を前にして、最後の楽しみがこの身の前に現れた!


 だが、その期待はほどなくして打ち砕かれることとなった。


「お前がこの世界の最強か?」


 俺様を追ってきた者だろう。

 子供の声が滝の向こうから聞こえてきた。


 俺様を追い抜いた?

 いつ?

 姿は見えない。だがわかる。

 問答無用でその声の発せられた場所を、滝ごと蹴りで薙ぐ。


 乗用車をも吹き飛ばす、この俺様の蹴りが止まった。


 止められた。

 ……止められた?

 俺様の蹴りが止められたぞっ!


 黒髪の幼女が滝の水に濡れもせず、乾いた姿で乾いた笑いを浮かべ、我が必殺の蹴りを片手に持った杖で受け止めていた。

 まるで──自分の足から力が抜け、蹴りが止まってしまったかのような気持ち悪い感覚……。


 俺様はすぐさま左の突きで衝撃と水しぶきを幼女に与えながら、蹴り足を引いて飛びずさる。


「……物の怪か?」


 最強の名を冠して長いが、いまだ人外にあったことはない。

 ついにそれが目の前に現れたかと奮い立つ。


「我はそのようなモノではない」

「そうか。違うのか……だが、もはや問答無用!」


 俺様はついに自分を越える存在と出会えた。

 かつて自分より優れた格闘家はいたが、手が届きそうで、実際に超えることができた存在ばかりだった。

 その結果、最強となり、ついには自分より強い人間と出会わなくなって早三十年。

 ついにその時が来たと歓喜に震える拳を、少女の形をした人外に叩きつける。


 どこぞの戦車でも殴りにいこうかと思っていた今、この時、ついに人外の存在が自分の前に現れた!


 滝を横に薙ぐ蹴りと、滝を縦に割る拳を放つ。

 夜闇に紛れていくような動きで、攻撃どころか水滴のすべてを避ける黒髪の幼女。


 戦いは一方的!

 

 一方的に、オレ様はかなわない!


 敵わない。遊ばれた。悔しいが嬉しい。

 

 全力で暴れる。懸命に技を繰り出す。最後の一撃を放つ。最後のつもりだったがまだ一撃放てる! 受けられた。前に倒れながら頭突きでも……躱された。もう体が動かない。肉体が年齢的な意味で悲鳴を上げている。

 若ければ勝てた?

 いや、もう少し戦えただけで勝てないだろう。


 自分の立っていた場所が、まだ最強ではなかったという絶望感と安心感。

 そしてまだ先があるという事実が、高揚感に繋がった。


 息すら乱していない少女の前で、ついに俺様は膝をついた。


「く……ふふふ……も、物の怪め」


 嬉しくてたまらない。最高な気分。このまま介錯してくれたならば、どれほど幸せ……だったか。


「ふむ。その力、そなたより、そして我より遙かに強い存在。それを打ち倒す者を育てるために使ってみないか?」


 肉体が悲鳴を上げ、倒れ伏す俺様に向かってそんなことをいう幼女。

 これがただ俺様を誘うだけの言葉であったならば、大枚をはたかれたとしても断っただろう。


 だが興味の湧く言葉が連なっていた。

 

 この物の怪……幼女より強い存在?

 それを打ち倒す?

 そんな者を育てる?


 すべてが俺様が願って叶わなかった未来を提示してくる。


 これが助命やさらに強くしてやるという言葉ならば、俺様は断っただろう。

 だが、この幼女はなんといった? 


「育てる? そんなことができるのか?」


「できねば、この星は繁栄を失う。ゆえに我はやる」


 星? 地球のことか?

 地球の繁栄?

 それに興味はない。しかし、短い言葉から、やらねばならぬという幼女の決意は俺様に伝わった。


「いいだろう。物の怪の口車に乗るのも、人の役目だ」


 こうしてオレは、悪の組織……実情は魔法少女の育成組織の一員となった。


 ──一か月後。

 

 都心の地下に、人類の科学を超越した技術で作られた悪の組織ダイタルテールの秘密基地。


 十代前半の肉体に若返った俺様がそこにいた。

 集う同志たち!


 総統ディスキプリーナ!

 戦闘員アー!

 戦闘員ガー!

 戦闘員ぺー!

 

 そして人類最強の俺様! 各種怪人と将軍を担当するカナキャタクリズミクリィ!


 その数、総勢五名!


「少ねぇっ!」


 組織のしょぼさに、俺様は叫んだ。


「文句をいうなっ!」


 ぺこっ! と総統の杖で殴られた。

 こんなアニメ好きの異世界人の誘いに乗ったのが、すべての始まりだった。



  ◇   □   ◇ 人 ◇   □   ◇


「オレよりも強い存在がいると知ったときは、年甲斐もなく震えたものだが……」


 総統と出会った頃を思い出し、俺様は色々雑多な気持ちが混じった溜め息をつく。


 ディスキプリーナ総統ですら、この世界を狙う組織内では、中堅にも及ばぬ存在だという。

 地球を偵察するために送り込まれた彼女は、隠密と情報収集に長けた存在で、戦闘能力そのものは低くないという程度だという。


 情報収集能力が高すぎたおかげで、地球文化に染まって味方してくれるようになった。

 地球文化を守るため、特にアニメを守るため、彼女は古巣の組織を密かに裏切った。


 なんとも情けない話だが、彼女の背後に控える存在は、まごうことなき常軌を逸脱する存在である。

 ディスキプリーナの話が本当ならば。


「世界最強のこの俺様が、敵わぬ存在を倒す者を育てる。それはいい。俺様を超える弟子を育てるのが夢だったから。だがまさか、このお子様の趣味で魔法少女になるとは」


「趣味でなにが悪い!」


 ソファの上で四つん這いになって画面へ食い入り、ブルーレイレコーダーの録画予約をしていたディスキプリーナ総統が理屈皆無の反論をした。


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