第12話 平民少女と貴族の少女

「──よっと」


 キノコの入ったケースを抱え、馬車から降りる。未だに業者が決まってないということで、今日もまたノコッチに配達にやってきた次第。

 あと、前に頼んだキノコの分析結果が出たということで、その報告書を受け取りにもきた。強力な麻痺毒は意外と使い道が多いので、内容次第では常用するつもりなので地味に楽しみだったり。


「にしても、最近忙しくなっちゃったなー……」


 何度目かの手続きを終え、研究室までキノコを運ぶ。

 その間に自然と漏れる、ここ最近の忙しさ。よくよく考えてみたら、全てはノコッチが手配してた業者のやらかしから始まっていた。

 家業のかたわら、キノコをノコッチまで運び、定期的にやってくるレイシの修行? の付き添い。それを繰り返すのが最近の日常。

 決まったルーティーンで御山のキノコを採っていれば良かったこれまでと違い、ノコッチへの配達やら、レイシとの境界の見回りなど、やるべきタスクが増えているのが面倒くさい。

 家業をこなしていれば、余裕で暮らしていける立場だからこそ、本来不要な仕事が増えるってのは勘弁してくれよと思うのだ。


「レイシの相手するのはまだいいんだけどねぇ……」


 レイシとの見回りは、うん。普段の仕事の延長みたいなもんだから楽なんだよ。他人の命を預かってる分、気を張らなくちゃいけないところも確かにあるんだけど、アイツは優秀だからちゃんと自己申告とかしてくれるし。により見知った相手だから、雑談で暇を潰せるのがデカい。

 対して配達は本当に無理。愚痴りたいレベルで面倒なんだよ配達って。わざわざキノコを運ぶために御山から出て、王都を往復せにゃならないことが本当に嫌。


「はぁぁ……」


 なによりねー、人混みがそんなに好きじゃないんだよ。御山はフェアリーリング以外の人類未踏の地だし、そんなところで暮らしてるから人馴れしてないの私って。

 人とコミユニケーションが取れないわけじゃないんだけどね。必要なら全然喋るし、気まぐれに他人と雑談したりもする。

 でもねー、本質的なところで人と接するのを面倒に思っちゃうんだよ。基本的に、御山の中だけでいろいろ完結しちゃってるからね。


「──っ、そこのあなた!」

「……? え、もしかして私?」

「そうよ! そこの地味な顔をした平民! ちょっとお待ちなさい!」

「えー……。絶対絡んでくるトーンじゃんそれ……」


 ──なのでこういう、人間関係のトラブルに巻き込まれるかもしれない配達は、本当に心の底から嫌いだ。というか嫌いに今なった。


「はぁぁ……。なんか用?」


 ため息と同時に、声の主の方に向き直る。立っていたのは、ノコッチの制服に身を包んだ女の子たち。

 私に声を掛けたのがボスなのかな? あと子は後ろで控えてるし、いわゆる取り巻きってやつなのだろう。……それはそうと、なんか見覚えがあるような? 特にボスの子。


「なんか用、ですって? あなた、そのみすぼらしい格好からして平民でしょう!? 平民のくせになんという口の聞き方を! 私を誰だと思っているのかしら!?」

「いや知らないよ。誰よ」


 そんな知ってて当たり前、みたいな言い方されても困るんだよ。私、ノコッチの関係者じゃないし。


「もしかしてノコッチの有名人? 悪いんだけど、私って諸用で一時的に足を運んでるだけの部外者だから。この学園のローカルルールとか知らないんだわ。あとノコッチの制服って、平民も貴族も共通でしょ?」

「その台詞、私が貴族であることを理解しているようなものじゃないの! ……でも腹立たしいけど、そちらの言い分に一理あるのは認めるわ。失礼したわね」


 謝るんかーい。高飛車な物言いのわりに、変なところで律儀だなこの子。


「私はシーメイ・シャグマ。レイシール殿下の婚約者候補筆頭にして、名門シャグマ侯爵家の娘。さあ、私の立場を理解したのなら、これまでの無礼を謝罪し、この場に膝を着きなさいな。そしてレイシール殿下との関係性を洗いざらい吐きなさい……!」

「あ、どうも。私はエリン・フェアリーリングね。よろしく」

「誰も名乗れなんて言っていませんわ! 平民ならば跪けと言っているのです!」

「いやー、それ悪いけど無理。私の一族、陛下以外に跪つくの駄目なんだわ。……てか、なんでここでレイ……シ?」


 ……あー! 思い出した! この子、私の配達初日にヒステリックに叫び散らかしてた子だ! あとレイシにめっちゃ言い寄ってもいたっけ!?


「え、なに? つまり私が絡まれてるのって、前にレイシのことぶん殴ったから? てか、あの一瞬で私のこと憶えたの? 怖っ……」

「その反応は心外でしてよ! 忘れられるわけがないでしょう!? 平民が王族に手を出して許されるとお思いで!? たとえ、たとえ万歩譲って、あなたとレイシール殿下が親しい仲だとしても、決して許されることではございませんわ!!」

「いや、仲が良ければ許されるんだわ。だって私、フェアリーリングだし」

「だから仲の良い悪いの問題……ちょっとお待ちなさい。平民の名前など興味無いから聞き流していましたが、フェアリーリング? あの【キノコ狩りのフェアリーリング】ですの?」

「そのフェアリーリングだよ。だからレイシを殴っても、友人同士のたわむれとして処理される。貴族の、それも侯爵家のお嬢様なら、我が家の特権は知っているでしょ?」

「……ええ。平民の身でありながら、一族ですわね。まったくもって信じ難いことですが……」

「んなこと言われてもねぇ……。そういう仕組みなんだからしょうがないでしょうとしか」


 フェアリーリングはその唯一無二のお役目故に、あらゆる権力を跳ね除けることが許されている。権力にものを言わせ、御山のキノコを好き勝手に奪われては国としても困るからだ。

 だからフェアリーリングは、あらゆる貴族、王族と『対等』でいることが許されている。騎士と語らえば、フェアリーリングの者は騎士と同等に。公爵と口論になれば、公爵と同等とみなされる故に無礼討ちにはならない。

 決して貴族のような権力は持たず、されど王の命を除く全てに屈さない。それこそがフェアリーリングの持つ特権。


「……まあ良いでしょう。不愉快ではありますが、これもまた代々続く我が国の伝統。なにより歴代の国王陛下が認めてきたこと。ならば家の当主ですらない私が、どうこう言えることでなし」

「あら意外。時の王が認めた学園の理念に、前は真っ向から唾を吐いてたってのに」


 前みたいにヒステリックに喚き散らすと、てっきり思ってたんだけど。

 さっきの謝罪といい、印象寄りも理性的な性格はのかな?


「あれはあの特待生たちが悪いのですわ! いくら綺麗事を掲げようとも、建前は建前! 平民の分際で殿下に擦り寄るなどあってはならない! クローハーツのレイシール殿下に対する態度など、あまりにも無礼というもの!」

「あ、ふーん」

「随分と気のない返事ですわね!?」


 いやだって、ノコッチの事情とか私に関係ないし。なんか大変だなーとか、楽しそうなことになってるなーとしか……。


「あなたね! いくらフェアリーリングと言えど、流石に態度が悪くなくて!? 『対等』というのは、決して何をしても許されるという免罪符ではございませんのよ!?」

「それはそうだけど、初対面かつ喧嘩腰の相手に対する態度って、結局こんなもんじゃない?」

「ぬぐぐっ……!!」


 言ってること自体は間違ってないけどねー。フェアリーリングの特権は、上位の相手との身分差を無視して『対等』になるってだけだから。

 あくまで対等になるだけで、それ以上の力はない。相手に命令することもできないし、馬鹿をやれば普通に反撃が飛んでくる。

 ただ法廷などで、身分差による援護射撃が発生しないだけなんだよね。罪を犯せば裁かれる。無法を通せるほどの力は持ってない。あくまでフェアリーリングは平民だから。

 だが逆に言ってしまえば、私たちフェアリーリングとの会話は、純粋にマナーや良識が優先されるということでもある。

 良い態度の相手に悪い態度を取っても許されないが、悪い態度の相手になら悪い態度を取っても問題ないんだよ。だってコミユニケーションってそういうものだから。


「ぞんざいに扱われたくなかったら、もうちょい大人しくしてくれない? レイシを殴ったのだって、別に問題ないって分かったんだからさ。もう噛み付く理由なんてないでしょ?」

「っ、いえ! まだ納得いきませんわ! いかにあなたがフェアリーリングの者だとしても、レイシール殿下に暴力を振るっても許されるなど、おかしいではありませんか! その愛称もそう! あなたとレイシール殿下はどういう関係なんですの!?」

「ただの幼馴染みだよ。立場上、陛下と会うことが多くてね。それでチビッ子の時から面識があるってだけ」

「それだけのはずがないでしょう!? 私だって幼少期に交流はあります! それでもあれほど気を許されてなど言うのに……!! もっと特別な関係なのではないのですか!?」

「えぇー……」


 特別な関係って言われてもなぁ。そりゃまあ、ただの幼馴染みよりも濃い付き合いはしてるだろうけど、特段どうこうって言うのは……。


「……関係性でパッと思いつくのは、姉貴分と弟分、親分と舎弟、飼い主と飼い犬、あとは……あー、いやコレは……」

「あとはなんだと言うのですか!?」


 つ、追及が凄いなぁ。あんま言いたくないんだけど。


「……凄い昔の話だから、もう意味もないという前提だけどね。それでもあまり大っぴらに言う内容でもないし、実際に言葉にされたわけじゃない。あくまで私の推測みたいなもんだけど──図らずも初恋を奪ってしまった世話好きな近所の姉ちゃんと、なにを血迷ったか初恋を捧げた純情少年の関係……みたいな?」


 まあ、小さい子供ってそんなもんだよねって話でしかないんだけど。





ーーーー

あとがき

実験の結果、停滞していた評価が凄い勢い増えました。正直ビックリしました。

皆様ありがとうございます! そして引き続き星やハート、フォローとうよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る