第3話 キノコ配達

「──エリン。ちょっと学園の方に配達行ってきてくれない?」

「んー?」


 日課である朝の採取を終え、部屋でのんびりゴロゴロしていたら、やってきた母さんにそんなことを頼まれた。

 学園というのは、王都にある【王立ノコッチ学園】のことだ。国家に役立つ人材を育てることを目的としており、事実として魔術、剣術、錬金術など幅広い学問を学ぶことができる世界有数の学び舎として知られている。

 で、有名ということは、それに見合うだけの優秀な指導員、研究者が多いというわけで。学び舎としてだけでなく、研究機関としてもハイレベルなのがノコッチなのである。

 フェアリーリング家としても、ノコッチは王家に次ぐキノコの卸先だ。実験の材料として多くのキノコを常に求められているし、新種のキノコの成分分析を頼んだりとか、いろいろと縁深い施設だったりする。

 ……ただ気になるのは、母さんが私に配達を頼むところか。学園の場合だと、専門に雇われた業者が我が家にまで受け取りにくるはずなのだけど。


「いつもの人たちはー?」

「……久々のアレよ。一部の職員がキノコを横流ししてたたんだって」

「おおぅ。それはまた命知らずな……」


 伝えられた内容に思わず呻く。配達員の横領が発覚して業者が国に潰されたらしい。

 御山のキノコは、我が国では取り扱いを厳重に管理されている。というのも、御山のキノコは高位の回復薬の原料だったり、洒落にならない毒性を宿していたりするからだ。


「関係者は縛り首。商会だったら厳罰orお取り潰しって決まってるのによくやるよ……」

「他所ではかなりの希少品だからねぇ」

「それにしたって……」


 割に合わないと思ってしまうのは、私が御山のキノコが身近なフェアリーリングだからだろうか?

 いやだって、御山のキノコは経済において重要な戦略物質であると同時に、使い方次第では何万人も殺しかねない弩級の危険物だ。そんなの徹底管理されて当然だし、事実として国が常に目を光らせているわけで。

 衛兵の目の前で盗みを働くようなものだ。しかも罰則は縛り首という超重罪。……あとついでに言うなら、キノコによっては常人が触れただけでアウトな場合もあるので、自滅する可能性もほどほどに高いという。


「法を犯す人間が、普通の損得勘定とかできるわけがないでしょ? 法律っていうのは、破ったら損するようにできてるんだから」

「ごもっとも」


 目先の利益しか追わずに馬鹿をやるような相手に、わざわざ常識を説いたところで無駄にしかならないか。どうせそういう輩は、自分は大丈夫という根拠の無い自信だけで生きているのだから。


「にしても馬鹿だねー。運搬とはいえ御山のキノコを扱うことが許されてたなら、それに相応しい信用も技術もあったはずなのに」

「横領してたのは二、三人って話だけどねぇ。どちらにせよ、あそこはもう商売上がったりかもねぇ」


 御山の麓、王都から少し外れた場所にある我が家から、ノコッチの研究室までの配達。

 字面だけなら大した内容ではないが、なにせ扱うモノがモノだ。その実態は、国家事業の一端に噛めていたようなものなのに。

 マトモに働いていれば、もっと大きな仕事を国から回されていたかもしれないと考えると……。関係者一同、やらかした連中を血祭りに上げたくて仕方ないだろうなぁ。下手したら、自ら首括る人間が出てもおかしくないレベルだし。


「ま、そんなわけだから。業者が決まるまで、学園までは自力で運ばなくちゃならなくなったのよ。下手な相手には任せられないからね」

「えー。だったらお母さん行ってよー。私、採取で疲れてるんだけどー」

「私はこれから用事があるのよ。それに運ぶ品、あんたが昨日採ってきた新種よ。だったらあんたが運ぶのが筋ってもんでしょう」

「いや家業だから採取しただけなんだけど……」


 そんな犬猫の世話みたいな言い方されても。美味しくもない毒キノコなんて、仕事じゃなきゃ採らないってのに……。


「──はぁ。分かった。いきます、いきますよ。全く……」

「分かったら早くしなさい。馬車の方は学園の方で手配してくれてるから。外で待ってるわよ」

「だったら梱包だけして渡せばいいのに……」

「お馬鹿。重要物質、それも今回はガッツリ毒物じゃないの。管理できる人間がそばにいなきゃ大問題でしょうが」

「分かってますー。ただの愚痴ですー」


 流石に私だって、そんな無責任なことはしないよ。もし途中で紛失でもしたら、こっちにまで責任が飛んでくるし。最悪の場合は私まで縛り首だ。そんなのゴメンこうむる。


「で、例のキノコは? あと運搬用のケースも」

「どっちも保管庫よ。ほら急ぐ」

「はいはい」

「返事は一回。繰糸茸ぶっ刺すわよ」

「わーいお出かけだー!!」


 恐ろしい脅しが飛んできたのでダッシュで逃げた。操り人形なんてなりたかない。

 ま、仕方ないと割り切ろう。延々と文句を言ったところで、我が家の最高権力者には逆らえない。逆らったら折檻用のキノコが飛んでくる。

──てことで、面倒だけど配達行ってきまーす。

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