番外編No.3

 睡眠は何より優先すべきこと。次いで読書は、生活をより豊かにするためのスパイスである。


 それが、眠崎詩苑みさきしおんの持論である。


 二年生に進級して、一週間ほどが経過した。それでも、私の生活は去年となんら変わりない。眠くなったら寝て、暇があったら本を読む。


 今日は日当たりがよくて気持ちのいい天気だ。昼食をすぐに済ませて、いつものように机に顔を突っ伏して眠りにつこうとしていた時だった。


「そういえば、今年はまだあそこに行ってないね」

「新しいグループも定着してきた頃だし、みんなで行こうよ!」

「いいね〜。行こ行こ!」


 近くで昼食をとっていたクラスメイトの女子たちの会話が耳に入ってきた。


 なんの話をしているのかは、トレンドに疎い私でもすぐに気づいた。


 この学校の近くには「喫茶ラニ」という、カフェがある。そこにいる、通称王子様系イケメン店員の「アルマ」と呼ばれる店員が、女子高生に絶大な人気を誇っているとか。

 

 私は恋愛小説を好んで読むので、物語にはよく出てくる「王子様系」というのが、現実ではどんなものか以前から興味を持っていた。


 「推し」というものを作りたがりな今どきの女子高生の例に漏れず、私もよく物語のキャラで推しを作っている。現実の王子様も推せるか是非試してみたいと、実は興味津々なのである。


 まあ知らないお店に入るのは緊張するし、一緒に行く友達もいない私には無縁の話だけど。


 結局そんな結論に至り、私は眠りについた。




 昼休みが終わり、授業開始のチャイムが鳴った。今日の五時間目は、委員会決めをするらしい。朝のホームルームは寝ぼけていて、基本的に大抵の連絡は耳に届いていないから知らなかった。


 私は去年と同じように図書委員を希望した。なぜか周りから今年も図書委員にと言われたので、成り行きでそうなってしまったわけだ。


 図書委員の仕事は割と少ないし、空き時間は読書をしてていいからそれなりに楽しかったりする。


 その後無事に顔合わせも行われ、その日はそのまま帰宅した。



**



「Cクラスの存瀬柊真です。これからよろしくお願いします」


 そう挨拶をしてきたのは、一年間私と一緒にシフトに入る、隣のクラスの図書委員の人だった。


 人の顔と名前を覚えるのは苦手だ。だから、今ここでちゃんと覚えるために彼の顔を凝視してみる。


 前髪が長くてよく見えない……。


 人がちらほらと訪れ始めたので、とりあえず彼のことは置いておいて仕事に移る。


 ……とは言っても、今日はなんだか人が少ない気がする。急な開館だったからだろうか?


 しばらくして、仕事はほとんどなくなってしまった。せっかくだから、存瀬くんに話しかけてみたい。図書委員になるぐらいだから、本のことで語り合えたら楽しそうだからね。


 しかし、彼の返答はあっけないものだった。


「俺は本はほとんど読んだことがないな」


 図書委員だからって、本が好きとは限らなかったらしい。しかし、そう言われると逆に燃えてしまう。どうせ仕事もなくて暇だからと、私は立ち上がって本棚の方へ向かった。


 うーん、これとこれと……、あとはこれなんかいいかも。でも読書初心者なら、あまり難しい本はだめかなー……。


 あれこれと悩んだ結果、私は数冊の本を抱えて元の場所へ戻った。


 存瀬くんは、本をほとんど読まないと言ったわりに、真剣に本を選んでいて少し嬉しかった。


 悩んだ末に彼が選んだ本は、とある喫茶店の店長が書いたエッセイだった。流石に恋愛小説をおすすめする気はなかったが、その本もそれなりに自分の趣味で選んだ本なので、彼がそれに興味を持ったのはかなり意外だった。


 それから、その小説について話した成り行きで、その翌日、私は前から行ってみたいと思っていた例の喫茶店に行くことになった。



**



「いらっしゃいませ、どうぞ空いている席にお座りください」


 店の扉を開けると、店員さんがすぐに声をかけてきた。それも、すごくカッコいい人だった。多分この人が例の「アルマ」なる人物なのだろう。


 友達がほとんどいない私にはこういうお店に入った経験がなく、緊張で上手く喋ることができなかった。


 私があたふたしているのを見かねて、その店員さんはさらに話しかけてきた。


「もしかして君が存瀬くんが言ってた子かな?」


 ええっ!?っと私はつい心の中で叫んでしまった。存瀬くんの知り合いというのがアルマさんだったなんて……、先に教えてくれてもいいのに。


 私の中で彼に対するイメージが、親切だけど少し意地悪な人になった。


 アルマさんは早速席に案内しようとしてくれるが、一つ大事なことを忘れていた。少し緊張するけど……、こうなったら言ってみるしかない!


「お、王子様対応でお願いします……」


 恥ずかしさに後半はとても声が小さくなってしまったが、うまく伝わっているだろうか……。


「かしこまりました、可愛らしいお姫様。どうぞ、席へご案内致します」


 アルマさんが一瞬フリーズしたように見えたが、すぐに対応してくれた。


 ……ちなみに最高にカッコよかったです。これはクラスの女子たちがハマってしまう理由が少し分かるかも……。



**



 それから軽く雑談をして、時間を過ごした。存瀬くんが紹介してくれたおかげで、あまり気を遣わずに話してくれたので、途中からはほとんど緊張せずに会話できた。


 王子様対応はもうできないって言われたけど、また次来たら絶対にお願いすると決めた。


 アルマさんと話して、すごくドキドキしたけど、これはあくまで「推し」であって「ガチ恋」ではない。このライン引きもクラスの女子たちから教えてもらった。



**



 翌日、なにやら事情があって三年生がシフトに入れないとのことで、私と存瀬くんが代わりに入ることになった。


 そこで起きた事件については、長くなるのでここでは語らないでおく。


 ただ、一つだけ言えることは、今日の存瀬くんを見て少しドキドキした。これも、……推しってことでいいですか?

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