第45話 勝利の余韻《よいん》

 戦いに勝利し全員治療したあとも、四人は地面にへたり込んだままボンヤリとしていた。


 いったい心の中でどんなことを考えているのか。

 四者四様、それは完全にバラバラだった。


 死にかけたことに恐怖している者。

 おのれの力不足をなげいている者。

 自分の判断ミスであやうく全滅しかけたことをいる者。

 そしてみずからの意思で勝利をつかみとり、とにかく興奮している者。


 強敵《おおがえる》との大接戦。

 紙一重かみひとえで勝利をつかめたその理由は、ベルトルトが最後に見せた男気おとこぎにあったと言っていいだろう。



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《りゅうせいキック》をたたき込んだものの捕食されてしまったアイシラ。

 動ける者はあと一人、ベルトルトだけになってしまった。


 彼の選択肢は二つ。

 戦闘継続か、あるいは逃走だ。


 こういう時、ふつうの人間は逃げるほうを選ぶのではないだろうか?

 自分より強い三人がそろいもそろって戦闘不能。

 弱い彼に何ができるというのか。

 しかも彼は貴族だ、生きて家を再興させるという大事な義務があった。


 逃げるのが普通。

 いやおそらく逃げるべき場面だった。

 逃げるべき理由が色々とあった。


 それなのに彼は強敵に向かっていった。死ねばすべてを失うというのに。

 なぜ向かっていってしまったのか。

 それは無謀むぼうというか、蛮勇ばんゆうというか。

 もっとくだけた言い方をしてしまえば、『逃げるのは格好悪かったから』だ。


 ベルトルトは、今はまだ弱い。そんなこと自分もまわりも分かっている。

 心身の弱さのせいで、これまで数えきれないほどはじをかいてきた。

 剣でも弓でもリーフにおとり、年下のアイシラたちにも自分は劣る。

 しまいにはネズミ相手に悲鳴をあげる有り様だ。


 ほこりある人間として、こんな自分の有り様に平気でいられるわけがない。

 無力感に日々悩む人間の、内心の苦しみたるや。みずから命を捨てたくなるほどのものである。

 もりに積もっていた屈辱くつじょくの種火。

 ギリギリまで追いつめられたことで、それが逆に爆発したのだ。

 

 爆発した感情にこたえてくれたかのように、剣は新たな力に目覚めてくれた。

《イーグルスラッシュ》。

 リーフが目の前で何度も見せてくれた技だ。


 シュパッ!


 神速の刃が巨大カエルののどを斬り裂いた。

 だがまだ終わらない。


 カエルの化け物は腹の中でギリギリ意識をたもっているアイシラを締め上げ、完全に戦闘不能とした。

 そういう存在として作られているのだろう。

 HPが減っているキャラと減っていないキャラがいる場合、かならず減っているほうを優先してしまうようだ。


 次のターン。

 もう一度ベルトルトは《イーグルスラッシュ》をはなつ。

 今度は心臓に深々と突き刺さった。

 それでようやく終わり。

 カエルの身体は分解され消滅していく。

 気絶していたアイシラの肉体も解放された。

 

 前に出るか、後ろへ退くか。二つに一つの状況。

 ベルトルトはあえて前に出る道を選んだ。

 あり得ない暴挙ぼうきょだったかもしれない。

 だがその結果、彼はめでたく勝利を手にしたのだった。



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「ありがとねベル君、助けられちゃった」


 すこし元気のないアイシラに礼を言われて、ベルトルトは口ごもる。


「いや、たまたまだよ、たまたま、運が良かった」


 ベルトルトは地面にすわったまま、まだ剣をにぎりしめている。

 まだ戦いの興奮が冷めていない。

 勝利、活躍、貢献こうけん賞賛しょうさん

 新鮮な刺激と熱い感情が脳内をグルグルと回りつづけている。

 もちろん悪い気はしなかった。


 


 大仕事をひとつ終えた一行だが残念なことに、今のは門番をやっつけただけである。

 わずかな休憩きゅうけいのあと、四人は洞窟どうくつ内に入っていった。

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