第31話 分かってないなあ


「――そうして無事、5月18日12時15分ジャストに、魔剣の一撃を陸也の脇腹へと当てることが出来た、ってわけ」


 そうして時乃は、これまでの事を簡単に振り返りつつ、その裏側を俺に語ってきてくれた。……まぁ、何故か一日目の夜に関しては、急に慌てながらぼかしてきたので良く分からなかったのだが。


「……そういう、ことだったのか……」


 対する俺は、愕然としながらそう答えることしか出来ずにいた。

 そんな様を前に、時乃はことさら大げさにため息をつく。

 

「……あぁーあ。これで実はぼっちだったってことも全部バレちゃったなあ。こうなったら……責任取ってよ。責任」

「……」

「……いや、そこで黙られると、逆に困るんだけど……」


 急に顔を赤らめてゆく時乃。その意味にやっと気づき、俺は頬を掻いた。

 

「……まあ、責任というか。友達ぐらいならいつでもなるし、なんなら俺の方からお願いしたいぐらいだが……」

「ホント⁉ じゃあ帰ったらタイムアタックやろうよ! タイムアタック!」

「それは遠慮する」

「……えぇ……」


 そうしてあからさまに落ち込む様子を見て、俺はふと笑みを浮かべる。

 

 ――先ほどから時乃は、クツクツ笑ったり、あるいは穏やかに微笑んだりしおらしくなったりと、ことさらに表情が忙しない。

 ……恐らくそれは、あけすけに語った事に対する照れ隠しというのもあるんだろう。ただそれを加味しても、時乃はこちらの目には、明るくとっつきやすい子のように映っていた。

 

「……とても内気で引っ込み思案なようには、見えないんだけどな」


 俺が思わずそう漏らせば、時乃はきょとんとした顔を見せた後、クスリと笑う。


「慣れないパロディネタも、連呼してればチリツモ……って事だね」

「……」

 

 ……確かに、それも一因なんだろう。ただ、きっと理由はそれだけじゃない。

 時乃が俺を助けるため、信頼を得ようと歩み寄ってきてくれたと言うことが、むしろ何よりの要因だったように俺には思えていた。

 ……なのに、俺は……。


「……俺は……時乃に謝らなきゃいけないよな」


 そう言い終えるやいなや、俺はすぐに時乃へ頭を下げた。


「時乃、疑ってごめん。……時乃は身内のように接してきてくれていたっていうのに、俺は時乃のこと、信じ切れなくて……本当にごめん」


 言葉を喉につかえながら、それでも心からの謝罪を込め、俺は頭を下げ続ける。

 すると。

 

「……分かってないなあ」

「……?」

「身内じゃなくてさ。わたしは単純に、陸也のこと……」

「……え?」


 思わず顔を上げると、時乃はそこでふと口を押さえた。


「……な、なななんでもない。なんでもない、けど……」


 慌ててそう取り繕った後、時乃は神妙な面持ちを浮かべながら続ける。

 

「……えっと、もう白状するけど。そもそも黒幕は誰かって言われたら、多分それはわたしのことなんだよ? 名探偵ばりにかっこよく犯人を問い詰めてたのに、わざわざその犯人に謝っちゃってどうするの?」

「別に、あれは名探偵を気取っていたわけじゃないんだけどな……」


 少し頬を掻いた後、俺は改まって時乃に向き直った。

 

「……確かに時乃は黒幕ではあったし、犯人と言えば犯人なんだろう。でも裏で必死に手を回し、どうにか俺を助けようとしてくれていたんだろ? だったら言える事は、謝罪と、それから……感謝しかないさ」

「……そっか。まあそれは、あの時助けてもらった、こちらのセリフでもあるんだけど……」


 時乃はそこでふと、顎に手を当てる。


「それより、名探偵と言えばさ。……なんであれだけ完璧に推理してたのに、それでもわたしのことを信じて、『もう少しだけ待って』くれたの?」

「……え?」

「いや、だってさ。明らかにわたし、怪しかったじゃない。矛盾は多かったし、理由も答えないしで。わたしが陸也の立場なら間違いなく拒絶してただろうし、実際これで遠ざけられちゃうなーって、半分諦めてもいたんだよ。なのに、どうして……?」

「……それは……」


 そう言いかけて、止まる。……時乃がヤケに真剣な表情で、こちらを見てきていたからだ。

 その視線から目を背けつつ、俺はぽつりぽつり言葉を口にしてゆく。

 

「その……時乃が悪人だとは、どうしても思えなかったからな。もちろん他の奴が同じ事言ってきたら、間違いなく信じなかった。でも時乃のことは、今までずっと見てきたから、何かしら事情があるんだろう、ってちゃんと考えられたんだ」

「……」

「むしろ、時乃が俺の立場なら拒絶する、ってのが驚きだ。こっちは割と、時乃のことを信じてきてたってのにさ」

「……! ……そっか」


 時乃は少し驚いた様子で、それきり黙ってしまう。

 

 ……そうだ。俺はここまで、時乃を相当信頼していたし、好意的に見てもいた。

 それはもちろん、いつも率先して俺を助けてくれたから、というのはある。ただそうでなくとも、時乃との時間は居心地が良いものだったし、その距離感を壊したくなかったからこそ聞けなかったこともいっぱいあった。

 ――つまりはそれくらい、俺の中で時乃の存在は大きくなっていたのだ。


 ……そうだ。魔剣の一撃を受けたときだって、死の淵に追いやられていた俺が生にしがみつくことが出来たのは、何もゲームにのめり込んでいたからじゃない。

 時乃は泉の村に感情移入してくれたから生還できた、などと勘違いしているようだが、あの時は別に主人公マリクとして魔王を倒さなければーなんてこれっぽっちも考えていなかったし、泉の村なんてさっぱり忘れていた。

 俺が歯を食いしばり立ち上がることが出来たのは……時乃を守りたかったからだ。時乃に痛い思いをさせたくなくて、それで迫り来る魔王から何とか守ろうとして、激痛に耐え、必死に時乃を抱き寄せ、刀を振り抜いたんだ。


 

 つまりは、そう。

 ――俺は、時乃のことが、好きだったんだ。


 好きだったから、あの時死の淵から戻って来られたし、好きだったから、彼女のことを傷つけずにちゃんと信じることが出来たんだ……。


 

「……どうしたの?」

「っ⁉」


 ……ちゃんと自分の気持ちに気づけたちょうどその時。時乃は反応がなくなったのを心配したのか、俺の顔をずいと覗き込んできていた。思わずのけぞってしまう俺。


「……そんなに拒絶しなくてもいいじゃない、悪かったって言ってるんだしさ。もうちょっとわたしも陸也のこと信頼するよう、頑張るから」


 対して時乃は、口を尖らせながらそう話す。……そんな見当違いな発言に、俺は思わずクスリと笑ってしまっていた。


「な、何……?」

「……分かってないなあって、思っただけだ」

「え? ど、どういうこと……?」

「いや、何でもない。……それより……」


 話を変えようと、俺はふと辺りを見渡しながら続ける。


「……こんな橋のど真ん中で話し込んでていいのか? 割と衆人環視の中だし、込み入った話から過去話までぜーんぶお姫様や金髪達に筒抜けだったぞ……?」


 ――そう。

 衝撃の事実を告げられてからここまで、ずっと魔帝が退場した後のままの状態だったのである。城門へと続く跳ね橋の端の方では、話し込む俺たちをずっと姫や宰相、金髪が眺めてきているという状況だ。

 ただ時乃は、そんな観衆に一瞥をくれた後、ケロッとした表情で告げてくる。


「別に気にしなくてもいいんじゃない? NPCはNPCなんだし、人に聞かれてたわけじゃないんだからさ」

「……まあ、それはそうなんだが。でもほら、俺たちの事を裏で見てる人とかいないのか? 病院関係者とか……」

「外でモニタリングしてる人はいるだろうけど、ゲームの中を覗く機能はまだないから安心して。……それより、重要なのは陸也の方だよ。お腹の……手術を受けた所の調子はどう? まだ痛む?」


 不安そうにそう尋ねられ、俺はふと脇腹に手を置いた。


「……まだちょっと痛みがあるな」

「なら、もう少しこのゲームの中に留まって欲しい、かな。……せっかくこうしてVR装置を活用しているし、完全に痛みが取れた状態で意識を覚醒させた方が、万が一がないって言われててさ」

「ああ、なるほどな……いや、そうか、だからリハビリって言ってたのか」


 そうして何度か頷けば、時乃もゆっくり頷いてくる。

 

「そ。ただ、もうクリアする必要がないって事も分かっただろうし、これ以上進めるのが面倒っていうなら、そこら辺ただ歩いて痛みに慣らして貰っても大丈夫だよ。あるいは、すぐそこの酒場でのんびりお茶しててもいいしさ」

「……」


 俺はそんな提案に対し、一瞬考えるそぶりを見せつつ、こう返した。


 

「――別に、このゲーム、クリアしてしまっても構わないんだよな?」


 

「え? あ……うん、もちろん」

「なら、ちゃんとこのゲームのラストを見に行きたい。このまま終わりにしたら、それはそれで目覚めも悪いしな」


 そんな答えに、時乃は何度か瞬きを繰り返し、そして嬉しそうに微笑んだ。

 

「……そっか。なら予定通り、このまま魔帝を叩きに行くよ。覚悟はいい?」


 俺はゆっくり、その言葉に頷いたのだった――

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