第16話 ラスボス詐欺


「よっ、と」

 

 ……一度経験すれば、流石に慣れもするといったところだろうか。

 鉄枠の木箱を使ったバグ技で空中へと放り投げられた俺は、特に慌てたり叫んだりすることなく、火口付近に無事着地することが出来ていた。

 

「……見違えるほどスムーズだね? 今回は前より相当高く飛んだってのにさ」

 

 時乃もまた俺の横にスタッと降り立ちながら、そう褒めてくる。


「どれだけ高くても、やることは変わらないしな。ま、人は順応するってことだよ」


 時乃を安心させる目的もあり、ちょっと強がってなんてことはないアピールを入れる。……実際は、恐怖心が相当あったのはナイショである。

 するとそれに時乃はクスリと笑った後、こう付け足してくる。

 

「……なんか、ドンドン頼もしくなってくね。この調子だと、ゲームクリアしたときにはわたしより早いタイム出せるようになってたりしない?」

「いや、するわけないだろ……。それより、目的のものはあれでいいのか?」

 

 このままだと褒め殺されそうだったので、俺は話を強制的に変えるため、先に見えていたあるものを指さした。

 その指の先には、中心点に向かって周囲が吸い込まれていくような、そんな球体状の物体がふよふよと浮かんでいる。……言い換えるなら、ブラックホールっぽい、と表現すれば良いのだろうか。

 

「そう。あれが異世界への門で、今は閉じてて魔王を封印している状態なの。で、アルティメットブレイドに選ばれた者、つまりマリクで、要するに陸也のことなんだけど、その者が触れることで、ゲートを開くことが出来るって感じだね」

「つまり触りに行けば良いだけか。特にアルティメットブレイドを出したりする必要はないんだな?」

「うん、ないよ。あの剣はもう用済みだから」

「……」

 

 ……まあ、ゲームの仕様に文句を言っても仕方が無いんだが、ホントにそれでいいのか? と問いたくはなる。

 

「……触った瞬間に魔王が出てきて、そのまま戦闘に移るとかってならないよな?」

「大丈夫。ちゃんと魔王戦の前にはインターバルみたいなの設けられてるよ」

「なら良かった。……じゃあ、早速行くぞ?」

 

 その回答に安心できた俺は、ゆっくりとその異世界への門へと近づき、右手を掲げた。するとその門は突如ぐわんと広がると、俺と時乃をものすごい勢いで吸い込み始める。

 そうして、俺の視界は真っ暗闇へと飲み込まれていったのだった――



  ***

 

 

 ――ふと気がつくと、俺は暗闇の中で立ち尽くしていた。

 不思議と光源はどこかにあるらしく、自分の体も隣にいる時乃の姿も、それから俺たちを吸い込んだ門も目で認識出来る。だがそれ以外は、天井も足下も真っ暗で。

 簡単に言えば、水の洞窟で壁抜けした裏側の世界のような、そんな印象だった。

 

「ここが簡単に言えば、魔王を封じていた異世界。……とは言っても、この先に真っ黒な壁で囲まれた広場が一つあるだけで、ホントに何にもないところなんだけどね。進む度に両端から炎出してくぐらい、してもいいと思うんだけどねえ……」

「……確かに、何も演出がないのは寂しいな……」

 

 辺りを見渡しつつそう口にすると、時乃はふと何かを思い出し、付け足してくる。

 

「あ、でもその代わり、BGMでは凄く盛り上げてくれてるんだよ。聞いてるだけで緊迫感増してくるし、曲調が和じゃないのに太鼓が凄いノリ良くてかっこいいし。……オンにしておく?」

 

 そう聞きつつ、時乃はオプションウェアの画面をいつでもタップ出来るよう、右指を宙に浮かす。だが、当然俺はそれに待ったをかけた。

 

「……ちなみにだが、曲名は?」

 

「――超絶格闘ボコスカドッカン」

 

「OK、無音でやろう」

「……まあ、いいけど」


 今回は殊更あっさりと引き下がる時乃。……魔王戦が間近で、既に気持ちがそっちの方に向いてしまっているのだろう。そんな態度一つ取ってみても、こちらの緊張感が否が応にも高まってくる。

 そんな中、時乃はふぅと一つ息を入れると、改めて俺に向き直ってきた。

 

「それより、ここからは本当に集中して、わたしの指示とか聞き漏らさないようにしてね。何度も言うように、このゲーム一番の山場だからさ」

「ああ、そうだな。……こいつを倒して、さっさとゲームをクリアしよう。泉の村の仇も討ってやらないといけないしな」

 

 ……俺としては、その発言は至極普通に出たものだった。

 だが、時乃はきょとんとした顔を浮かべた後。何かを察し、大きく大きくため息を漏らす。

 


「……あのさ、陸也。――魔王って別にからね?」


 

「………………えっ」

 

 それはあまりにも衝撃的すぎる事実で、俺は思わず顔を凍らせてしまっていた。

 ……いや、魔王って、要するに悪のトップ的な存在だろ? 普通はこいつさえ倒せば世界は平和になるはずじゃあないのか? というか、今までずっとそのつもりでやってきたんだが……。

 しかし俺のそんな幻想を、時乃は首を振って否定し、そして打ち砕いてゆく。

 

「だってよく考えれば分かることじゃん。火山含めてダンジョン3つでゲームクリアだなんて、そんなことあるはずないでしょ? 体験版ならまだしも、名作だって言われてるゲームがこんなところで終わるわけないってば」

「……ま、まじか……」

 

 がっくりと頭を垂れる俺。それに対し時乃は、やれやれといったトーンで声を投げかけてくる。

 

「色々と察しようよ、そこら辺さ。ほら、謎ポーズの後にダークマター打ってくるエルフ耳の奴とか、オープニングに次いで都合2回戦う、切り裂きピエロ連れてる奴とか知らない? ああいうのも全部、ストーリー中盤でしょ?」

「いや、全く知らんが……」

 

 たとえが分からない俺は両手を広げるが、時乃は全くお構いなしに話し続けた。

 

「まぁ、とは言っても、ストーリー全体からみたらここが折り返しだし、そんなに気落ちすることもないんだけどね。……ただ、例の確定攻撃もあることだし、本当に気合いだけは入れといてよ?」

 

 そうして時乃はことさら注意を促してくるので、俺は逆に余裕だとアピールを返す。

 

「……まあ、大丈夫だと思うぞ? 多分、時乃が思っている以上に、俺は『痛みには強い』からな。別に即死攻撃じゃないなら、どうとでもなるさ」

 

 ……以前迷路の森で一度だけダメージを食らったこともあったが、その時は特に痛みは感じなかったからな。ライフ的には相当痛いダメージだったにもかかわらずあんな程度だったのなら、きっと大丈夫と信じたいところだ。

 

「うん、まあ即死じゃないんだけど……でもストーリーとか、イベント的な要素もあるし、本当に特殊な攻撃だからね。万一のこともあるし、わたしが注意を促したら、ちゃんと身構えておいてよ?」

「ああ」

 

 そんな即答を聞き、時乃はゆっくりと頷いた。

 

「……じゃあ、行こうか。まっすぐ進んでいけば、徐々に演出が入っていくから」

 

 俺はそれにゆっくり頷いて、闇の中を歩き始める。


 


 ――ドックン

 

 歩いて行くごとに、どこからか心臓の音が聞こえてくる。

 

 ――ドックン

 

 当然これは俺のものでもないし、時乃のものでもない。

 

 ――ドックン

 

 明後日の方から聞こえてくる鼓動は、進むにつれ徐々に大きくなってゆく。

 

 ――ドックン!

 

 そうして一際大きく鳴り響いた後。

 ふと視界に、何かが映り込んだ。



 

 ……アレは木の根、だろうか。それに絡みつかれるような形で、黒い肌にコウモリマントの男がくるまって目を閉じている。

 恐らく、あれが魔王の本体なのだろう。その出で立ちはまさに、幻影体として見た姿そのままだった。

 

 《……なんだ、人間か。……む?》

 

 うっすら目を開けた魔王が、怪訝そうな表情を浮かべながら体を起こす。

 

 《ゲートが開いている……? まさか、封印が解けたのか……? ?》

 

 そうしてこちらに視線を向けてきた後、ふと口の端をつり上げた。

 

 《ふむ。するとお前は、俺を再度封印するためにここにやって来たのか。……なるほど、よく見ればお前は、憎きあの勇者の面影があるようにも見える》

 

 そう言い終わるや否や、魔王を縛り付けていた木の根がしおしおしおと枯れ始めてゆく。


 

 と、ここまで魔王の独白を聞いていた俺は、ふと違和感を覚え、時乃へ質問を投げかけていた。

 

「なあ。魔王は幻影体を使って国を荒らして、それで自らの封印を解かせるよう仕向けていたはずだろ? 幻影体への言及が一つもなかったが……幻影体は勝手に行動してたのか?」

 

 すると時乃はそれに首を振る。

 

「ううん違うよ。ただ、良い質問だとは思う。……ていうか、ネタバレして良いの?」

「まあ、特に気にはしないが」

 

 俺のその回答を待ってから、時乃は端的に解説を入れてくれた。

 

「要するに、魔王の幻影体を操ってたのは魔王じゃなかった、ってわけ。実はよく聞くと、幻影体と本体の一人称が違うっての、分かるしね」

「あー、そういうことなのか。……なんだ、それじゃあ厳密に言えば、泉の村の仇は魔王ってわけじゃないのか」

 

 時乃はそれに首肯を返しながら続ける。

 

「そういうこと。ただ、幻影体を操っていた大本が誰であれ、こうして魔王の封印を解いてしまったことには変わりないからね。魔王はこれ幸いとまた活動を始めようとしてるし、やっぱり討伐はしないとダメだよね、って状況になっちゃったわけ」

「なるほどな、良く分かった」

 

 何度か頷いた後、俺はもう一度前を向く。前方では魔王を拘束していた木の根が完全に朽ち、ちょうど魔王が立ち上がったところだった。

 

 《……だが、そんな事情などどうでもいい。我が身を縛る枷さえ無くなったのならば――》

 

 そうして一拍置いた魔王は、虚空から霧の大剣を作りだしつつ、殺気を放ちながら言い放って来た。

 

 《――また俺が、世界を混沌の坩堝へと変えてやろうではないか!》


「……来るよ陸也! 準備は良い⁉」

「ああ。……こいつもサクッと倒してやるさ」

 

 時乃のそんな切羽詰まった叫びに、俺は大きく頷き、駆けだした――。

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