第4話 ほんの少しだけ、縮まったような


 城の屋上回廊から突き落とされ、視界が暗く沈んでいった直後。

 俺は全身を叩き付けられるでも、走馬灯を見るでもなく、何故か無意識に地面の上を歩いていた。

 そうして視界がゆっくり開けていくと同時に、どこかキザったらしい声が前方から聞こえてくる。


 《おや。親の名声にすがるだけの人間は来ない方が良いってあれほど忠告しておいたのに。まさか人の話を理解出来ないほどバカだったのかな?》


 そう話してくるのは、見ず知らずの金髪の男だった。


「いや、誰だよ。……ていうか、え? いま俺、屋上から落とされたよな? どうしてこんな場所に……え? 何がどうなってるんだ……?」


 面食らいつつ、思わず周りを見渡す。

 ……城の中庭だろうか、周囲を城壁に囲まれつつも開けたような場所に、どうやら俺は立っているようだった。冒険者らしき人々が既に数多く集まっており、そこかしこから喧噪も聞こえてくる。

 

「簡単に説明すれば、デスルーラの応用って感じだね。……どう? びっくりした?」


 そうしてイタズラっぽく笑った後、時乃は混乱する俺に対し、軽く説明を入れて来てくれた。


 ――曰く、このゲームは操作キャラが落ちた場合、ライフと引き換えに元の場所まで戻してくれる仕様になっているらしい。そしてさらに位置判定バグを逆手に取り、地上の跳ね橋から堀へと落ちた……という認識にさせたんだとか。


「跳ね橋に足を踏み入れるとこの強制イベントが始まるから、何事もなく歩いてきましたっていう演出が入ったわけ。実際ははるか上にある屋上から落ちて、跳ね橋にリスポーンしてきたんだけどさ。ライフ全回復するから、特に痛かったりもなかったでしょ?」

「確かに、衝撃とか痛みなんかは感じなかったな」


 そう呟きつつ、もはや身につけていることにも慣れてきていた、左腕のオプションウェアを念のため確認する。

 ……オプションウェアには現在のライフやスタミナゲージ、ゲーム内時刻といったものが常時表示されているのだが、確かに時乃の言うとおり、ライフを示すハートは一つも削れてはいなかった。

 

「ま、これに懲りたら、意地の悪いことはしないでよね。……こっちはいくらでもやり返せるってのは、これで分かっただろうし」

「……ああ、なるほど、そういうことか。全く、肝が凍り付いたぞ」


 そこでようやく、さっきのお返しだったということに気づき、安堵のため息を漏らす。そんな様を見て、くすくすと笑う時乃。

 と、そんな様子などお構いなしとばかりに、またも金髪が話しかけてくる。


 《まったく。何が『父親に魔王を封印した功績があるから』だよ。その父親とやらが魔王を倒しきれなかったから、僕たちが今こんなに苦しんでるんじゃないか》


「……いや、ていうかホント誰なんだよお前。馴れ馴れしすぎだろ」


 思わずそうツッコめば、金髪の代わりに時乃が苦笑しながら答える。


「ええと……実はSfCで空飛んでここに来ると、序盤のチュートリアルやイベントなんかを軒並みすっ飛ばせるの。この金髪のNPCは、そのすっ飛ばしたイベント内で既に顔見せしてたんだよね。だからこんなに馴れ馴れしいってわけ」

「……おい待て待て、そのイベントは後からちゃんと見れるんだろうな?」


 とっさに確認を取るが、時乃はふと目を泳がせてしまう。


「あーいや、もう見れないかも……。でもさして重要なイベントでもないし、いっかなって。……ま、わたしこいつのこと本当に嫌いだから、単に会う機会減らしたかったってのもあるんだけどさ」

「……まさかとは思うが、極めて個人的な理由で、俺はあれだけの放物線を描いて飛ばされたっていうのか?」

「あはは……いやその、本音はともかく、建前はもっといっぱいあるんだけど」

「おい、ぶっちゃけた後で建前をさらに並べるなよ、たちが悪いぞ」


 瞬時にそんなツッコミを入れると、時乃はてははと笑ってから、顔を向けてくる。

 

「まあ冗談はともかく……チュートリアル中に幼馴染離脱フラグが挟まるから、わたしが陸也に同行する上で、色々とややこしくなったりするのを防ぎたかった、って言うのが一番の理由かな。もちろん、太刀や弓、お金を回収したかったって言うのもあるし、他にも色々とあるんだけど。だから……」


 そうして一拍置いた後、時乃はふと真剣な表情で、しかし目線は何故か逸らしつつ、続けた。

 

「――もうちょっと、わたしのこと信用してくれない?」


「……」

「……まあ、今さっきやり返しちゃった身で言うのも、アレなんだけどさ」

 

 時乃のそんな言葉にどんな反応を返して良いかが分からず、俺は思わず黙りこくってしまう。それに対し、時乃は少し言いづらそうにしながら言葉を紡いでいった。


「もちろん、本当なら色んなレクチャーを受けたかったってのも分かるよ。だけどわたしだって、考えなしにあれこれ言ってるんじゃないんだよ。こうした方が効率的だとか、確実だとか、後々楽になるとか……そうした理由がちゃんとあって、それで色々とお願いをしてるの」

「……」

「突拍子もないこと言われたら、不信感を抱きたくなるってのも分かる。けど、ちゃんとわたしなりに考えて言ってるんだってことは、分かっていて欲しい」

「……」

「それに……理由、逐一丁寧に話していくと長くなるってのもあるけどさ。そもそも『黒幕』のことを考えると……」

「……ああ、そうか。話しただけ全部筒抜け、って可能性もあるのか」


 思わずその先を口にすると、時乃はそこでようやく俺の顔を見つめ返し、こくりと頷いてくる。……ばつが悪くなり、思わず頭を掻く。 

 

「……悪かった。次は、ちゃんとカウントする」


 そうして俺は、少しの沈黙の後、そう謝罪を入れていた。しっかりと謝りはせず、むしろ照れ隠しの言葉も付け足してしまったのだが、しかし時乃はちゃんと気持ちをくみ取ってくれたようで、小さく頷きを返してくれる。

 

「わたしも、出来る限り説明していくように、努力するから」

「ああ、頼む」


 そうして一つ頷くと、時乃はようやく硬かった表情を和らげていった。

 ――ほんの少しだけ、時乃との距離が縮まったような、そんなやりとりだった。

 


 と、そんな時である。


 《こほん。そこ、静粛に》

 《……ちっ》

 

 誰かからの注意を受け、金髪が舌打ちを一つ残し、前を向く。

 するとその直後。中庭を見渡せるバルコニーから、豪奢な冠を被った老人男性が現れた。――供にお姫様と宰相を連れていることに加え、その恰幅の良さ、さらには持ち手に黒い宝珠をあしらえた高そうな杖をつくその様は、まさに私が国王です、と言わんばかりでもある。


「始まったね。……さっきも言った通り、ここに来るまでのイベントは正直見なくても大丈夫だけど、このゲームのストーリーをちゃんと追いたいなら、これだけはよく見といてよ?」

「……ああ、分かった」


 国王の登場により、場にどこか荘厳な雰囲気が漂ってゆく中。俺は群衆の一番後ろから、固唾を呑んでその言動を注視していくのだった。


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