第12話 ネス湖で首ったけ

 ネッシー。それはイギリスの湖、ネス湖に生息するというUМAだ。恐竜時代の首長竜を思わせる巨体で、多くの人が探し求めた代表的なUМAだそうだ。現在、俺はそのネッシーの――、


「うわうわうわ無理無理無理ッ! 落ちる落ちるーっ!」


 ――首にしがみついて振り落とされそうになっている。


「これやばい! 落ちるって! 死ぬって!」

「大丈夫よー。動画には※安全に注意して撮影を行っておりますって注釈を入れるからー」


 と、なんとものんきな返事をするのは、湖のほとりで撮影している葵だ。


「現実にいま俺の安全を確保してほしいッ!!!」


 切実に。

 ちなみにこうやってしがみついているのは俺だけではない。


「おわわー!? ネ、ネッシーは、西暦565年にアイルランドの聖職者が目撃したのが最初だと言われー!?」

「ジョー先輩! うんちくはいいですからしがみついて! 振り落とされますよ!」


 現在俺たちはネス湖にて、『ネッシーの首にまたがってみた』を撮影中である。

“またがる”なんて無理だ。ネッシーは完全に暴れ竜と化して、俺とジョー先輩を振り落とそうとしている。俺たちはつかんでいるだけで精いっぱいだ。


 こうなったのも――、


『へえ、ネス湖のネッシーかあ。うわっ、あれじゃないのか!? 恐竜じゃん!』

『お、探す手間が省けたわね』


 あんなデカいの今までよく見つからなかったなあ。


『じゃあ早速、今回はどんな動画を撮るんだ?』

『もちろん駿には協力してもらうわよ。ミューピコちゃん、よろしく』

『駿、舌をかまないように気をつけるんだよ』


 え? 舌?

 そう疑問に思ったのもつかの間、俺はミューピコに抱え上げられ、そして――。


『飛んでけえええ!』

『うわああああっ!?』


 思えばどういう仕組みか知らないけれど、ミューピコは人一人楽々抱えられるほどの身体能力を持っていた。そんな彼女に投げられ、俺はまっすぐにネッシーの首へ一直線。


 ――というわけである。


「ひどいじゃないかミューピコ!?」

「ごめんなさいなんだよ」


 まあ葵が言い出したんだろうけどさ。


「僕のことも忘れないでくれたまえー!」


 ちなみに先輩は志願して投げられたらしい。

 前回は尻子玉を抜かれてふぬけただけだったもんな。あとキュウリ。


「――そうだ! ミューピコ、ネッシーに言葉は通じるのか!?」


 いきなり首に抱き着いておいて失礼千万だけど、もし言葉が通じるのなら河童さんの時のように撮影に協力してもらえばいい。交渉は先輩にお願いしよう。


「その生き物の知能は! ワニくらいなんだよー!」

「えー? なんだってー?」

「ワーニー!」


 ワニってあのワニか? 秘境の川とかにいる、あの狂暴な。

 おいおいこいつ、肉食じゃないだろうな?


「ちゅ、中生代ジュラ紀前期に生息していたとされる首長竜の一種プレシオサウルスは、水中に生きるイカなどを食べていたとされ、その生態は現代の爬虫類に近いと言われる。そもそも、そのプレシオサウルスの名自体も――」

「つまり人間は食べるんですかー!?」

「その可能性は否定できないー!」


 やべー!? 俺の人生ではライオンに追いかけられて以来の生命の危機!

 ……以外とさかのぼんねえな。一昨日じゃねーか!


「ほら駿! いつもの全力全開はどうしたのー!?」

「うるせえ! わかってるよ!」


 葵を巻き込んだのは俺だ。俺がアドバイザーを頼んだからUМA部に体験入部し、この宇宙的UМA的事件に巻き込んでいる。

 そして葵は河童さんの動画をバズらせた。その葵が言うんだから、きっと『ネッシーの首にまたがってみた』は成功すると思う。だから俺は信じてやるとげる!


「うおおおおっ! バドミントン部で学んだ粘り強さあああっ!」


 屋内競技バドミントン。最都中では体育館を使って活動している部活はいくつかある。バスケ部にバレー部、バドミントン部もその一つだ。けれどバドミントン部だけは、他と異なる体育館の使い方となる。

 それは事。バドミントンで使う羽――シャトルは、風の影響を非常に受けやすい。だから常に窓を閉め切って練習する。それはどんなに暑い夏の日でもだ。


 俺が体験入部した日は、四月だというのに以上に暑い夏のような日だった。そんな日でも窓の閉め切られた体育館では、男女問わず汗でドロドロになりながら練習に励んでいた。


 つまり、バドミントンというスポーツを経験した者は、とんでもなく粘り強い。それはこんなネッシーとかいう奇怪な生物の、粘液でドロドロした首にしがみついていても発揮される!


「全力っ、全開っ……!」



 ☆☆☆☆☆



「はあはあ、やったぞ……」

「お疲れ様、駿。撮れ高ばっちりよ」


 そりゃそうだろうよ。あれだけ体を張ったんだからさ。


「編集は私に任せてちょうだい。ばっちりエモい感じにしてあげるから」

「ああ、信頼してるよ」

「信頼……?」


 俺の言葉に、葵はきょとんとした。

 結構珍しい表情だ。幼馴染の俺が言うのだから間違いない。けれどすぐに――。


「おバカね。駿に言われなくても完璧に仕上げて見せるわよ」

「そうか」

「そうよ。フフ、けれど駿ならできるって信じてたわ」


 俺は昔から考えるより先に行動するタイプで、反対に葵はよく考えるタイプだ。その葵が「できる」と思って俺に任せたんだから、それはひどい無茶ぶりに見えても、俺にできることなのかもしれない。それが葵なりの信頼の表し方なのかも。

 もしかしたら俺は、案外自分にはできないって決めつけているタイプなのかもしれないな。挑戦挑戦。何事も挑戦あるのみだ。


「あれ? ジョー先輩は?」

「あっちあっち」


 と、葵が指し示す。

 その先には、のびている先輩とそれを看護するミューピコ。


「駿がまたがる前に先輩振り落とされちゃって」


 なんとかしようと精いっぱいで、全然気がつかなかった……。


「なんか先輩は心配だったし、よした方が良いって私は言ったんだけど……。ほら、駿と違って根性でどうにかするタイプっぽくないじゃない?」


 うん、まあそうかも。

 ジョー先輩は身体能力すごいけど、どちらかというとブレインタイプかな。こう計算された動きで敵を制するっていうか。それが無軌道なUМAとは相性が悪そうなのがままならない……。


 そんな先輩は俺たちに気づいたのか、右手をあげて、


「僕はネッシーに触ったぞお……!」


 なんか満足そうだしいいか。


「そういえばあんなデカい奴、なんで捕獲とかされてないんだろうな?」


 大昔ならいざ知れず、現代なら魚群探知機みたいなレーダーで、すぐに見つかりそうなもんだけどな。でも先輩が言うには、今までの写真や証言は嘘や捏造扱いされていたみたいだし、ブームは過ぎ去ったって言われているし。


「駿たちが頑張っているときに分析したんだけど、あのネッシーとかいう生物の表面は、地球人で言うところのステルスと同じ性質を持つみたいなんだよ」

「ステルス? それって戦闘機とかのレーダーに映らないってあの?」

「そうなんだよ。世の中には不思議な生き物がいるもんだね」


 そうだな。本当にそう思う。

 そんなUМAネッシーを題材にした動画、『【絶景】ネッシーの首にまたがってみた【地球】』は、河童さんの動画に引き続き無事に宇宙中でバズった。

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