第46話 米軍基地のデモに関係している人なんですけど

 翌朝、今日も暑い。

 朝十時にはゲストハウスを出た。近くのレンタサイクルでクロスバイクを借りる。普天間飛行場のある宜野湾ぎのわん市まで、およそ十五キロ。自転車でも行けなくはない距離だ。

 炎天下の中、国道251号線沿いに北へ向かった。那覇市街地を離れると観光地の色は消え、現代的なマンションが建ち並ぶ。

 風が熱い。ペダルを踏む度に額から汗が噴き出る。しかも起伏が多い。

 途中、何度か休憩を挟み、宜野湾市に到着したのが正午過ぎ。長い坂道を越えて直線に出ると、明らかに街の雰囲気が変わった。

 ここは、アメリカか。

 四車線の広い道路の両脇に英語で書かれた看板が立ち並ぶ。ステーキハウスやボクシングジムに古着屋、スーツの仕立屋もあった。大柄な白人男性も歩いている。

 スポーツドリンクを買いにローソンへ入って驚いた。レジに『1$=¥120』と貼紙がある。ドルがそのまま使えるらしい。ATMとは別にドル両替機も設けてある。

 ペダルを漕いでゆくと、日の丸が青空にはためいていた。その隣には星条旗。日本とアメリカの国旗が並んで揺れている。

 近付いてゆくと、有刺鉄線付きの堅牢な金網フェンスに行く手を阻まれた。『MCAS FUTENMA』とある。普天間飛行場――米軍基地だ。

 二重になった金網のゲート。奥には検問所のような小屋があって、中に制服姿のアメリカ人がいた。僕がゲートの前で自転車を停めていると、訝しげな顔でこちらを睨んでいる。

 フェンス沿いを自転車でゆく。険しい坂道が続く住宅地なので、ほとんど押して歩いていた。

 金網には『U.S.MARINE CORPS FACILITY 米国海兵隊施設』『無断で入ることはできません。違反者は日本の法律に依って罰せられる』とある。この先は日本ではない。

 さらにフェンス越しに進んでゆくと、米軍関係者の居住エリアが見えてきた。クリーム色の建物が何棟も並び、コンビニや公園や陸上競技のトラックまである。車も右側通行だ。プールでは白人の子供たちがキャッキャと遊んでいた。

 地図で見たら普天間飛行場の規模の大きさは一目瞭然だ。宜野湾市の中心部にどっかりと基地が位置している。その周辺に市街地が広がっている。米軍が来て経済が活性化し、仕事を求めて人々が集まってきたそうだ。

 比野楓華はこの辺りにいるのか。

 昼食がてら国道沿いのバーガーショップで話を聞いてみる事にした。

 自転車を停めて店に入ると、滑らかな英語の会話が聞こえた。奥のテーブルに白人男性が二人。日本人の店員と親しげに話している。非番の海兵だろう、ずいぶん肩周りが大きい。

 店員にカウンター席へ促される。長髪を後ろで束ねた若い男だ。

「注文決まったら呼んでください。もちろん日本円も使えますから」

 この店ではドルが主流なのか。メニューも英語で書かれている。取りあえずハンバーガーセットを注文した。

 メニューを見ていると、米兵が興味深げに僕を観察している。

「Hello. Are you a tourist?」

 観光客かと聞いているようだ。「イ、イエース」と答えておいた。ここでの公用語は英語か。二人の米兵は「Bye」と手を振って出て行った。

 しばらくしてハンバーガーセットが来た。予想通りのアメリカンサイズ。コーラもハンバーガーもマクドナルドの三倍はある。

「観光って、ホントっすか」

 長髪の店員が苦笑混じりに尋ねてくる。どこか怪訝そうな目だ。

「すみません、ホントは人捜しなんです」

 人捜し? と店員は繰り返す。

「比野楓華って女性を知りませんか」

「うーん、知らないっすね」

 店員は腕組みして唸る。

「米軍基地のデモに関係している人なんですけど」

「ええっ、もう勘弁してくださいよ」

 途端に店員が苦い顔になった。僕が眉を寄せると、店員は「ホントに迷惑してたんですからー」と憎々しげに続ける。

「前にオスプレイ反対運動ってのがあったんですよ。その時だってフェンスの前で大騒ぎしたり、ゲートの前でプラカード持って座り込みしたり。しかも『米軍出て行け!』とか『人殺し!』とか物騒な事を叫ぶでしょ。街の人たちも怖がってたんですから」

「ん。街の人が言ってるんじゃないんですか」

「ほとんど県外の人っす。なぜか外国人までいたみたいだし」

 活動家たちによって街は汚されたという。基地のフェンスには赤いテープが貼り付けられ、『日本から出て行け!』という横断幕まで貼られる。使い終わったスプレーやテープ屑もフェンスの脇に捨てられていたそうだ。

 それを掃除するのは在日米兵と近隣住民。フェンスに貼ったテープにはホッチキスの針やガラス片が絡みつけてある事もあった。それで指を切ったボランティアもいたそうだ。

「誰がそんな事してるんですか」

「大半は年寄り世代と、過激派って言われる平和団体でしょ。活動に参加すれば団体から日当も出たって話ですよ。だから普段は基地内で働いている日本人が、小遣い稼ぎで反対運動に参加する事もあったみたいっす」

 僕は顔をしかめてハンバーガーをかじる。肉汁とチーズが垂れて指を汚した。

「最近は普天間じゃ反対活動ってないんですか」

「あー。全くなくなったワケじゃないけど、オスプレイの頃に比べれば減りましたね。今、反対活動のトレンドは他にありますから」

 僕は親指を舐めて聞き返す。「他ですか?」

辺野古へのこっすよ」


「辺野古っちゅうたら、名護の方やろ。そら遠いで」

 その夜、またゲストハウスの屋上でタケさんと会った。

「てか自転車で宜野湾ってイカツイなー。めっちゃ遠いやろ」

 比野楓華の目撃情報を聞いて回ったが、情報は得られず。それどころか基地問題の話となると、みな腫れ物に触るように嫌がる。高齢層だと『米軍基地』という単語を出しただけで激昂する人もいた。

「頑張ったのに、そのミハルンの手掛かりはナシやったんかいな」

「それが……」

 ゼロではなかった。

 宜野湾市街の高台公園で休憩していると、清掃ボランティアの団体に出会った。僕も足下に落ちている吸い殻や空き缶を集めて捨てていると、代表者の男性に礼を言われた。

 彼らは基地の落書きを消したり、フェンスのテープを剥がしたりする清掃活動も行なっているらしい。そこで代表の男性に比野楓華の事を聞いてみた。

「ほんなら知っとったんか!」

 半月ほど前、それらしき若い女性が基地周辺の動画を撮影していたという。そのあと彼女はボランティア団体と混じって掃除をしていたらしい。人当たりの良くて子供にも優しく、明るい女性だったという。言葉遣いからして県外の人らしかった。

「で、その人が」

「元はアジアを転々と旅してた人で、今年沖縄に越してきたんだ、って」

 ドンピシャやないかっ、とタケさんは僕の肩を小突く。

「その人、普段は名護なご市で暮らしてるって聞いたんで」

「それで辺野古ってワケか。基地移設とかでゴチャゴチャしとる地域らしいからな」

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