第34話 これで僕の事、信用してくれた?

『……信じられない』

 瀬里加が電話越しに呟き、そのまま言葉を失う。

 まだ心臓が爆発しそうに跳ねている。他人に話したのは初めてだ。あの日の事を思い出し、身体中から冷や汗が吹き出している。

「だから僕は、陽には逆らえない」

 その後、陽は警察に「義父を殺した」と通報した。

 そして警察の捜査が始まる。果物ナイフには陽の指紋しか付着しておらず、普段使用しているはずの母親の指紋が残っていなかった。そこが不自然だと警察は判断した。

 警察は第三者の介入を疑い、重要参考人として陽の母親を事情聴取した。陽は犯行時に母親は不在だったと証言しているが、母親を庇って偽証している可能性があると判断。

 しかし母親は犯行時刻には、近隣のスーパーマーケットで買い物していたと不在証明アリバイが確認された。物的証拠と自白も挙げられず、母親は証拠不十分で嫌疑なしとされた。

 よって陽の単独犯とされ、札幌家庭裁判所に送致される。

 翌年三月、裁判で正当防衛が適応されたが、女子中学生による衝撃的な事件だったためネットでは話題になる。顔や名前も特定され、陽は高校進学も諦めた。

 こうして陽の人生は複雑骨折した。

『晴人さんが人を殺したっていうのは、陽さんの事で……』

「だけど陽が代わってくれた」

 僕はバスケットボール推薦で進学し、何事もなかったかのように部活に打ち込んだ。結局インターハイへは行けなかったけれど、それなりに青春を謳歌できていた。人殺しのくせに。

「どうだい、ちゃんと話したよ。これで僕の事、信用してくれた?」

 返事はない。瀬里加は黙り込んでいる。

「陽も言ってただろ。人の事を知ろうとすれば、知りたくない事まで知ってしまう。僕は、こんな過去を持ってる人間なんだ」

『……分かりました。話してくれて、ありがとう』

 やや詰まった口調の瀬里加。動揺している。

「陽には言っちゃダメだよ。絶対に怒るから」

『分かってますよ。こんな事、言えない』

 薄ら寒くなる空気の中、僕は通話を切った。

 脳裏には中学三年の頃の映像が浮き彫られていた。中学の頃の茶髪の陽。彼女を抱き締めた感触。陽の口唇の感触、血の混じった唾液の味。全てが鮮明に蘇った。

 その夜。夢の中で、あの義父とも再会した。

 血溜まりに沈み、薄く開いた瞳は僕を睨んで何かを訴えている。人殺し。嘘つき。卑怯者。僕の胸に染みこんでくる。だから僕は口に出さずに何度も言った。

 ごめんなさい、と。

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